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4 街へまいりましょう

 お一人で朝食をとられるお嬢様は物思いげに溜息をついた。


「お寂しいのはわかりますがもう十四才になられるのですからいいかげん親離れされた方がよろしいかと」

「いきなりなによ?」

「テーブルに旦那様の姿がないのでお寂しいのでは?」

「ファザコンか!」


 今朝早く当主は王都へと旅立った。毎年聖天祭の月には諸公が集まり国政について話し合いがされている。国境を預かる辺境伯ともなると責任も重く、聖天祭前に戻れないこともしばしば。それでレイラが寂しがっているのではないかと思ったのだが違うらしい。


「お父様がちゃんと断ってくれるのか心配しているのよ」

「ああ……そのことですか」


 妄想の果てに辿り着いた答えに偶然が一致してますますこじらせてしまったようだ。王族との婚約などもともとすんなりいくはずもないし、こちらから打診し続けなければすぐに立ち消えるような案件だろうに……なんて強気なお嬢様。お恥ずかしいこと。


 だが執事としてそんなことはおくびにもださずに主人の憂いを取り除かなければならない。


「自意識過剰ですねお嬢様は」

「イケメンだからって笑顔で言えばなんでもゆるされると思ったら大間違いよ!」


 元気を取り戻したようでなにより。


「まったく……はぁ」


 今日は一段としつこい。溜息ばかりだ。


「ご心配なのはわかりますがご当主様は約束をやぶる方ではありません。なにより溺愛しているお嬢様を裏切ることはないでしょう」

「それはまあ……そうなんだけど」


 婦人はレイラの小さなころに亡くなっている。その後に再婚もせず子供はレイラのみ。その愛情はたった一人の娘に注がれた。貴族にとって子供は政治的に利用されるものだが、アルバート・G・ガードナーにはそんな素振りはなく、レイラは伯爵令嬢でありながら随分と自由にされていた。まあそのせいで未熟なりにも考えた結果、最近まではありふれた痛々しい令嬢のふりをしていたのだが……。


「婚約破棄されなければフラグはたたないわけだし、うちが没落することもわたしが失踪することもないはずなんだけど……なんかひっかかるのよねえ」


 また意味不明な単語を口にしたかと思うと物騒なことを言い始める。


「この前は適当に聞き流しておりましたが失踪はともかく、なぜ婚約破棄がお家の没落に繋がるのですか?」

「やっぱりちゃんと聞いてなかったのね!」


 どうどうどう。レイラを落ち着かせて話を続けさせる。


「なぜっていわれても……王家とうまくいなかくなって……じゃない?」

「まさかそんなことで没落なんてしませんよ」

「なんでそう言い切れるのよ?」

「ガードナー家は国境を守る重要な貴族です。辺境伯は家格でもいっても中央の伯爵よりも上で侯爵の位と同じなのですよ。結婚がうまくいかなかったぐらいで権力を削がれることなどありえません。没落するにしても婚約破棄とは切り離して考えるべきでしょう」

「じゃ、じゃあなんでわたし失踪するのよ?」

「婚約者に逃げられたショックでとかそんなとろこでしょう」

「ああ……それはありそう」

「は? そんな繊細なわけないでしょ。冗談ですよいまの」

「あんたねえ!」


 なぜ怒られるのか納得ができない。いまのレイラなら気の迷いで恋に落ちてふられたところで翌日には立ち直っていると断言できる。


「だいたい無理があるのですよ。ガードナー領は交易都市をかかえており他領よりも潤っています。先王の代から隣接国とも良好な関係が続いておりますし没落する理由がありません。まずはその突飛な設定から見直されては?」

「だから設定じゃ――あれ、設定でいいのかしら? もともと乙女ゲーの話だったわけだし……となると……」


 またブツブツと妄想を膨らませはじめたでないか……。


 やれやれ……かたくなに認めないのは創作にかける意地なのだろうか。これが作家性というものなのか。しかしまあ主が困っているのなら執事として手伝わないわけにはいかない。


「でしたら一度街へ出掛けましょう。領内の様子をその目で見ればお嬢様の憂いがやわらぐと思いますよ」

「それはまあ……たしかに」

「あたらしい着想も得られるかもしれませんしね」

「だから創作じゃないってば!」


 というわけで馬車を走らせ交易都市ベルフェアへと向かった。


「どうですかお嬢様、久しぶりに見た街の感想は?」

「まあ……うん。良い感じね」


 稚拙な感想だがそれ以上にない言葉である。他国からブルーム王国に入るなら必ず通る道筋に作られたベルフェアはいつも人で溢れている。交易都市と呼ばれる由縁であり、その活気は王都にも勝るほどだ。人口も他の都市と比較にならない。それがいまだに広がり続けているのだから税収も増え続けるばかりだ。さすがのレイラもこの活気にあてられて言葉を呑み込んでいるようだった。


「まあ実のところ聖天祭前だからこその活気なんですけどね」

「詐欺じゃない!」


 不満そう……でもないのか。レイラの顔からは安心の色がみてとれた。


「せっかく来たのですから街の様子を見てまわりましょう」

「え! いいの? 大丈夫? わたし一応領主の娘だけど?」

「もちろんですとも。下々の生活など興味がないそぶりをして屋敷に引き籠もっていたお嬢様の顔など覚えているいるものたちはごくわずかでしょう」

「言い方!」


 ふてくされるレイラだが本気で怒っている様子はない。令嬢としての立ち振る舞いを歪めておぼえたばかりに外出をひかえていたかわいそうなお嬢様。だがいまなら望むまま自由に楽しんでもらえそうだ。


「それではまいりましょうか」


 クリスは馬車からおりるレイラに手を差し出した。その手をつかんだレイラもまたクリスどうように微笑んでいた。


「これって……デートみたいじゃない?」


 またわけのわからない言葉を呟くお嬢様。やれやれ、妄想する暇がなくなるほど楽しませるためにクリスは奮闘しなければならないようだった。


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