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72.家宝

 

「ア、アリエス、あなた……何を馬鹿なことを言うの?」

「私は肖像画でしか目にしたことのないその宝石が、まだ伯爵家にあることを知りませんでした。実物を見たことはなかったものですから、てっきり手放されたのだと思っておりましたが、違ったのですね」

「それは……た、大切な家宝だもの。簡単に外に出したりなんてしなかったからよ!」

「そのわりには、簡単にメイドに預けてしまわれたのですね?」


 アリエスのことは簡単な署名だけで国外へと出したのだから、大切ではなかったのだろう。

 そのことを思い、アリエスは不思議な気持ちに囚われた。

 今はあのときのことを何とも思っていない。

 それなのに、あのとき傷つけられ苦しんだ感情ははっきりと思い出せる。


 そして、今のアリエスはやられたらそれ以上にやり返す主義なのだ。

 それがたとえ母親であっても。


「まさかメイドがこんなに大胆に盗むなんて思いもしなかったからよ!」

「そこまでおっしゃるのですから、証拠はあるのですよね? お母様ははじめ、彼女がイヤリングを失くしたとおっしゃっていらしたのに、今は盗んだとおっしゃる。それは盗んでいる場面を見たか、彼女がイヤリングを隠している場所がわかったからですか?」

「え……」


 アリエスの問いかけに、母親だけでなく皆が「あっ」となった。

 誰も母親の言葉の変化に気付かなかったようだ。

 いつの間にかイヤリングの行方よりも、盗みを働いたメイドへの断罪に変わっている。

 意図的ではなくても、こんなに簡単に皆の意識を誘導できることがアリエスは興味深かった。

 今後の参考にしようと思いつつ、このくだらない糾弾に決着をつけることにする。


「ちょうどメイド長もいらっしゃいますし、お母様も立ち会われて、彼女が制服の中にでもイヤリングを隠していないか、別室で調べられてはどうですか?」

「もちろんよ!」

「そんな……」


 鼻息荒く母親は答えると、メイド長に視線だけで命じて別室に入っていった。

 その後にひどく動揺したメイド長が、怯えたままのメイドを引っ張っていく。


 その間、アリエスは鏡台に近づき、また放置されてしまったクローヤル伯爵家の家宝とやらのネックレスを手に取った。

 そしてじっくり観察する。

 こんなもののために、母親が大騒ぎしているのかと思うとおかしくなってきた。

 メイドも運が悪いとしか言いようがない。


 待っている間、部屋にいる他の者たち――駆けつけた女官一人と衛兵二人は手持ち無沙汰なのか、そわそわしている。

 母親たちが入っていった部屋は寝室のようだ。

 女官と一緒に待つ衛兵は、ガイウスに残るようにと命じられたのだろう。


 廊下に集まっている使用人たちの顔ぶれはユッタ以外は次々と変わっている。

 今夜パーティーがあるのだから、こんなところでいつまでも時間を潰しているわけにはいかないのだ。

 それでも気になり、仕事の合間にやってきているようだ。


(これ以上の恥、ね……)


 母親は見栄っ張りなために、伯爵家が困窮しているときには、王都へ出かけることはなかった。

 今も裕福ではないが、アリエスがハリストフ伯爵家に嫁いで手に入れた支度金で様々な問題が片付き、妹たちも嫁いで少しは余裕ができたのだろう。……表面を取り繕うくらいには。


 アリエスがネックレスを置いて片方だけのイヤリングを見ていると、先ほどよりも不機嫌な母親が戻ってきた。

 その後ろには安堵の表情のメイド長と、まだ怯えているメイドが続く。


「それに気安く触らないでちょうだい!」


 イヤリングを持っているアリエスを目にして、母親が叫んだ。

 アリエスが謝罪も何も言わずに、イヤリングをケースに戻したことで余計に腹が立ったのか、さらに母親は続ける。


「あなたには本当にがっかりしたわ、アリエス。もう少し器量と愛嬌があれば、いくら子どもができなかったからといって、一文無しで放り出されたりなんてしなかったのに。それに比べて、あなたの妹たちの夫は、身分はハリストフ伯爵様には及ばないけれど、あの子たちを愛してくれているのよ。だからドレスや宝石などの贈り物をケチったりしないの」

「そうですか。マーリンもカーリンも愛して()()()旦那様でよかったですね。それで、イヤリングは見つかったのですか?」

「ありませ――」

「簡単に見つかるかもしれない場所に隠しておくものですか! きっとどこか別の場所に隠したんだわ!」


 アリエスは母親の嫌みにも淡々と応じて、本題に戻った。

 だが母親は答えかけたメイド長を遮り、大声で持論を展開した。

 先ほど忠告したばかりなのに、自分から注目を浴びている。


 部屋の外には王宮の使用人以外にも、貴族たちのメイドや従僕も覗いているのがその制服からわかった。

 彼らは主人に様子を見てくるように命じられたのだろうから時間もあるはずだ。

 盗みを疑われているメイドはもう声も出ないようで、ただ泣いているだけ。

 それでも演出の一部としては十分だろう。


「――本当に彼女が盗んだとして、時間的に隠す場所は限られていると思います。せいぜいこの部屋の中か、後で拾うつもりでその窓から落としでもしたかですね」


 アリエスがそう言うが早いか、母親は開いたままの窓の外を覗いた。

 つられて女官たちも窓辺へと近づく。


「とはいえ、窓の外に落としたのであれば、誰かに見られるか、持ち去られる危険性が高いのでやはりないでしょう。それに、クローヤル伯爵未亡人に責められた時点で、うっかり窓から落としたと言い訳することもできるのに、それをしていないのですから、あり得ませんね」

「じゃあ、やっぱりこの部屋に隠したのね!」


 窓の下を覗いていた母親はぱっと振り向いて、メイドではなくアリエスを睨みつけた。

 まるで「恥をかかされた」とでも言いたそうな表情だ。

 七年前の母親はここまで愚かだっただろうかと考えながら、アリエスは小さくため息を吐いた。


「……お母様、それもおかしいことに気付きませんか? これからお母様が身に着けようとされているイヤリングを、なぜわざわざ盗むのです? どうせなら今夜、片付けるときが絶好の機会だと思いませんか?」

「こ、この娘は馬鹿だから、そんなことまで考えなかったのよ!」


 このやり取りを聞いている周囲の者たちは、アリエスの主張に「確かに……」などと納得している。

 失くしたのならともかく、この状況で盗むなど常識で考えてあり得ないのだ。

 母親はメイドが盗んだと決めつけ責めた手前、今さら後に引けないらしい。


「それでは、話を一つ前に戻しましょう」

「一つ前に戻す?」

「これらがクローヤル伯爵家の家宝だという話です」


 アリエスの言葉の意味がわからないとでもいうように首を傾げた母親は、幼い頃の妹にそっくりだった。

 妹たちはあれから少しは成長したのだろうか、と関係ないことを考えながらもアリエスは話を続ける。

 途端に母親の目つきが変わった。


「あなたが恥ずかしげもなく、クローヤル伯爵家の家名を名乗っていようとも、あなたには何の権利もないのですからね!」

「ええ、それはわかっております。ただ、先ほどお母様は〝クローヤル伯爵家の花嫁に代々受け継がれた〟とおっしゃっていたので、これらの本来の持ち主は現クローヤル伯爵家当主であるルドルフの奥様――ハンナさんのものですよね? お母様はハンナさんの許可を得て、これらを持ち出されたのですか?」

「なっ、何を……」


 アリエスにとってこの質問は慈悲であり、母親を試してもいた。

 母親にはもう、愛情を欲してもいなければ、抱いてもいない。

 これは単に母親がどれだけ醜悪な人間なのか、どれほど愚鈍なのかを知りたかったのだ。


「今夜のパーティーにルドルフたちは出席しないのですね?」

「あ、あの子は……ハンナがまだ出産したばかりだし、領地の仕事が忙しいのよ」

「それでお母様はルドルフの代理として出席されるのですか? その家宝を身にまとって?」

「そうよ! ああ、わかったわ! あなたもパーティーに出席したかったのね? それなのに使用人として働かないといけないのが悔しくて、私の邪魔をしようと思ったのね? なんてひどい娘かしら」


 母親が昔から悲劇のお姫様のような振る舞いをする夢見がちな性格だというのはわかっていた。

 さながら今は、自分を虐めるアリエスが意地悪な魔女なのだろう。

 アリエスの配役は全く間違っていない。

 だが、現実は物語のように主人公が幸せになっておしまい、ではないのだ。


「お母様、私ごときが申し上げるのは差し出がましいとは思うのですが……」

「あなたのような恥さらしをパーティーに連れて行ってなんてあげないわよ」

「はい。私も恥をかくのは遠慮したいので、そのようなことは申しません」

「それなら何なの? 早くイヤリングを見つけて準備しないといけないのに、あなたなんかにかまっている暇はないんだから」


 アリエスは答えながら、ちらりと周囲の様子を窺った。

 皆が母親に虐められているアリエスに同情している。

 もうこれで十分だと判断したアリエスは、皆に聞こえるようにはっきりと母親に告げた。


「お母様、そのクローヤル伯爵家の家宝とやらは、よくできた模造品(にせもの)です」




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