121. ブレイン・ウォッシング
「上手くいきましたわね」
レヴィアはニヤリとした。
潜入作戦は大成功。ゼンレンたちが疑っている様子は微塵もなかった。それもこれも自分の作戦のおかげである。
「まあ、うん。ネイはちょっと可哀そうだけど……」
「何を言っているのです。見なさい、あの曇りなき瞳を。正義の為に戦えてネイも幸せそうですわ」
レヴィアの言葉通り、ネイは生き生きとしている。瞳はぎらぎらと輝き、顔は超が付くほどの笑顔、口からは軍歌のようなへったくそな歌を口ずさんでいた。
「嘘やろ……? ほんまに成功するなんて……」
「お、お嬢様。お気を確かに……。気持ちはすっごく分かりますけど」
一方、頭痛がするように頭を押さえているロリ京子。彼女からすれば予想外すぎる結果だったようだ。
怪しすぎるネイを矢面に立たせるという、愚かとも思える作戦を実行したレヴィア。しかし考えなしに行った訳ではない。彼女はゼンレンたちの思考を逆手に取ったのだ。
如何に恰好が怪しくても……いや、恰好が怪しいからこそゼンレンたちは考えるはず。どう考えても生徒ではない者が参加しようとしたのかを。さらに相手はクーデターなんてやらかす者たちなので、理性よりも感情で判断しやすい。今のネイのような熱意があればまず間違いなく仲間と見なされるはずだ。
故に、レヴィアは仕立て上げたのだ。ゼンレンの心棒者へと。ネイを洗脳して。
『わたくし考えたのですけれど、今回の件はゼンガクに正義があると思うんですの』
『きっと赤の爪牙は賢者側にいて、若者らの学びを抑えつけようとした。それゆえに彼らは行動を起こしたんですのよ』
『誇り高き若者が自由を勝ち取らんと戦う。例えるなら悪の帝国に立ち向かうレジスタンス。正に正義の戦いですわ』
『未熟だけど正義に燃える若者、なんてのもいるかもしませんわね。気持ちだけが先行して実力が足らない美男子と、それを導く師のような女騎士。戦いの中、二人はいつしか惹かれ合い……』
普通の相手では無理だっただろう。だが、相手は馬鹿である。馬鹿を動かす事などレヴィアにとっては朝飯前。過去、もっと高度な洗脳な受けた経験が生きているのかもしれない。
「そういえばレヴィアは何で化粧したの? 制服着るだけでいいと思うんだけど」
「わたくし、美少女ですので。すっぴんだと目立ってしまいますもの。化粧してダウングレードせざるを得ないのですわ。男装しても美男子になるだけですし……美しいというのもいい事ばかりではありませんわね……」
純花が質問すると、厚化粧ギャルメイクになったレヴィアはしみじみと答えた。その言葉に「成程」と納得する純花。潜入は目立たないのが基本である。どこぞの馬鹿に目立ってもらい、他は裏でコッソリ動いた方がいいという考えである。
のっしのっしと歩くネイと、それに付き従う一行。道沿いに歩き続けると、目的の建物が見えてきた。
――迷宮図書館。
見た目は迷宮といった感じではなく、白い石造りの建物。窓の数から二階建てだと思われるが、その高さは非常に高く、大貴族の城といった感じの立派な建造物であった。
ただ、周りを見ればその雄大さにふさわしくない物ばかり。激しい戦闘跡が残っており、陥没した地面や炭化した木々、崩れた壁などぼろぼろになっている。賢者側、ゼンレン側の両者とも気を遣ったのか、図書館自体に損傷はないが。
加えて図書館の周囲には数多くのテントが建てられており、さながら駐屯地のようであった。駐屯地よろしくところどころにゼンレンのメンバーがいる。全員、学ランかセーラー服姿だ。やはりその二つが彼らのユニフォームらしい。
そして占領を主張しているのか、屋上には彼らのシンボルであろう旗が立っている。それを見た純花が口を開く。
「あっ。あれ、見たことある。確か連合長のヴォルフって奴だ」
旗に描いてあるもの。それはシンボルマークではなく、人の顔だった。
オレンジ色の髪、額にハチマキ、熱いまなざし。連合長ヴォルフその人であった。
「えええ……」
「じ、自己顕示欲が強いんやろか? ええ性格してはるわぁ」
困惑するリズ、再び頭を押さえる京子。ゼンレンのトップは相当な目立ちたがり屋なようだ。
そんなクソみてぇな旗は置いといて、図書館へと進む。四人並んで入れるほど大きな入口の前に、オッサンが……いや、学生服に学生帽なのでオッサンではないのだろう。とにかく、老け顔をした応援団風な感じの学生がいる。
「ようこそ! 全世界学問自由連合へ! 私の名はサム! 新たな同志たちの来訪を歓迎しよう!」
こちらを歓迎するように腕を開くサムという者。陣地前を見張っていた者と同様、非常に暑苦しい雰囲気だ。どうやら彼が新人を担当する者らしく、「さあ、来てくれ! 中でこれからの事について話そう」と言い、図書館の中へ案内される。
「うわー……」
「ほう……」
リズとネイが感心したようなため息を吐く。壁一面、部屋一面に敷き詰められた木製の本棚。その高さは天井ギリギリに迫るほどに高く、上方の本を取るのにはしごが必要なほどだ。正に大図書館という感じであった。
「ううむ、凄まじい数の蔵書ですな。賢者共め、これほどの物を一部の特権階級にしか解放しないなど……許せませんな!」
「うむ! だからこそ我々は立ち上がったという訳だ! これだけの書物があれば、どれほど素晴らしい知識が得られる事か!」
ネイがつぶやくと、サムは使命感バリバリな感じで答えた。その雰囲気は正に同志。疑われている様子は微塵もない。やはり洗脳して正解だったとレヴィアは心の中で自賛した。
「だが、驚くにはまだ早いぞ。ここにあるものはほんの一部。地下の迷宮にはさらに多くの蔵書があるのだからな」
サムは得意そうな感じで言った。これほどの数が蔵書の一部とは……日本の国会図書館並み、いや、それ以上かもしれない。流石は魔法都市といったところだろうか。
「同志サム。ご苦労」
「あっ! これは副連合長殿! お疲れ様です!」
そんな感じで一行が驚いていると、図書館の奥から一人の男が歩いてきた。
金髪に眼鏡と、クールな印象を受けるその男。見覚えはないが、どこかで聞いたような姿である。純花も心当たりがあるのか、「あっ」と声を上げた。
「新しい同志か? ようこそ全世界学問自由連合へ。俺の名はフレッド・マーク。君たちの来訪を歓迎しよう」
フッと軽い笑みを向ける金髪眼鏡。
その名前を聞き、レヴィア思い出した。ゼンレンの幹部にしてディーたちのバンドメンバーだった男だ。
優等生面のその男。あまり音楽にハマりそうな感じには見えないが……どちらかと言えばお勉強のできる優等生といった印象を受ける。割と好みなのか、ネイの顔がぽっと赤く染まった。
「ふむ……? 君たち、どこかで会ったか?」
「えっ? ……あっ」
何かに気づいたような声を上げる純花。そういえば、エイベル教授との場に彼もいた。会話こそ交わしていないが、姿を覚えられていても不思議ではない。
「んー、同じ学園生だし、どっかで見たことはあるっしょ。あーし達と話したことは無いけどね」
「ふむ……? まあいい、同志が増えるのは喜ばしい事だ。同志サム、頼んだぞ」
「はっ!」
遠い記憶にあるギャル言葉でレヴィアが言い訳すると、フレッドは少し考えつつも納得したらしい。サムが横にのいて道をゆずり、レヴィア達もそれにならうと、彼は廊下の向こうへと歩いていく。
「よかったな! 入団してさっそく副連合長にお声がけいただけるとは、君たちも運がいい!」
びしっと敬礼をして見送っていたサム。彼はフレッドの姿が見えなくなると、レヴィアたちへ暑苦しい笑顔を向けた。さらに「お忙しい方だからな、中々言葉を交わす機会がないのだ!」と続ける。
「ねえねえ。どんな人なの? フレッドさ……副連合長って。他の人たちとちょっと違う感じがするけど」
彼に対し、リズが問いかけた。
確かに、暑苦しい他のメンバーと違ってフレッドはクールな雰囲気である。イマイチ馴染めそうな感じがしない。だというのに、副連合長という重要な地位を与えられている。
「フフッ、確かに冷たい感じするだろうがな。ああ見えて熱い方なのだ。ということは、君たちはクエイクの歌を聞いたことがないのだな」
「クエイクって……ディーさんたちの?」
「ああ。あれを見れば冷たいなんて口が裂けても言えないだろうさ。ぜひ君たちにも聴いてほしいところだが……難しいだろうな。訪ねてきたお二人に会おうともしない。この間手紙なんてのも預かったが、きちんと読まれたかどうか……」
ファンとしては残念な事この上ないな、と少し気落ちするサム。どうやら音楽をやるときのフレッドは様子が違うらしい。眼鏡取ったら本気になるとかだろうか? なんて漫画みたいなことを思い浮かべるレヴィア。
「さて、話を戻そう。同志たちよ。質問したいのだが、何か得意なものとかはあるだろうか? 戦いが得意なのであれば戦闘関係の科に配置するし、そうでなければ後方支援をお願いしたい」
サムが質問してきた。その問いに「迷宮の図書館を調べる担当はないの?」と質問する純花。
「ははっ、気持ちは分かるがな。まずは我々の主張を勝ち取らねば。そのためには武力が必要。迷宮図書館での自由な学びはもう少し後になるだろう」
残念ながら不可能らしい。その答えに残念そうにする純花。どうせ配置されるなら一石二鳥の場所に行きたかったのだ。
「無論! 私は戦うぞ! 元騎士として、志を同じくする同志と共に戦いたい!」
「おお、そうか! ならばネイ殿は戦士科で活躍してもらいたい! 他の面々はどうだろうか?」
「ふふふ、サム殿。喜んでほしい。この者らも……むぐっ!?」
いらん事を言おうとしたネイの口をふさぎつつ、レヴィアは「あーしら女子だし、あまり戦いは得意じゃないんだよ」と答えた。
戦闘部隊は厳しく統制されるのが普通。加えて見張りなどもあるゆえに、自由に動きづらいと考えである。
「むう……。確かにあまり強そうには見えんな。分かった。ネイ殿を除く五名には後方支援をお願いするとしよう。君、ネイ殿を戦士科へ」
そう言い、サムは近くの男子生徒にネイを連れて行くよう呼びかける。ネイは活き活きとした様子で彼についていった。
「ねぇ、あれ……」
「大丈夫? ちょっと効きすぎじゃない?」
「まあネイですし。それに、一人くらい別の場所にいた方がいいかもしれません。後方支援の方が自由は効くでしょうが、ルゾルダについては戦闘部隊の方が偵察しやすいでしょうし」
小声で心配する純花とリズに対し、もっともな事を言うレヴィア。馬鹿とハサミは使いようなのだ。
「では君たち。来てくれ。補給科の学科長を紹介しよう。今後は彼の指示に従って動いてもらいたい」
サムはそう言うと、奥へと歩き始める。その彼についていくレヴィア、京子、美久の三人。
純花とリズはまだ心配そうだったが、「ほら、怪しまれてしまいますわ」とレヴィアに言われ、意識を切り替えた様子。サムの後を追うのであった。
 




