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3 異世界文化をなめすぎです

 なんと晴れやかな気分だろうか。未来が明るいと気持ちも明るくなってくる。レイラは踊り出したい気分だったのだが側にいる執事ときたら辛気くさい。


「やめてくれる。これみよがしに溜息つくの」

「誰のせいだと思っているんですか?」


 はて? 誰のせいかしら。


 あのあと父から男同士で話があるといって退出させられたのでなにがあったのかは知らないが、溜息程度ならたいして叱られたわけでもないだろう。なんせクリスは父のお気に入りなのだ。滅多なことなどありはしないだろう。


「うふふふ」

「他人の不幸がそんなにおかしいですか?」

「やあねえ、そうじゃないわよ。こんなに簡単に解決しちゃったことがおかしいの」

「ああ……妄想の話ですか」

「だから妄想じゃないって言ってるでしょ! 実際にお父様も婚約の話をすすめてたじゃない」

「それはまあ……普通に考えれば王族との婚約なんて考えませんが頭がお花畑の令嬢たちなら夢をみてもおかしくはないかと」

「あなた本当に疑り深いわね……友達いないでしょ?」

「余計なお世話ですよ。そもそも前世の記憶がよみがえったなんて話を信じる方がどうかしてますよ」


 カッチーンときた。


「いいわ……そんなに疑うのなら見せてあげる」

「はぁ……いったい何を見せて下さるのですか?」

「知識チートでこの世界に存在しないスゲーものを見せてあげる!」


 いまからクリスの驚く顔が目に浮かぶ。まずは手始めに……。


「厨房に行くわよ!」

「……?」


 レイラは説明を求めるクリスを無視して厨房へと向かった。


 ちょうどディナーの仕込みをしていた料理長に事情を説明して材料をわけてもらうとレイラは腕まくりをした。料理長の視線の先で肩をすくめている執事のことはいったん無視して調理をはじめる。


「まずは卵……それから塩、レモン汁、お酢を混ぜておいて……あとは少しづつ油を入れながらかき混ぜる」


 このかき混ぜる作業が結構しんどい。現世で何度か作った経験があるのだが、かき混ぜ方が悪くて分離してしまうことがしばしばあった。そんな失敗の経験もあって……。


「できたー!」


 目の前の瓶の中には小麦色のペーストが完成する。


「これがマヨネーズよ!」


 絶対無敵の調味料。異世界に転生したあまたの主人公たちの勝ち筋がこのマヨネーズだ。できもまずまずだし試食した二人がマヨネーズの偉大さにむせび泣くに違いない。さあ、おあがりよ!


「このドレッシングがどうかしのですかお嬢様?」

「え?」

「まさかと思いますがこのドレッシングがスゲーものだと?」

「えっと……まさかマヨネーズってあるの?」


 料理長を見ると特に驚いた様子もなく静かに頷いた。


「うそよ……そんなはずないわ」


 ファンタジーな世界では必ず絶賛されるいわば鉄板商品がすでに存在しているだなんて……。


「どうです料理長、お味の方は?」

「お酢を混ぜるとこのような味付けになるとはいやはやお嬢様には料理の才能がございますね。さっそく今晩のお食事にご用意いたします」

「よかったですねお嬢様。料理のプロがお嬢様の発想に感服したそうですよ」


 試食した料理長がにこにこ。執事がにやにや。ぐぬぬぬぬ……。


「次よ! 次! こんどこそあっと言わせてあげる!」


 リベンジに燃えるレイラは後に引けなくなった。


 とはいえマヨネーズが絶賛されないなんて想像していなかったので代案がとくにない。いったいどうすれば……そもそも前世の知識で自分が再現できるしろものといってもそうはない。こうなれば頼れるのはお手軽にできそうな漫画や小説で得た知識のみ。大丈夫。きっとやれる。こうみえて自分は永遠の文学少女だった。どれだけ年をとっても小説を楽しむことができた。知識チートで無双しちゃうような小説だって大好きだ。


 レイラは書庫で乙女ゲーの記憶を思い出していたときにも負けないほど頭を使った。そして思い出す。マヨネーズに負けず劣らず有名なアレのことを!


「クリス、木工できそうな場所ってあるかしら? あと塗料などがほしいのだけれど?」

「またえらく唐突ですねぇ……まあ屋敷の敷地内で工作できそうな場所といえばマリアム女史のところぐらいでしょうか」

「そうね。ばあやのところならなんでもありそう。さっそく行きましょう」


 レイラはクリスを引き連れて屋敷のはなれにある工房へとやってきた。年季のはいった工房の外観はちょっと薄気味悪い。しかしレイラは躊躇なく扉をあけた。



「お邪魔するわね、ばあや」

「おやおや、お嬢様ではありませんか。このような場所においでになるとは珍しい」


 出てきたのは地味ながら清楚な老婆だった。白いローブがなじみのある白衣のようでレイラには女医に見えるが医者ではなく、ガードナー家お抱えの薬師でマリアムという。レイラが小さな頃から白髪だったせいかばあやと呼んでなついていた。最近はあまり顔を出さなかったため少々ばつが悪い。しかしマリアムは快く迎え入れてくれた。


「今日はいったいどうなされました? 最近調子が悪いときいておりましたが?」

「わたしならいたって健康よ。薬じゃなくて遊具をつくるための材料をもらいにきたの」

「何をしにきたのかと思えば調味料の次はおもちゃですか」


 クリスは早くもガッカリしたとアピールしてくる。いまにみてらっしゃい……。


 マリアムに許可をとり素材になりそうなものを探す。わりと混沌とした室内には薬草以外にもさまざまな素材が見受けられる。薬師として雇われてはいるが、もともとは領軍の錬金術師だった人だ。いまでも現役の研究者であるため鉱物やらもあれば工作できる設備もある。


 レイラは手頃な正方形の板をみつけると均一な溝をつけていく。


「あとは……コインのようなものが沢山ほしいのだけどあるかしら?」

「そうですなあ……これなんかどうですか?」

「これって……」


 おはじきのような透明な鉱物を渡されてレイラは困惑した。


「これ……ガラスよね?」

「そうですが……」

「このあたりに火山でもあるのかしら……天然よねこれ?」


 マリアムが不思議そうな顔をしている横で要領を得たクリスが溜息をつく。


「いったい今まで窓にはめ込まれていたものをなんだと思っていたんですか?」


 天然とは思えない加工品である。ぐぬぬぬ……。


 レイラはクリスを無視して作業に戻る。ガラスの小石の両面を黒と白の塗料で塗って塗って塗りまくった。マリアムが気を利かせて魔法で火球を浮かべると乾かしてくれる。


「まどろっこしいですね」


 するとクリスが魔法で風を生み出すと火急へと近づけた。


「まるでドライヤーね」

「またわけのわからないことを……」


 しれっと見せられた魔法だがこの世界ではポピュラーな力だ。もっとも高い教養が必要なため誰もが使えるわけではない。ちなみにレイラはマナーとかダンスとか淑女の教養を身につけることに忙しくてまだ魔法は使えない。どうせ学院に入学するのだからそれからでもいいという甘い考えだった。現世の記憶があるいまはそれの認識がどれほど甘いかよくわかる。問題も片付いたことだし勉強でもしてみようかしらと思うレイラだった。


 そんな物思いにふけっているうちに塗料が乾き完成した。


「ふふふ……これがなんだかわかるかしら?」

「遊具……でしたよね?」

「そう! これこそがファンタジーの定番ゲーム! リバーシよ!」


 バカ売れ間違いなしのニューゲーム。このリバーシによりあまたの主人公たちが富を得るシーンはもはや必然。クリスもあまりの楽しさにお嬢様スゲーと尊敬すること間違いなしだろう。


 さっそくルールを説明してやると……フって鼻で笑われた。


「え? なにその反応? も、もしかして……これも?」

「ええ。読み書きができない子供もでも遊べるゲームとして平民の間で昔からあるものですね。名前までは知りませんでしたが」

「うそ……これもダメなの」


 レイラのショックたるや膝から崩れ落ちるほどの衝撃だった。こんな馬鹿なことがあるものかと。


「大丈夫ですかお嬢様?」

「じゃ、じゃあ石けんは石けんなら――ごめん、いまの忘れてちょうだい」


 毎晩使っておりました。もはや打つ手無し。レイラはことりと倒れた。


「やれやれ……お嬢様はお疲れのようなのでこれで失礼しますね」

「かまわんよ。面白いものを見せてもらったしねぇ。お嬢様が元気そうでなによりだよ」


 いつのまにやらレイラの身体はクリスに抱き起こされてお姫様抱っこで運ばれていた。気づいたときにはいろいろな恥辱でもだえるレイラだった。


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