041. 遺跡へと向かう
同行する騎士はジェスを含め八名だった。数としては少ないが、全員が騎士という事を考えればこれでも多いと考えるべきだろう。騎士は他にもいるにはいるが、町の防衛を考えれば全てを駆りだす訳にもいかない。
彼らに加え、教会から来た者もいる。パートリーに駐屯している聖騎士たちで、ギルフォード含め四名だ。これらにレヴィアたち四人を加え、総勢十六名が遺跡調査のメンバーだった。
馬に乗り、平原を歩く。全員が騎乗しているが、純花だけはレヴィアと二人乗りだ。普通の日本人に乗馬の心得があるはずもないので仕方ない。
(乗馬体験コーナーに行ったときを思い出すな。あの時は股の間にすっぽり入るくらいだったのに、大きくなったもんだ……)
レヴィアは感慨深げに鼻をすする。純花が三、四歳くらいの頃、牧場へ小旅行に行ったのを思い出したのだ。初めてのお馬さんに純花ははしゃいでおり、馬に乗せたときはそれはもう嬉しそうだった。その笑顔を見てもっと楽しませてあげたくなった為、馬のケツを叩いてコースを爆走したのを覚えている。もちろん係の人にめちゃくちゃ怒られた。
その純花が今は自分よりも大きくなっているのだ。前世の自分に比べれば小さいが、今の自分より背は高い。もう股の間には入らないので後ろに乗っている。少々寂しい気もしたが、ここは娘の成長を喜ぶべきだろう。
そんな風に思い出に浸っていると、純花がちょっぴり焦れた様子で話しかけてくる。
「ねえ、もっとスピード出さないの? 普通に歩くのと変わらないんだけど」
「何かあった時に困りますからね。馬の体力を温存する必要がありますのよ。車と違って常に走れる訳ではありませんから」
「そっか。なら仕方ないかな。……ん? こっちにも車ってあるの?」
「あ゛っ。え、ええと……そういった遺物があるんですのよ。まだ復元はされてませんが」
そうなんだ、と納得する純花。遺跡についてはレクチャーしていたので特に疑問に思わなかったようだ。実際そんな感じの遺物はあるので嘘はついてない。レヴィアはほっと溜息をつく。
「あとどれくらいなのかな。そこまで遠くないんでしょ?」
「さあ……。ジェス様、どうなのです?」
「…………」
「ジェス様?」
「……あっ! は、はい!?」
返事が無いのを不審に思いジェスの方を向くと、緊張しまくっているようだった。本人の希望で参加したようだが、途中で怖くなったのだろうか?
「ハァ……情けないこと。こういう時こそ男の見せどころでしょうに」
レヴィアは『はー、やれやれ』と肩をすくめる。隣にいるリズが「逃げようとしたアンタよりマシでしょ」と突っ込んでくるが、今の自分は女である。何一つ問題はない。
「ジェス。今からでも帰ったらどうだ」
「ギ、ギル。そ、そういう訳にはいかないよ。町を守らなきゃ……」
「その意志は立派だが、実力が伴わないのではな」
さらにギルフォードが追い打ち。その冷たい目つきからは見下しているようにも見える。ジェスはしゅんとなって肩を落とした。
彼らの様子を見たネイは慌ててフォローする。
「そ、そうつんけんするものではない。過去に何があったかは知らんが、この困難の中で自らを奮い立たせて参加しているのだ。私には好ましく見えるが」
「ネイさん……」
その言葉にジェスは少し感動したようになり、純粋な笑顔を返す。歴戦の戦士に評価されたのが嬉しかったのだろうか。彼の表情にネイは「うっ」となりつつ赤くなる。
ジェスとギルフォード。どちらもイケメンだが、ネイ的にはジェスの方が好みらしい。ギルフォードのエリートっぽい感じが鼻に着くのだろう。確かに相性的にもそちらが無難だと思われる。
「ま、お二人の実力などどうでもいいのですが。純花一人いれば事足りるでしょうし。ね?」
「うーん、どうだろ」
「最悪でも昨日の魔物がわしゃわしゃいるくらいでしてよ?」
「ああ、それなら余裕かな」
純花の発言に「まあ、そうだろうな……」と遠い目をするジェス含む騎士たち。昨日のを見れば「俺、いる?」と思っても仕方ないだろう。
「ふむ、私自身は見ておりませんが、あの凄惨な死体の山を見れば予想はつきますな。一体どれほどの鍛錬を積まれたので?」
「ああ、確かに気になるわね。レアスキルもいっぱい持ってるんでしょ?」
ギルフォードとリズが純花へと問いかけた。
その質問に全員が聞き耳を立てる。勇者という存在の強さの秘密――武をたしなむ騎士や聖騎士にとっては気になる話題だった。
「いっぱいは持ってないよ。一つだけ。けど強さには関係ないかな」
「へー、どんなレアスキルなの?」
「《言語理解》だったかな。分からない言葉でも理解して、話せるようになるってヤツ」
リズの質問に純花は答えた。
便利そうな能力だ。そのまま地球に持ち帰れたらマルチリンガルとして大活躍できるだろう。レヴィアは少しだけ羨ましく思う。
「ホントに関係なさそうね……。じゃあ何でそんなに強いの? ずっと鍛えてたから?」
「さあ。何もしてないけど」
「何もしてないって……何もしてない訳ないでしょう」
「勉強は頑張ってたよ。模試は東大もA判定だったし」
流石は我が娘である。自分も高校時代、ものすごく勉強していた。社会人になってモテモテになる為に。高校入学時はひたすらモテてたのに、時が経つにつれて何故かモテなくなっていったのだ。まあ大学生や社会人になってからも同様の謎現象が起きてしまったのだが。
そんな過去をレヴィアが思い出していると、リズに代わりギルフォードが口を開く。
「秘密、という訳ですか。確かにそれほど強くなれるならおいそれと話せないのでしょうが……」
「秘密なんて無いってば。最初からこうだったから、たぶん才能かな」
「さ、才能ですか……」
ここにいるほぼ全員が納得できないような表情をする。才ある者とて磨かねば光らないのが当然だ。彼ら自身もそうだったのだろう。唯一納得できているレヴィアが忠告。
「リズ。その子を普通と同じ枠組みで考えてはいけませんわ。世の中には最初から最強なんて存在がいるのですから。例えるなら竜王のような」
「竜王って……純花は人間じゃないの」
「人間にも他と隔絶した存在がいるという事ですわ。有名どころだと”剛腕無双”、”聖魔女”、”修羅一刀”とか。彼らも幼少期から大人並みに優れていたそうですし」
「その話は聞いたことあるけど、でも……」
ここまで理不尽に強いものなのだろうか? リズはそう思っているらしい。確かに彼らに比べても純花は理不尽であるが、そういう風に生まれちゃったんだから仕方ない。
「そっか。そういう人を知ってたからレヴィアは私の時も分かったんだね。気味が悪いと思ってたけど、そういう訳だったんだ」
「き、気味が悪い……!?」
納得したように頷く純花と、彼女の言葉にショックを受けるレヴィア。気味が悪いなど前世含めても言われたことが無い。気味が悪いとか気色悪いとかキモいとかいう言葉は彼彼女からすれば正しく反対語だったのだ。
ガーンという効果音が出そうなほど顔色を悪くするレヴィアを尻目に、ギルフォードは納得したように頷く。
「才能があるからこその勇者、か。神がわざわざ非才の者を呼ぶ理由も無いでしょうし、そう考える方が自然でしょうな」
「……むう」
彼の言葉を聞いたネイは不満そうに純花を見た。一連の出来事から強さだけに重きを置くのは反対なのだろう。そして視線に気づいた純花はいつものように嫌そうな顔を返す。目が合った二人して「フン!」「ハッ」と目をそらした。
「もう。二人とも、お互い言いたい事はあるかもしれないけど、ここで喧嘩しちゃ駄目よ。何があるか分からないんだから」
「……分かった」
「分かっている」
もっともな事を言うリズに二人は了解を返す。それが分からぬほど子供では無いらしい。が、上手く飲み込んだとはお世辞にも言えず、不服そうであった。
ちょっぴり気まずい雰囲気が漂い始める。しかし、すぐに一人の騎士が発言。
「団長殿。そろそろ遺跡です」
「あ、そ、そうか。分かった。皆さん、遺跡だそうです」




