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74.パーティー

 

 噂はあっという間に広がったらしく、夕食時にはもう他のリクハルド付きの女官たちの耳にも入っていた。

 リクハルドが傍にいるにもかかわらず、嫌みを言ってきたのだ。


「正義の味方を気取るのはいいけれど、殿下のお傍を離れるなんて職務怠慢ではないかしら?」

「私は身内の問題を解決しただけよ。だから、あなたたちにお願いしたでしょう?」

「だからといって――」

「ねえ、せいぎのみかたってなに?」

「いつもお話させていただいている物語の主人公のことですよ、殿下」

「ローコーのこと?」

「はい、殿下」

「せいぎのみかたのお話はたのしいよね?」

「そうですね。みんな正義の味方は大好きですから」


 リクハルドが話に入ってきてようやく女官二人は、この場でする話ではないと気付いたらしい。

 子どもは大人が思っているよりもずっと、大人の話をしっかり聞いている。

 そんな失態にアリエスは腹を立てるよりも、この二人についての印象がかなりよくなっていた。


 テブラン公爵派であることは間違いないのだが、ただ単純にアリエスに嫌がらせをするくらいしかできていない。

 それが油断させるための演技という可能性はある。

 しかし、そんな演技ができるほどの手練れをリクハルドの傍に置く必要も今はないだろうと判断していた。


 それからアリエスは急ぎリクハルドの寝支度を整え、寝つきがよくなる薬草を煎じたものを飲ませた。

 おかげで、いつもよりずっと早くリクハルドは寝息を立て始める。

 睡眠薬の耐性もいつかはつけなければならないが、それらは本来の役目の者に任せるべきだと見送っているのだ。


 アリエスはエルスとフロリスに後を頼むと、フロリスの姿で資料室へと向かった。

 そこでいつも以上に手を加えて、目立たないようメイドの姿に変装する。


 パーティー会場を覗くことなどできない。

 そんな場所があれば、暗殺など簡単に行えるだろう。

 そしていつも以上に警備が厳しいパーティーを覗き見るためには、堂々と会場にいればいいのだ。


 というわけで、アリエスはちょっとした用事を先に済ませてから、給仕のメイドとして会場内に入った。

 使用人たちは皆、久しぶりの大きなパーティーで他人にかまってなどいられず、アリエスが気付かれることはないはずだ。

 会場内の噂はやはり国王とマルケス夫人のこと、そして夕方に起きた事件のことで占められていた。

 盗難事件の被害者であるクローヤル伯爵未亡人は、気分が悪いと欠席しているらしい。


(恥をかくことには気付いたみたいね……)


 あれだけはっきりアリエスが模造品だと告げたネックレスやイヤリングを身に着けて、見栄っ張りの母親が出席できるはずがなかった。

 いっそのこと、それをネタに話題を集め、主役になることもできるのだが、その度胸はないようだ。

 しかも今では、娘の身よりも宝石を手放すことを惜しんだ酷い母親として噂されている。

 これで当分は王都にやってくることもないだろうと、アリエスはせいせいした気分だった。


 アリエスはメイドとして会場を回って働きながら、ここにいるはずの人物を捜した。

 今まで一度もその姿を目にしたことはないが、よく知っている人物。

 途中でロレンゾとアリーチェに近づいてしまったが、気付かれないように遠ざかる。

 そしてようやく見つけることができた。

 というより、ちょうど会場内に入ってきたところだったのだ。


 嫌みなまでに自信に満ちあふれた姿のテブラン公爵と、その腕に華奢な手を添えて現れたのは娘のメルシア。

 本当の父親に似て整った顔立ちをしている。


(確かに、アリーチェ様と似ているわね……)


 性格が違うからか印象もかなり違い、異母姉妹だと知らなければ見逃してしまいそうだ。

 テブラン公爵親子の後から入ってきたのは、どうやら嫡男夫婦らしい。

 メルシアの兄であるアストルは父親であるテブラン公爵によく似ているが、面白いことにまた印象がまったく違う。


(父親のような野心を抱くタイプではなさそうね)


 それどころか、少し前のロレンゾのように抑圧された何かを感じさせる。

 彼もまた少し弄れば面白いかもしれない。

 アリエスはポルドロフ王国でそうであったように、さり気なく近づいて会話に聞き耳を立てた。


 だが、やはりテブラン公爵ほどの人物がこんなところで内密の話をするわけもなく、何食わぬ顔で皆と同じようにイレーンのことに驚いた、といったようなことを話していた。

 それにアリエスが退屈しかけた頃、ようやく国王の入場が告げられた。

 途端に皆が広場の壇上のほうへと向き直り、使用人たちは会場の端へと身を隠す。


 会場内の誰もが頭を下げ膝を折って最高礼でもって迎える中、アリエスは一番目立たない場所からこっそりと壇上を窺った。

 ほんの一瞬、国王と目が合う。

 すぐに国王は会場全体へと視線を巡らせ、皆に楽にするようにと告げた。


(一番の死角は把握済みってわけね)


 国王の話が始まり、王妃の死に触れたときにはわざとらしくハンカチを目がしらに当てる夫人が多く見られて面白かった。

 またイレーン・マルケス夫人に感謝の言葉を述べているときには涙が乾いたのか「見て、あの誇らしげな顔」とか「陛下は騙されているのよ」などとひそひそ囁き合っている。

 これだから覗き見・盗み聞きはやめられないのだ。

 アリエスはうきうきして聞きながらも、その視線はしっかりイレーンを捕らえていた。


 彼女は言われるよう誇らしげな顔ではなく、神妙なふりをしつつ自然な仕草で会場内をこっそり見回している。

 もちろんその視線はテブラン公爵を素通りした。

 しかし、わずか二回ではあったが、ある人物を目にしたときにかすかに反応したのだ。

 そのうちの一人はアリエスの見知らぬ人物だった。


(あら、大変。あの人が誰か調べないと)


 一人はアリエスも何度か顔を見たことのあるポルドロフの公爵だった。

 来賓として招待されたのだろう。

 それは予想の範囲内だったので、パーティーが再開されると、アリエスは人込みを抜けてもう一人へと近付いた。


 宰相補佐のハミルトン卿と話しているその人物は、ベルランド公国の大使としてやってきたカノッサ侯爵らしい。

 確かに、ポルドロフ王国とマーデン王国の間には高い山脈の他にベルランド公国があるのだから、二国が手を組んでいてもおかしくはないのだ。

 ただマーデン王国に攻め入る場合、前線となるのはベルランド公国になる。

 今でも金鉱山などで潤っているベルランド公国が、わざわざそんな不利益な戦に参加するとは思えなかった。


(むしろ、ポルドロフ王国がベルランド公国を狙うのならわかるけど……。ああ、なるほど。ベルランド公国がポルドロフ王国と手を組んだのではないわ。公国内に同じように裏切者がいるのね)


 アリエスはちらりとテブラン公爵を窺った。

 公爵はメルシアとともに国王とイレーンのダンスを見ている。

 その表情は心配し困惑しているようだった。


(上手いわね……)


 テブラン公爵はイレーンを国王の後妻に推している勢力とは一歩距離を置いていると思われているのだから、この状況は心配しながら見守っているという表情で正解だろう。

 三年の間、王妃の――娘の喪に服していたら、恩人であったはずの女性が娘の後釜に収まろうとしているのだから。

 これほど狡猾な公爵を騙すイレーンの手腕にアリエスは感心した。

 様々な男性との密会を覗き見した限りでは、アリエスには残念ながら真似できそうにないやり方がほとんどだったが、公爵ほどの男性が色事で判断力を失うとは思えない。


(ひょっとして公爵もすべて計画を知っているとか?)


 単に王妃が毒殺されたことだけ知らなかったとも考えられる。

 そこから計画に引き込まれた場合もあり得るが、まさかその毒殺犯がもう一人の娘――メルシアだとは思ってもいないはずだ。


 恐ろしいことに現在、テブラン公爵は王位継承権第四位である。

 ただ、第一位のリクハルドを除くと、第二位、第三位は国王の大叔父に当たるため高齢であり、あと数年もすれば継承権は繰り上がるだろう。

 だが今、国王とリクハルドに相次いで何かが起こった場合、テブラン公爵に疑いの目を向けられることは必至だった。

 だからこそ、()()リクハルドの後見という立場に収まるのが一番なのだ。

 しかも娘がポルドロフ王国王太子妃ならば、これほど盤石な地位はない。


(マーデン王家には男子が少なすぎるのよね……)


 しかし、こんな状況で国王が再婚できるわけがない。

 新しい妃だけでなく、自身までも今まで以上に命を狙われることになるからだ。


 アリエスは会場内の人込みの中をするりと抜けながら、隅へと移動していた。

 もうすぐ一曲目が終わる。

 そうすれば多くの者たちが踊り始めるので、邪魔にならない場所にいるのが一番なのだ。


 そのとき、会場内がざわりと揺れ、他の使用人たちと同様にアリエスも振り返った。

 二曲目のダンスは休むと思われた国王がアリーチェを誘ったからだ。

 本来のパートナーであるロレンゾを差し置いて、アリーチェにとって最初のダンスの相手を申し込むなど無礼な行為ともとられかねない。

 だが相手は国王であり、ロレンゾは快くアリーチェを送り出したようだ。


(……陛下は本気でアリーチェ様を巻き込むつもりなのね)


 数日後にはアリーチェがリクハルド付きの侍女となることが発表されるはずである。

 それに加えてこれでは、誰もが国王の真意を測りかねるだろう。

 テブラン公爵派は間違いなくアリーチェを――カスペル侯爵家を陥れようと動き出す。


(だけど、アリーチェ様が殿下と一緒に行動されている限りは、ある意味安全とも言えるわね……)


 さらには、一人のときに何かが起これば様々な憶測を呼びかねない。

 もちろん油断はできないが、このようにはっきり注目を集めるほうが得策だとアリエスもそこで理解した。


(私ももっと多方面から考えないと駄目ね)


 アリエスは壁際に立つロレンゾにちらりと視線を向けた。

 その周囲に美しい花々が咲き誇っている。

 珍しくパーティーに出席しているロレンゾを女性たちが囲んで、あれやこれやと気を引いているのだ。

 たとえアリエスの視線にロレンゾが気付いていたとしても、透明人間である使用人に目を向けることはない。


 アリエスは自分の楽しみを――多くの噂話を耳にするために、また会場内を動き始めた。

 それから二曲目が終わり、三曲目に国王がメルシアをダンスに誘ったときにはアリーチェのときほどの驚きはなかった。

 この後、何が起こるのかをほとんどの者が予想しているからだろう。

 そして三曲目が終わると、国王がメルシアとポルドロフ王国王太子との婚約を発表し、祝いの言葉を述べたのだった。




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