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017. アーサーの太陽

 ガウェインたちが部屋から出ていく。護衛として心配しているようだが、女神が自分をどうこうするはずがない。別の意味でどうこうなるかもしれないが、そっちは大歓迎だ。

 

 とにかく、二人きりである。自分が指示したとはいえ、その事実に再び緊張が戻ってくる。下心満載の命令に引いていないだろうか? アーサーはちらりと隣を伺う。

 

「ふ、二人っきり、ですわね」

 

 恥ずかしそうに下を向き、両手を膝に置いて緊張しているレヴィア。その仕草にアーサーはまたもやノックダウンしてしまう。これで何回目だろうか。ボクシングなら弱すぎて観客からブーイングが来るレベルである。

 

 ダメだ。これ以上やられれば自分が自分でなくなってしまう。燃え尽きてしまう。その前に。その前に叫ばなければならない。

 

 自らの、愛を。


「レ、レヴィア殿!」


 レヴィアの両肩を掴み、叫ぶ。


「単刀直入に言わせて頂く! 私と結婚して欲しい!」


 愛を告白。ガウェインを先ぶれに出してはいたが、やはりこういうのはきちんと言葉に出さねばならない。

 

「今日ので確信した! 私はもう貴方しか考えられない! 貴方ほど素晴らしい女性はいない! どうか私の妻になってくれ!」


 心からの叫び。彼の告白にレヴィアは頬を赤くさせ、「アーサー様……」と小さな声で呟いた。一瞬口元が引きつったように見えたが、気のせいだろう。

 

「ふふっ、情熱的なお方。ふつつかな身ではありますが、それで宜しければ……」

「おおっ! レヴィア殿!」


 そのまま抱きしめると、彼女は「きゃっ! もう、アーサー様ったら……」と照れた声を出す。ぶるぶるーっと鳥肌が立ったような震えが伝わってきたが、察するにあまり男慣れしてないのだろう。一つ一つの仕草が愛おしくてたまらない。

 

 少しだけ体を離し、そっと顔を近づける。このままキスをしようという魂胆だった。

 

 しかしレヴィアは再び抱き着いてきて、「アーサー様ぁ」と甘えた声を出す。抱擁が終わるのを惜しんだのだろう。求められる事の喜びに打ち震えつつも、なんと可愛いお方だと破顔してしまう。一瞬「おええーっ」という声が聞こえた気がしたが、緊張で耳がおかしくなってしまったようだ。

 

 そのままレヴィア主導でイチャイチャ態勢に移行。アーサーが座り、その横でレヴィアがしなだれかかっている形。「アーサー様ぁ」「何だね?」「何でもありませんわ」とか、「レ、レヴィア殿」「ふふっ、殿は不要ですわ」「そ、そうか。じゃあレ、レヴィア」などと甘酸っぱいやり取りをする。

 

 まるで学生のような純なやり取り。これはこれで悪くない。むしろ良い。灰色の青春を取り戻しているかのようだ。

 

「アーサー様ぁ」

「何だね?」

「実はわたくし、アーサー様にお願いがありますの」

「ははっ、何かな? 何でも言ってみなさい」


 初のおねだりだ。何だろう。心配せずとも指輪なら最高級のものを用意するつもりだが。


「その、アーサー様に、ご兄弟がいらっしゃるじゃないですかぁ」

「ケイの事かな? 彼がどうしたのだ?」

「アーサー様と結婚するにあたって、彼がどうしても気になってしまいますのぉ」


 気になる……? その文言に嫉妬してしまいそうになるが、すぐにそれは無い事に気づく。恐らく親族の反対を心配しているのだろう。


「ふふっ。大丈夫だ。ケイならきっと祝福してくれるはずだ」

「そうではなくてぇ、後継ぎ問題とかが怖くてぇ」


 ああ、そっちか。成程。本来であれば長子であるケイが当主だったのだ。もしケイに子ができればそちらを支持する者が出てきてしまう――いわゆる御家争いを恐れているのだろう。もしかしたらグラン家でそういう問題が起きたのかもしれない。


 だが、それは心配無用だ。ケイとは話がついている。アーサーに子ができ次第、ケイは継承権を放棄すると。

 

 自分に当主を譲っただけでなく、自分の為に継承権まで放棄するというのだ。徹底してアーサーを支えようとする彼の姿勢に、アーサーはこの上なく感謝していた。

 

「ははっ、大丈夫だ。ケイならば――」

「なのでぇ、コレを仕込んで欲しいんですの。お兄様のお食事に」


 すっと懐から小瓶を出し、アーサーへと渡すレヴィア。何だろうと思い手元の小瓶を見る。そこにあったのは――




 おどろおどろしい、ドクロマークだった。




 海賊旗なんて目じゃない。妙にリアルなドクロマークが描かれていた。半分くらい元の顔が残っており、血反吐を吐いている。『私、絶対に殺して見せます!』という意思がひしひしと感じられる絵柄だった。

 

「こ、これは……」


 ぷるぷると震えながら隣の女を見ると、彼女はにっこりしながら続けた。

 

「将来の禍根は断つべきですわ。わたくしたちの未来の為に」


 ――これこそがレヴィアの懸念だった。

 

 如何に伯爵の妻という身分を得たとしても、権力の由来はペンドランの血にあるのだ。ケイ卿はペンドランの血を受け継いでいる上に、本来であれば当主となっていた人物。もしアーサーに()()あった時、ケイ卿が反逆すれば向こうに付く者も多いだろう。そうなってもらっては困る。


 そんな彼女の思惑を知らないアーサーは戦慄していた。いや、こういう事を言われたのは初めてではない。彼が就任してから何度も聞いた言葉だ。

 

 無論、その主張を彼は全て退けていた。ケイを信頼していたし、そのような進言をする者からは微妙な悪意が感じられたからだ。

 

 しかし、驚くことに彼女からは何も感じられない。

 

 当主としてはまだまだ若いアーサーだが、油断ならぬ貴族社会を生き抜いてきたという事実がある。海千山千の腹黒を退けてきたという自負がある。そんな自分が、たかが十代の小娘の演技を見抜けぬ訳が無い。つまりは純粋な善意。先ほど想像したように、グラン家で同じような事件があったのに違いない。

 

「ま、待て。待ってほしい。ケイはそのような男ではない。ケイは私を――」

「ケイ卿一人ならばそうでしょう。ですが、奥方様は? 奥方様やその周りの人物はどうです?」


 ケイの妻。身内としてそれなりに話したことはあるが、そういう話をしたことはない。後継ぎ問題は兄弟の間で合意がとれていれば十分だと考えていたし、必要ならケイが話すだろう。だから……

 

「女は男で狂う事もありますが、稀です。ですが子では簡単に狂いますのよ? 仮にケイ卿が死ねば奥方様は絶対に主張なさるでしょう。我が子こそがペンドラン家の正統な後継ぎだと」


 ……考えられなくは無い。アーサーの周りではいないが、そのようなお家騒動は世界中どこででも見られる。今後起こらないという保証はない。故に彼は言い淀んでしまった。

 

 その隙を逃すレヴィアではない。彼女はアーサーの膝に乗りかかりると、優しい手つきで頬をつかんできた。そしてアーサーの目を見つめながら優しく呟く。

 

「全部アーサー様の為ですの。アーサー様の貴き血筋を残さねばなりません。その為にわたくしは嫌われる覚悟でお願いしてますのよ?」


 ふわりとした笑顔。まるで子を慈しむ母のような表情だった。それでいて色気もあり、しっかりと女を感じさせる。アーサーはその雰囲気にくらくらしてくる。

 

(め、女神様……。女神様の言う事なら…………いやダメだ! ケイを殺すなど……。し、しかし、女神様は私の為だと……)


 心の中で葛藤するアーサー。明らかに正気でなくなって来ているが、本人は気づいていない。それ程の魅力が今のレヴィアにはあった。

 

「アーサー様……。賢いアーサー様ならお分かりになりますわよね……?」

「あ、ああ…………。そう、だろうか……」

「そうなのです。頭を働かせる必要はありませんわ。アナタが思うままに、感情のままに行動するのです」

「感情のまま……」


 彼の目がとろんとしてくる。感情。私の感情とは何だ。愛しい。愛おしい。愛したい。愛されたい。愛される為にはどうすれば……。ケイを殺さねば……。しかし……。

 

 レヴィアの色香にどっぷりとハマりつつある彼。しかしまだ理性が残っているようで、肥大化した感情と必死に戦っている。

 

 その戦いに終止符を打つべく、レヴィアはその悩ましい唇をアーサーの耳元に。そしてトドメとばかりにささやく。

 

「アーサー様……」

「ああ…………レヴィア殿……」

 

 アーサーはぶるりと震えた。

 

 傾国の美女。最後の理性がそのような言葉が導きだす。が、抗えない。抗いたくない。彼女の言う通りにする事こそが幸せ。それこそが自分の想い……。

 

 完全にレヴィアの術中に堕ちてしまったアーサー。最早お釈迦様の手の中である。レヴィアはさらにダメ押しとばかりにアーサーの耳元へと――

 

 

 

「この毒婦がぁっ!!」




 ドガァン!!

 

 扉が蹴破られ、剣を握ったガウェインが突入してくる。どうやら聞き耳を立てていたらしく、憤怒の表情だ。

 

 そのままレヴィアの身体に横なぎに一閃。レヴィアはひらりとバク転して避け、テーブルの向かい側へと降り立つ。

 

「ガウェイン卿。邪魔しないで頂ける? 今は大事な話をしてるんですの」

「何が大事な話かッ! ご兄弟の仲を引き裂こうなど、このガウェインが絶対に許しません!」

木っ端(こっぱ)騎士風情には分からないでしょうが、わたくしは大局を見据えた提案をしてるんですのよ? ねぇアーサー様。アーサー様はどう思われるのです?」

「あ、ああ……。そうかもしれない……」


 未だ術中にあるアーサーがぼんやりとした声で答える。何が正しい。どうするべきなのだろう。ここはどこ? 私は誰? 教えて女神様。

 

 明らかに正気ではない主君の姿にガウェインは激怒し、レヴィアへと立ち向かう。鋭い斬撃が彼女を襲うも、彼女はアクロバティックな動きですべてを回避。幾度かの応酬をした後、レヴィアはアーサーの後ろへと避難。その首元を抱きしめて挑発した。

 

「くすくすくす。ここなら攻撃できないでしょう。さ、アーサー様。ガウェイン卿に引くよう命じ――どわっ!」


 刺突。アーサーの真横を剣が通り過ぎる。レヴィアは間一髪(かんいっぱつ)頭を引っ込めて回避に成功。


「テ、テメー! アーサーの命が惜しくねぇのか!」

「そのような下手を打つ私ではない! その証拠に、見ろ! アーサー様はぴくりとも動いていない! 私を信頼してくださっているのだ!」


 そう主張するガウェインだが、もちろん違う。レヴィアの魅了のせいでぼんやりしているだけだ。

 

 そのまま何度も突きを放つガウェインと、左右に動いて避け続けるレヴィア。アーサーを間に挟んで。ちょっと変わったもぐら叩きのような光景だった。

 

 相変わらずアーサーはピクリともしない。即死級の攻撃が目の前を通っても微動だにしないとは……レヴィアの魅了は色々とヤバすぎるようだ。

 

「終わりだッ!」


 アーサーの頭上に出たレヴィアを襲う、鋭い横なぎ。重力に任せた下方への回避は間に合わないと思ったのか、レヴィアは後ろにバックステップ。すぐに身構えるも、何やらガウェインの動きが止まっている。

 

「あ、アーサー様……」

 

 驚きで目を見開くガウェイン。

 

 何やら茶色いものが宙を舞っている。その物体はちょうどレヴィアの手元あたりに落ちた為、彼女は反射的に受け取った。何コレ? と疑問を浮かべつつ顔を上げると、彼女までピタリと静止してしまう。

 


 ……何だか頭がスースーする。どうしたのだろう? まるであるべきものが無いような……。

 


 ぼーっとしながらも違和感を抱くアーサー。そんな彼に、ガウェインはとまどいながらも言った。

 

「ア、アーサー様。ぞ、存じ上げませんでした。アーサー様は、その…………

 







 ヅラだったのですね」




 ……ずら? ヅラ……………………ヅラ!?!?!?

 

 一気に目が覚める。


 両手で頭をぺたぺたと触れる。が、思うような感触が無い。「はっ!? えっ!?」と混乱しながらなでなでするも、地肌の感触しかない。

 

「ふひゃはははは! カツラ! カツラだ!!」

 

 後ろから下品な笑い声。見れば、レヴィアがこちらを指をさして爆笑していた。左手にカツラを持って。

 

「なっ、ちょっ」

「ひっ、卑怯だぞテメー! そんな隠し技持ってるなんて……!」


 うぷぷとなりつつも口元を抑え、笑いを止めようとしている。が、止まらない様子。


「た、田中でも左右にはあったのに! 完全にツルッパゲじゃねーか! そっ、そういうのは先に言っとけよ! 重大な離婚事由になっちまうぞ!」

 

 げらげらとお腹を抱え、寝転がって足をバタバタとさせるレヴィア。隙だらけではあるが、思いもよらぬ出来事のせいでガウェインは茫然としたまま。そのうち騒ぎを聞きつけたのか、あるいは執事が手配したのか、廊下からいくつもの声が聞こえてくる。

 

 このままではマズイ。今の自分を見られるわけにはいかない。十二騎士どころかケイにも言ってない秘密なのだ。薄くなってきてヤバいと感じた彼はすぐさま行動し、大金をはたいて本物と何ら変わらないモノを作ったのだ。いまさらバレると余計に恥ずかしい。


「か、返せ! 返してくれ!」


 情けない声を出しつつもソファーの後ろにいるレヴィアの方に手をやる。が、彼女の位置までは微妙に手が届かない。その無様な姿を見てさらに爆笑するレヴィア。

 

「こ、殺す気かよ……! おまわりさーん、ここに殺人犯がいまーす。ボクを笑い死にさせようとしてくるのぉ」


 彼女は立ち上がり、部屋を出ていく。ヅラを持ったまま。

 

 既に結婚の事など忘れているようだ。というより優先順位が下がっているのかもしれない。彼女の瞳からは底意地の悪い意思がひしひしと感じられたのだ。『言いふらしてやる』、と。


 色々な意味でレヴィアを引き留めようと手を前に出すアーサー。しかし届かずに床へと転げ落ちてしまう。その姿を見てようやく正気に戻るガウェイン。

 

「はっ! ア、アーサー様! 大丈夫ですか!? お怪我は……」

「そんな事はどうでもいい! 追え! 追って取り返してくれ!」


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