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79.外出

 

 アリーチェがリクハルド付の侍女見習いになってから十日弱。

 アリエスの予想以上に二人は親しくなっていた。

 おかげで以前から予定していた通り、アリエスは丸一日の休暇を取れることになった。


 リクハルドの筆頭女官になって不自由なことは多いが、休暇を女官長の許可なく取れることが数少ない利点なのだ。

 報告する義務はあっても、難癖をつけられないようにしているので大した問題ではない。


「それでは皆様、殿下が就寝される時間までには戻りますので、あとはよろしくお願いいたします」

「アリエス様、デートですか~?」

「ふふふ。面白くない冗談ですね」

「面白くないのに声だけで笑われるアリエス様が怖いです~」

「覚えておきます。それでは失礼いたします」


 結局、アリーチェからは「アリエス様」と呼ばれることで落ち着いていた。

 アリーチェは持ち前の鈍感力と意外な敏感力で女官たちとはそれなりに上手くいっている。

 後の細かいことはエルスに頼んであるので、アリエスは自分で書いた外出許可証を持ち、外套をまとって王宮の裏口へと回った。

 そこから王宮の通用門まで歩く。


「クローヤル女史、お出かけですか?」

「ええ。初めて休暇をいただくので、王都見学でもしようかと思いまして」


 裏口へ向かう途中でも通用門までも、多くの使用人たちにアリエスは声をかけられた。

 今では使用人たちにすっかり知られており、皆が色々と気にかけてくれる。

 アリエスほど身分の高い人物が『使用人の味方』なだけでなく、『母親に金で売られた』という新たな同情話が広まったおかげで、さらに人気が高まっているのだ。

 王宮にやってきたとき、ヘンリー以外誰も声をかけてくれず、冷ややかな対応だった門番たちの態度でさえ違う。


「大丈夫ですか? 危険な場所もありますから、案内人をつけられたほうがよろしいのではないでしょうか?」

「あ、なんなら俺、案内しますよ?」

「……ありがとうございます。それでは、少しだけお願いしてもよいでしょうか?」

「は、はい!」


 外出許可証を見せれば門番は心配してくれ、同じように外出予定らしい使用人――身なりから下級の従僕あたりだろう者からも声をかけられた。

 一瞬断ろうかと思ったアリエスだが、王都に不慣れなアリエスを案内してくれるという申し出を断るのも不自然だと判断してお願いする。

 それ以上に、この少しの時間で新たな情報を得られるかもしれないとの計算が働いたのだ。


 王都の地図は資料室管理の時代から穴が開くほど見ていたので、だいたいは把握している。

 それでも街は常に変化しているものであり、男性と連れ立っているほうが問題は起こりにくい。


「俺——あ、いえ、僕は東翼棟の三階でお仕えしているジェフ・パーセンと申します。不躾な申し出にもかかわらず、お受けくださってありがとうございます」

「私はアリエス・クローヤルよ。お礼を言いたいのは私です。少し不安だったので、あなたの――パーセンさんの申し出はとてもありがたく思っているの。こうしてすぐに馬車にも乗れたしね。ありがとう」

「いえ! そんな……」


 年齢は二十歳前後だろうジェフは嬉しそうに笑い、それからあれこれと車窓から見えるものを説明してくれた。

 こうして辻馬車に簡単に乗れただけでも彼の申し出を受けた甲斐はあったが、たまに挟まれる王宮の噂もユッタからのものとは違って面白い。

 ただその内容をしっかり耳にしながらも、アリエスは彼と街でどう別れるべきかを考えていた。


 待ち合わせがあるというと、すぐに噂になるだろう。

 迷ったふりして離れてしまえば、逆に捜されてしまう。

 ここは素直にお礼を告げて、別れるべきだと判断する。


「パーセンさん、今日はお父様を見舞われるのでしょう? どうぞご実家にお戻りください。ここまで来れば私は大丈夫です。辻馬車の乗り方もわかりましたので、自分で城に帰ることもできます。ありがとうございました」

「いや、しかし……」

「少し見学したかっただけですから、この大通りを逸れるつもりはありませんし、お昼過ぎには戻るつもりですから大丈夫ですよ。そこまで世間知らずでもありませんから」

「それはわかってます」


 馬車の中で聞いた用事をジェフに促しても、彼は迷っているようだった。

 そこでアリエスは近くにいた花売りに声をかけた。


「クローヤル女史?」

「――これをお父様に。お大事になさってくださいと伝えていただけませんか? それと、あなたの息子さんはとても親切な方で感謝している者がいる、とも」

「……ありがとうございます。お貴族様からの見舞いの花だなんて、父は感激してすぐに治るかもしれません」

「そう願っているわ。それでは、失礼します」


 小さな花束と伝言を渡せば、ジェフこそ感激したようだった。

 余計な出費ではあるが、これぐらいで好印象を得られるなら安いものだ。

 嬉しそうに去っていくジェフと別れ、アリエスはこの大通り沿いにある旅亭を目指した。

 その後をつけてくる者にはさすがに気付かず、目的の店を見つけて入る。


 宿泊している部屋は先に聞いていたので、忙しそうに働いている店の者には何も言わず、二階へと上がった。

 手間取らずに動けるのも、商人たちと旅をしたおかげだ。

 そして目的の部屋をノックして誰何にきちんと名乗り、中へと入れてもらう。

 一刻ほど部屋で過ごした後、アリエスは街に出ると適当にお土産を購入して王城への帰路についた。


 そして門番にジェフがまだ戻ってないことを聞くと、自分はすでに戻ったことを伝えてくれるようお願いした。

 心配され捜されても面倒だからとの行動だったが、彼とアリエスとの身分違いの恋の噂がすぐに流れ始めたのだ。

 アリーチェに冷やかされたアリエスは、凍てつくような視線で「へえ?」と答えただけで黙らせた。


 しかし、これ以上詮索されるのもうっとうしい。

 そこで偶然を装いユッタに出会うと、予想通りの質問に丁寧に説明し、ジェフに迷惑をかけて申し訳なく、非常に困っているのだと伝えた。

 これでしばらくすれば噂も落ち着くだろう。

 ジェフは資料室にまでやってきて、アリエスに謝罪させてほしいとフロリスに伝えたらしいが、それに関しては適当に満足しそうな返事をしておいた。


「――わざわざ休暇中に街へ出て密会していたらしいな」

「せっかく王都にいるのですから、色々と街を見学してみたかったのです。田舎者ですから無理をせず案内してもらったほうが安全でしょう?」

「……まあ、それが自然だな」


 昼間だというのにリクハルドの寝室に現れたジークに内心で驚きながら、アリエスは淡々と答えた。

 まだ諸外国から来訪している要人たちが滞在しているはずである。

 ジークはアリエスに密かにつけている護衛から旅亭の部屋で誰かと会っていたようだと報告を受け、我慢できずにやってきたのだが、それを口にすることはできず納得するしかなかった。


 護衛のことを伝えてもおそらくアリエスは怒らないだろう。

 だが今後、護衛を撒こうとされても困る。

 アリエスはジェフ・パーセンとの噂について話していると思っているようで、ジークはそのままにするしかなかった。

 ひょっとして誰と本当は会っていたか教えてくれるかと期待した自分の愚かさがおかしくなる。 


「何か面白いことでも?」


 思わず自嘲してしまったジークに、アリエスは不審げな表情で問いかけた。

 ジークは軽く首を横に振りながら答える。


「いや……俺は馬鹿だとつくづく思うよ」

「そうですね」

「そこは建前でもいい加減に否定しろよ」

「面倒くさいことは嫌いですから」

「人付き合いには大切なことだろ?」

「あなたとは建前など必要ないでしょう?」

「……それもそうだな」


 何を言っているのだ、とでも言いたげに眉を寄せるアリエスが可愛く見える。

 本当に恋とは愚かで厄介なものだと実感して、ジークは立ち上がった。

 これ以上ここにいては、さらに愚かになってしまう。


 アリエスにとって自分との付き合いは建前を必要としないものなのだと知って、浮かれてしまっているのだ。

 この気持ちをアリエスに知られてしまえば、鼻で笑われるどころか、気味悪がられるかもしれない。

 お互い、まだまだ嘘と秘密ばかりの関係であるというのに。


「では、そろそろ戻るよ」

「まさか、あんなくだらない噂のためにいらっしゃったのですか?」

「ただの気分転換だよ」

「それは大切ですね。まだまだ健康でいてくださらないと困りますから」

「厳しいな」

「人間とは常に愚かなものです。ただ自覚しているかどうかが大きな違いだと私は思います」

「――ありがとう」

「お礼を言われるようなことではありません」


 あくまでも淡々とした口調は変わらなかったが、アリエスなりに励ましてくれているのだろうと都合よくジークは考えて笑ってみせた。

 しかし、アリエスの視線はもう自分にはない。

 その態度さえ愛しいと思うのだから、これはもう重症だとうんざりしながらジークはリクハルドの寝室から消えた。




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― 新着の感想 ―
[一言] Σ(*゜д゜*) あ、あれ?ここまでジーク、ハマっていたっけ…!?
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