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48.密談

 

 アリエスは翌朝、ユッタにお遣いを頼んだ。

 いくつかの薬草を手に入れてもらうために、買い出しをお願いしたのだ。

 自分で外出許可を取って王宮の外に出ることも可能ではあったが、女官長を通すのが非常に面倒だった。

 ユッタは変わらず人気者で、新しいメイド長にも可愛がられているらしいので、外出許可もすぐに下りたようだ。

 ちなみにフロリスは女官長の命令なのか、目をつけられているらしい。


「よう、今日はここで覗き見か?」

「とてもお天気がいいもの」

「いや、どんなに天気がよくても、ここは……臭くないか? 畜舎だぞ?」

「畜舎は隣。ここは飼料置き場よ」

「そういう問題じゃないだろ」

「むしろ問題なのはあなたがここにいることよ。私の後でもつけたの? 暇なの?」

「暇ではないが、退屈なんだよ」


 ジークの返答にアリエスは淑女らしくなく鼻を鳴らした。

 今日のアリエスは下働きの者が着る粗い布地の制服を着ているのにジークに気付かれたことも悔しかった。

 飼料小屋の中は壁板の隙間から差し込む光で意外と明るい。


「それで、ここで何が――」


 アリエスは人差し指を自身の唇に当ててジークに黙るように示した。

 すると、上等なブーツの足音が二人分聞こえてくる。


「相変わらず、ここは臭いますな」

「そのおかげで人はほとんど来ない。少なくとも我々の話がわかる連中はな」

「それはそうですが……。普通に部屋で人払いをすればよいのでは――」

「そなたは変わらず考えなしだな。まったく夫婦そろって愚かでしかない」

「またまた、手厳しいですな、公爵は」

「本気で言っておるのだ。そなたはあの何とかという女に入れ込み、妹は王子の躾もろくにできん。出戻り女などに馬鹿にされおって」


 足音はアリエスたちがいる飼料置き場の横で止まり、話し声が聞こえ始めた。

 会話の主はテブラン公爵とムランド伯爵らしい。

 予想が当たったアリエスは内心で自分を賞賛していた。


 先日読んだ過去の日誌に、当時まだ王子だった国王の婚約者が選定される頃からテブラン公爵が乗馬する姿をよく見かけたと書かれていたのだ。

 それも一人ではなくその時々で同行者が違った。

 そのため日誌の記録者――ケイヨ・レフラも興味を持って記録したらしい。

 アリエスはその記録を目にして、公爵が自分の娘を婚約者にするために色々と手を回したのだなと理解した。――もちろんケイヨもそう思ったのだろう。


 王宮の外周は乗馬コースになっているので、貴族たちがよく暇つぶしだか気分転換だかでゆっくり馬を走らせている。

 王宮に戻ったばかりのテブラン公爵もきっと()()()()()()ために()()を乗馬に誘うだろうと、アリエスは思っていた。

 ただ外周に人は多く、誰に何を聞かれるかわかったものではない。

 きっと厩舎へ行くまでにどこか密談のできる場所があるのだろうと、アリエスは王宮内の地図を調べ、この場所を発見したのだった。

 この飼料小屋で作業するときは扉を開け放すのが常なので、閉まっている今は誰もいないと公爵は思っているのだろう。

 だが扉は閉まっていても、壁板の隙間から外の話し声はよく聞こえる。


「私は娘をポルドロフ王国にやるつもりだ。陛下は渋っていらっしゃるが、ポルドロフの王太子からの要請を断れるはずがなかろう?」

「お断りされるおつもりもないのでしょう? それよりもなぜ陛下はお喜びにならないのでしょうか? ポルドロフ王国とより強力な同盟が結べますでしょうに」

「ふん。陛下はご自分のお立場を危ぶまれているのだろう」

「それはどういうことで……?」

「わからぬのならよい。それよりもそなたには、こたびの縁談の後押しをしてもらいたい。他にも賛同者は得るつもりだが、ムランド伯爵としてのそなたの力を当てにしておるのだ」

「お、お任せください!」


 先ほどまで馬鹿にされていたのに、急に頼りにされてか、ムランド伯爵は驚きながらも意気込んで答えた。

 単純な人間は操りやすいが、足を引っ張られかねない。

 公爵がムランド伯爵をうまく扱えるのなら見習わなければとアリエスは期待した。


「もう一つ、そなたには言っておきたいことがある」

「はい、何でしょう?」

「あの女とは手を切ることだな」

「あ、あの女と申しますと……」

「先ほども申したであろう。そなたが入れ込んでいるあの聖女とかどうとか言われている女だ」

「い、いえ、彼女は――」

「言い訳はよい。そなたが愛人を持とうとかまわぬ。だがあの女はやめておけ」

「な、なぜでしょうか?」

「毒婦だからだ。よいな? すぐにでも手を切るのだ」

「し、しかし……公爵?」

「そろそろ行かねば、我らを馬丁どもが捜し始めるぞ」


 公爵の足音が先に遠のき、小走りにムランド伯爵の足音が続く。

 十分に二人の足音が遠ざかったところで、ジークがぷはっと息を吐きだした。


「よくこんな臭い場所で普通にしていられるな?」

「慣れです」

「いったいどれだけの場所に出入りしていたんだよ……」


 アリエスは立ち上がると、服の汚れを払い落しながら扉を開けた。

 幸いにして人はいない。

 最悪誰かに見られても衛兵が下働きの女性との逢瀬を楽しんだとしか思われないだろう。


「それにしてもよくあの場所がわかったな? 公爵は王宮に戻ってきたばかりだぞ」

「勘です」

「いやいや、そんなに都合のいい勘があるか?」

「……たまたま公爵が乗馬をされると耳にしたのよ」

「たまたまねえ……」


 せっかく面白い場所を見つけたと思ったのに、ジークに水を差された気分になってしまう。

 呟くジークを睨みつけてから、アリエスは使用人棟とは別の場所に向かった。


「どこに行くんだ?」

「こんなに臭うのに、このまま帰れないでしょう?」

「……確かに」

「あなたのことは知らないわよ。勝手にして。それじゃ、さよなら」


 ジークは自分を見下ろし、くんくんと袖口をにおって顔をしかめている。

 そのまま衛兵の詰め所に向かっても適当な言い訳はできるだろうが、目立つことには違いない。

 いい気味だと思いながら、アリエスはメイド服を隠してある物置小屋に向かった。




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