12 知識チートで回復無双
クリスは馬車に積めるだけの薬をつめるとレイラと共に街へと向かった。
「まるで別の街みたい……」
背後から聞こえたレイラの声にクリスも同じ思いだった。
街に入ってそうそうに感じた違和感。進むについれて確信へと変わる。街並みは以前来たときとは別物だった。
活気はまるでなく、人通りもまばらで、そのくせ準備を終えたであろう聖天祭の飾りや無人の出店がひときわ街の景観を寂しく見せていた。
「走りやすいのが救いですかね」
「バカ言ってないで急いでよね」
「畏まりました!」
手綱を握ったクリスは可能なかぎり飛ばして教会へと向かった。
「これは……」
「……ひどい」
馬車からおりたクリスたちが見た光景は教会からあふれ出るほどの患者たちの姿がだった。弱った身体を支え合う家族や祈りを捧げる老夫婦、小さな子供を抱きかかえる母親も辛そうで見ていられない。
「急いで配りましょう!」
「お待ち下さい。道端で勝手に治療をはじめるわけもいきません」
「そんな悠長な――」
「お気持ちはわかりますがどうか落ち着いて下さい。配るにしても人手が足りません。急ぐならなおのこと教会の力をかりましょう」
「たしかに……」
「それにこの薬はまだ流通していないものです。いきなり道端で渡されても服用を躊躇うでしょう。円滑に行き渡らせるならばライナス司教に話を通すべきです」
「……そうね。ごめんなさい。では急ぎお会いしましょう」
「畏まりました」
人混みを掻き分けてシスターをつかまえるとライナス司教に面会を申し出た。というより強制だ。権力を振りかざすことで温厚そうなシスターも苦い表情を浮かべるが、説明している時間もおしいのでかまわず患者のなかを推し通ることにした。
医療室に入ると奥へと進む。お待ち下さいというシスターを制してカーテンの中へと入った。
「失礼しますライナス司祭」
「なんだね騒々しい……クリスか?」
「は……い」
一瞬目を疑ってしまった。落ちくぼんだ瞳にはいつもの溢れんばかりの生気がなく。あの大きな身体も小さく見える。
「司教も感染しておられるのですね」
「なに……他のものに比べれば症状は軽い」
そうは言っても治療魔法の使いすぎだろう。どう見ても健康体とは言い難い。しかし身体を押してでも患者の治療を優先した為の犠牲なのだろう。
「クリス、見ての通りだ。君がここにきたところを見ると屋敷の方でも発病したものがいたのだろう。治療してやりたいがいまは重傷の患者の優先したい。すまないが――」
「いえ。すでに治療は終えておりますので必要はありません。ですが治療のことで至急相談したいことがございまして来たしだいです」
「そのとおりです司教様」
「レイラ嬢か!」
後ろから顔を出したレイラを見てライナスが声をあげ厳しい視線を向けてくる。
「こんな場所に連れてくるやつがあるか。レイラ嬢、すぐに屋敷に戻りなさい」
「心配ご無用ですわ。先ほどクリスが言ったとおりわたしの治療はすでに終えております」
「ということは感染したのはレイラ嬢か? しかしいかん。良質なポーションでも完治するわけではないのだ。安静に……ん?」
ようやく気がついたようだ。お嬢様の血色がやけにいいことを。
「わたしはすでに完治しております」
「馬鹿な……いや、その顔色を見ては……しかしいったいどうやって?」
「クリス」
「はい、お嬢様」
クリスがポーチから小瓶を取り出しライナスに見せると……。
「それは! そうか……エリクサーならば完治するのか」
喜びも束の間すぐにその顔に影が指す。
「貴重な情報には感謝する。しかし伯爵家ならばともかく教会ではとても用意できそうにない……」
それはそうだろう。そもそも伯爵家でも難しい。それがエリクサーならば……。
「ライナス司教、これはエリクサーではありません」
「なに? ではそれは……」
「ライトエリクサーと言います。エリクサーには及びませんがポーションよりもはるかに効果がある治療薬です」
「ライトエリクサー……聞いたことがないが」
「ええ。市場には流通していないものですから」
「ということは領軍の品かね?」
察しがいいがそれも違う。レイラを見ると頷いた。本当は出所を隠したいがライナスに隠し事をして疑われることで治療が遅れることをお嬢様は危惧しているのだろう。真実を話していいと……。
「ガードナー家の品ではありません。これはお嬢様がお作りになった新薬です」
「なんと!」
そりゃあ驚くだろう。目の前の見ていた自分ですら未だに信じられないくらいだ。
「レイラ嬢にそのような才能が……」
「わたしだけではありません。ばあや……マリアムとクリスにも手伝ってもらいました」
まあそれで出来るものでもないが薬師としてのマリアムは有名なので納得はしてくれたようだ。
「しかし新薬か……だとすると治験は……まさか!」
ライナスが顔を強張らせてレイラを見たので頷いてみせる。
「そうか……レイラ嬢自らとは恐れ入った」
安心してくれたようだが……。
「ではその薬を今から患者に配ればよいのだな。ならばその前に吾輩も飲ませてほしい」
信じていないわけではないのだろうが、患者の前に自分が試すという強い意思を感じたので小瓶を手渡した。驚くといい。
「では……うぐ……ぐ……ぐ……んんん! んんんんんんんんんんんん!!!!!」
見る間に元気を取り戻したライナスが絶叫する。驚きすぎだ!
「これは……これは……すごいぞ! 力がみなぎってくる。本当にこれはエリクサーではないのかね?」
「え、ええ……ライトエリクサーです」
「そうか……すさまじい活力を感じるぞ」
そんなのアンタだけだろうという言葉をクリスは呑み込んだ。自分もお嬢様もそんなあからさまな反応はではなかった。きっとこの人だけだろう……。
「ありがたい。神と……それになによりレイラ嬢に感謝を」
ライナスはレイラに向けて祈りを捧げる。感づいたのかもしれない。
「ライナス司教、薬は馬車に積んでありますのですぐにでも配れます」
「そうか、わかった。では急ぐとしよう!」
ライナスは自ら馬車へと向かい薬を運び出すと患者たちに薬を配り始めた。レイラも率先して患者へと薬を配り始める。ドレスで看護する姿は場違いで伯爵令嬢にあるまじき姿だったが、クリスには誇らしく見えた。
シスターたちも尻込みする重病患者にも笑顔で対応するお嬢様の姿を見た患者たちは症状がよくなると感謝の言葉をのべていた。薬の出所が伯爵家からだと伝わるとお嬢様を拝んでいるものもまででてくる。
やれやれ、あまり目立ってほしくなはなかったのだが……仕方がない人だ。
それからどれほどの時間が経ったのか。日が傾きかけるころ、あの地獄のような光景だった教会は歓喜に包まれていた。
「ふう……これで安心かしら」
「はい、お嬢様。あとは市街に潜んでいる患者をみつけて治療すれば完了でしょう」
幸いまだ薬の在庫がある。しばらくすればベルフェアを襲った流行病も終息してくことだろう。
「クリス、それにレイラ嬢。君たちのおかげで街は救われた。本当に感謝する」
「頭をあげて下さい司教様。領主の娘として当然のことをしたまでです。水際で食い止めて下さった司祭様や教会の方たち感謝いたします」
「うむ……立派になられた」
本当に……。クリスも肯定した。薬を作って街を救うと言いだしたときは耳を疑ったものだが、お嬢様は本当にやり遂げた。
お嬢様の妄想からはじまったこの事件も解決したかにみえたが、その安息もライナスの元へ走り込んできたきたシスターの伝言で霧散した。
「なんと! すでに王都まで病が……」
伝書梟による教皇からの知らせではベルフェアを襲った病が急速に各地に広まり、王都にも広がりつつあるとしるされていた。
予想していたよりも感染が早いことにクリスが苦虫をかむ。
「ライナス司教はどうされるおつもりですか?」
「ふむ。幸いベルフェアの心配はなくなった。わたしは数名のシスターをつれて王都へ向かう」
王都の人口はベルフェアの倍以上ある。人手はいくらでもほしいだろう。しかし駆けつけたところで……。
「クリスの言いたいことはわかる。だが行かねばならないのだ。救える命があるかもしれないのでな」
強がりだ。すでに治療魔法では完治しないことはわかっている。
「司教様、残った薬をお持ち下さい」
「レイラ嬢それは……」
お嬢様の申し出にライナス司教は首を縦にはふらなかった。当然だろう……。
「お嬢様、ベルフェアでの感染はまだ終わったわけではありません」
「それはわかってるけど――」
「いま治療をやめてしまえばまた同じことを繰り返すことになるかもしれませんよ」
「その通りだレイラ嬢。せっかくの成果が無駄になってしまう。残りの薬は領内のものたちを救うために使ってほしい」
レイラの悔しそうな顔を見てクリスも苦虫をかんだ。せっかく特効薬を作っても行き渡らなければ意味がない。それを誰よりも悔しいのがライトエリクサーを作ったお嬢様だろう。
そんなレイラに現実を突きつけるようなことは言いたくなかったが、納得してもらうためにクリスはあえて口にした。
「お嬢様、王都までの距離を考えてみて下さい。ライナス司教たちが到着するまでに感染は拡大していることでしょう。王都の人口を考えれば残りの薬を持ち出してところで――焼け石に水です」
酷なようだがそれが事実だ。感染の早さから考えると王都はもう助からない。ベルフェア以上の被害が長く続くことだろう。
これでレイラも納得しただろうと思いきや、クリスのあては大きくはずれた。
「司教様、それならばライトエリクサーのレシピをお持ち下さい」
「!」
「幸いライトエリクサーの作り方は難しくありませんし特別な素材も必要としません――」
「お嬢様!」
「クリスの言いたいことはわかるわ。でも――」
「いいえわかっていません! この薬はおいそれと広めていい薬ではありません!」
本物には劣るものの安価で簡単に作り出せる万能薬が広まればさまざまな問題がおこりうるだろう。例えば病気や怪我に対する意識は確実にかわるし、エリクサーを含めた他の薬の価格は軒並み暴落して既得権益側を敵にまわすことにもなるだろう。波及効果は予想もしなかったところまでおよぶと思われる。富を捨てるだけには終わらない。それがお嬢様にはわかっていないのだ。だというのに……。
「これはね、わたしの為でもあるのよ」
「?」
「クリスには話したでしょ」
「あの妄想のことなら――」
「それがきっかけで出来たのがこの薬よ。だからわたしはこの薬を使って運命に打ち勝つの。それでみんなの命まで救えるなら最高じゃない、ね!」
あくまでついでに国中の患者を救っちゃうつもりらしい。その後にふりかかるご自分の困難に目をつぶっても……。
やれやれ……本当にやれやれだ。
クリスも覚悟を決めて自分の使命を果たすことに決めた。
「わかりましたお嬢様」
「クリス!」
「ですがお嬢様の穴だらけの計画は見直さなければなりませんね」
「え?」
「だいたい時間がないのにライナス司教にレシピを渡してもしょうがないでしょ?」
「うっ!」
「伝書梟を使いましょう。それで時間はかなり短縮されるはずです。それからサンプルを小分けして――」
クリスが次々に指示を出していく。レイラにはレシピをしたためるために司教の書斎をかしてもらうことにした。慌ただしく準備がおこなわれていくなかでクリスはライナスをつかまえると人気のなくなった医療室に入った。
「ライナス司教……折り入ってお願いがございます」
「ふむ。聞いたレシピの内容だけでもライトエリクサーの価値は十分に理解している。吾輩が個人でかなえられる願いならなんでも聞こう。無論教会からも感謝させてもらうつもりだ」
「そういってもらえると助かります。これはお願いというよりは……レシピをお渡しする条件ですので」
「それはまた……おだやかではないな」
「ええ……より確実にお嬢様の願いをかなえる手段ですので一切の妥協はしないつもりです」
ラナイスの顔に緊張が走るのが見てとれる。
「して……その条件とは?」
「単刀直入に言いましてレイラ・ベル・ガードナー伯爵令嬢を――」
クリスが語った願いの内容を聞いたライナスの顔からは緊張がとけていた。
「それならば吾輩が口を出さずともかなう願いだろう」
「いいえ。ライナス枢機卿から口添えしていただき速やかに実行していただきたいのです。それがレシピを渡す条件です」
クリスの気迫が伝わったのか、ライナスは「必ず」と言って頷いた。
さあ、できる手はすべてうった。これでお嬢様が運命に打ち勝つことができるように祈るばかりだ。




