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49.関係

 

 資料室に戻ったアリエスはメイド服姿のまま、フロリスに手伝ってもらって資料整理を再開した。

 今晩は久しぶりに使用人用の食堂でご飯を食べるつもりなのだ。

 ただ髪の毛が少し臭うとフロリスに指摘され、香料を使って誤魔化した。

 やはり臭うと目立つ。

 フロリスは最近明るくなり、あまり遠慮せずにアリエスに意見を言ってくれるので助かっていた。

 本の修繕もかなり上達している。


「何か面白いことはございましたか?」

「そうねえ。期待していたほどではなかったわ」

「それは残念でしたね」


 これ以上深く追求してこないところがフロリスのいいところだ。

 おそらく先々代カスペル侯爵も実の親子というだけでなく、フロリスのこういうところを気に入っていたのだろう。

 しかも空気を読むのも上手い。

 身分的に侍女にはなれなくても上級メイドにはなれるはずだ。

 アリエスが宝石を換金するのに信用を得られるのもフロリスのおかげなので、もう少し作法を覚えたら推薦するつもりだった。


(女官長のことはそのうちどうにかするとして、今はテブラン公爵よね……)


 臭い思いをしてまで立ち聞いた話は大した内容ではなかった。

 問題はアリエスのことを公爵が口にしていたことだ。

 公爵には取るに足りない存在だと思ってくれることを期待するしかなかった。

 ちなみに先ほどの期待はすでに打ち砕かれている。


(あんなに頭ごなしにマルケス夫人と手を切るように命じるなんてね。公爵はムランド伯爵を馬鹿にしているからこそでしょうけど、何かに入れ込んでいるお馬鹿さんはきちんと説明しないと理解しないんだから)


 今回のポルドロフ王国との縁談に国王が難色を示す理由も理解できないのだから、ムランド伯爵はこの先も説明されなければ理解しないだろう。

 ただ一年二年でいきなり人間は聡明になったりはしないので、公爵はすでにわかっていたはずである。

 しかもわざわざ乗馬に誘っておいてまでするような内容ではなかった。


(義弟に対する義理? いいえ、公爵にそのようなものがあるとは思えないわね……)


 話したことも会ったこともないが、アリエスは直感的にテブラン公爵がどういった人物かはわかっていた。

 ひょっとしてあの密会の本当の狙いはムランド伯爵を優先させることで確実に味方につけるためと、あの場所が未だに密会場所として機能するかどうかの確認ではないか。


(公爵は王宮を三年近く離れていたんだもの。どのように情報を集めていたとしても、以前とは勝手が違うかもしれないものね)


 おそらくムランド伯爵を味方につけるよりも、イレーンと手を切らせるほうが本題だったはずだ。

 伯爵とイレーンが愛人関係にあると摑んでいる公爵なら、イレーンがどのような人物かもわかっているはずだった。


(あら? でも、マルケス夫人の名前を知らないっておかしくない?)


 イレーンは元々病床にあった王妃を慰め、看取ったことで王宮での居場所を確保した人物なのだ。

 もし公爵の与り知らぬところでイレーンが王妃に近づいたなら、すぐに排除されただろう。

 そして今、王宮で発言権のある貴族男性たちと密かに通じている。


(あら? あらあらあら?)


 誰もいない薄暗い書架の間でアリエスは顔を輝かせた。

 パズルの答えが見つかったようで楽しくて仕方ないのだ。

 アリエスは整理中の本を書架に戻すと、本の修繕をしているフロリスに声をかけた。


「ねえ、フロリス。あなたは最近、ずっと本の修繕をしてくれているでしょう? 大丈夫? 目は疲れていない?」

「はい、大丈夫です。私にできるのは読み書きと裁縫くらいですので、本の修繕は天職ではないかと思っているくらいです」

「それならよかったわ。修繕しなければならない本はまだたくさんあるものね」

「はい、そうですね」

「だけど、もう一つお願いをしてもいいかしら?」

「もちろんですとも。何なりとおっしゃってください」


 窓台から下りたフロリスはアリエスに期待に満ちた目を向けた。

 アリエスの役に立てるのが嬉しいのだろう。


「この窓台からは王宮の外周が見えるのだけれど、わかる?」

「はい。たまにどなたかが乗馬をされていらっしゃる場所ですよね?」

「ええ、そうなの。少し遠いけれど、顔の判別はつくかしら?」

「そうですね……はっきりとは見えませんが、雰囲気や服装から少しくらいならわかるかもしれません。先ほどはテブラン公爵らしき方がもう一人男性と通られたのはわかりました」

「テブラン公爵を知っているの?」

「はい。老侯を訪ねていらっしゃってましたから」

「……それはいつ頃のこと?」


 公爵がこれからどんな人物と密談を交わすのか知りたくてフロリスに頼んだアリエスは、思わぬ情報を得て興奮していた。

 もちろんそれをフロリスに見せて深く考えられても困るので何気なさを装おう。


「初めてお見かけしたのはまだ母が生きていた頃ですので……十年以上前ですね。そのときは頻繁にいらっしゃっていたので覚えております。ですがそれからしばらくはいらっしゃらなくなって……またいらっしゃるようになったのは、老侯が引退なさってからです」

「そう……。お話したことはあるの?」

「まさか! あ、いえ。申し訳ございません。ただ公爵様はその、何と言いますか……使用人と言葉を交わされるような方ではありませんので……あ、でもたいていのお貴族様はそうですよね? 老侯やアリエス様がお優しすぎるのです」

「きっと老侯はお優しい方だったのでしょうね。でも私は優しくなんてないから、期待しないでね」


 フロリスは「そんなことないです」とかどうとか言っていたが、アリエスは聞いていなかった。

 テブラン公爵が先々代カスペル侯爵を訪ねていたのは、王妃選定に関することだろう。

 結局味方につけることはできなかったようだが、最初の目的――娘を王妃にすることは達成できたようだ。


「それじゃあ、手間だとは思うけれど、誰が乗馬しているのかこれから少しだけ気にしていてくれると助かるわ。もちろん無理はしないでね?」

「お任せください! あ、でも私、あまり貴族の方々のお顔は詳しくなくて……」

「いいのよ。服装や雰囲気だけで。それほど重要なことじゃないの。ちょっと気になることがあるだけだから」


 無理はするなと言っても、フロリスは無理をするだろう。

 ただ本の修繕に集中して細かな作業を続けるよりも、たまに遠くを眺めるほうが目にも優しいのでよしとする。

 それよりもアリエスはテブラン公爵の乗馬の同行者よりもさらに気になることができた。

 なぜもっと早く気付かなかったのかと思う。


「……ところで、老侯は日記をつけてはいらっしゃらなかった?」

「おそらくつけていらっしゃったと思います。私がお部屋にお邪魔すると、何か書いていらっしゃるときがよくありましたから」

「そうなのね」


 先々代カスペル侯爵の――元宰相の日記は絶対に面白いに決まっている。

 このことについてはロレンゾに()()しようと決めて、アリエスは再び本の整理に戻った。




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― 新着の感想 ―
[一言] 嫁ぎ先での生活が嘘みたいなはっちゃけぶりですね 人間一度突き抜けちゃうと強いなあ でも、本質ってそう簡単に変わるものでもないと思うので、やっぱり主人公は婚家では我慢に我慢を重ねてたんですね…
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