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45.お説教

 

 その夜、アリエスは女官長に呼び出された。

 女官長の部屋に入れば、女官長補佐のマニエル夫人だけでなく、ムランド夫人も同席している。


「クローヤル女史、なぜあなたが呼び出されたかおわかりよね?」

「今日、無事に殿下を保護したことをお褒めいただけるのでしょうか?」

「何を馬鹿げたことを言っているの! あなたは皆の前でムランド夫人に恥をかかせたのよ!」

「私が恥をかかせた? ちょっと何をおっしゃっているのかわからないですね」


 また始まった女官長のお説教に、素直に反省しているふりをすればいいのだが、今日はそんな気分ではなかった。

 すました顔で立っているムランド夫人が内心で笑っているのがわかる。

 それならどうやって本当に恥をかかせようかとアリエスは考え、やはり王子殿下の筆頭女官という座から引きずりおろすのが一番だと判断した。


 とはいえ、慎重にしなければアリエスも王子殿下の女官騒動に巻き込まれてしまう。

 アリエスはのんびり資料室の整理係を続けたいのだ。

 しっかり後任の女官を見つけてからでなければ動けない。

 そのとき女官になりたいと言っていたアリーチェのことを思い出し、顔をしかめた。

 あれだけはあり得ない。


「――クローヤル女史、聞いているのですか!?」

「はい。きちんと聞いております。今日の午後、ムランド夫人がうっかり目を離した隙に殿下がお部屋から出てしまわれ、見失ってしまったのですよね? そこで近衛騎士の手も借りて必死に捜したにもかかわらず見つけられなかった。どんどん焦りを募らせていたところ、私が雨に濡れた殿下を見つけたので、ムランド夫人はご自分の至らなさに気付かれ、恥に思われたのですよね?」

「違います!」

「え? 違うのですか? では、ムランド夫人は今日のことをどう思っていらっしゃるのです? 一歩間違えば恐ろしいことになっていたかもしれませんよね? 殿下の安全を守るべき夫人が殿下を見失ってしまったのですよ?」


 女官長の言葉を適当にしか聞いていなかったアリエスは、適当に答えた。――というより、問いかけた。

 当然のことながら女官長はさらに腹を立てたが、気にせずムランド夫人に問いかければ真っ赤になった顔でアリエスを唖然として見るだけ。

 おそらく女官長から叱責されればアリエスが殊勝に謝罪すると思ったのだろう。


「話を逸らさないで!」

「本筋のままですが」

「あなたは本当に生意気ね! 口答えばかりして!」

「生意気なのは否定しませんが、口答えではなく事実です。なぜ一方的に私がお叱りを受けなければならないのかわかりません。今回のことで非があるのはムランド夫人ではありませんか? それとも『ここに殿下がおられます!』と大声で助けを求めればよかったのでしょうか? あら、それってますますムランド夫人に〝恥をかかせる〟ことになりましたね? それで、雨の中で泣いていらっしゃる殿下を見つけて、私はいったいどうすればよかったのでしょうか?」

「それは……」


 返答に詰まる女官長に向けて、アリエスは呆れたというようにため息を吐いた。

 女官長補佐のマニエル夫人は俯いて小さく震えている。

 どうやら笑いを堪えているらしく、意外と話のわかる人かもしれないとアリエスは好感を抱いた。


「お答えいただけないのなら、私はこれで失礼してよろしいでしょうか? 私も雨に濡れたせいで少し寒気がいたしますので」

「そ、それなら仕方ないわね」

「ありがとうございます、女官長。――あ、それと」

「まだ何かあるの?」

「人を叱るときは一つのことに絞るべきです。不利になってきたからと論点を変えて叱るのはよくありませんよ?」

「黙りなさい!」

「はい、失礼しました」


 必死に抑えているらしい女官長の怒りの火に油を注いで、アリエスは深く頭を下げて退室した。

 女官長の部屋から出てきたアリエスを他の使用人たちは心配そうに見ている。

 だがいつものとおり無表情なアリエスの頭の中は、これからどうやってムランド夫人を引きずりおろそうかといった考えでいっぱいだった。


(やはり代わりになる筆頭女官候補が必要ね……。いっそのことイレーン・マルケス夫人なんて面白いかもしれないわね。少し身分は低いけれど、彼女が得た人気があれば賛同者は多くいるはずだもの)


 きっとムランド夫人の夫であるムランド伯爵も賛同すると思われた。

 聖女とまで呼ばれるイレーンが筆頭女官になれば、男性たちは賛同するだろうが女性たちは反発するだろう。


(それはそれで面白いわね……)


 だが問題はテブラン公爵である。

 王子の外祖父である公爵がどう出るか予想がつかない。

 ムランド伯爵夫人はテブラン公爵の妹であり、その縁故関係から王子の筆頭女官兼教育係に就いたのだ。

 公爵は娘である前王妃が亡くなってから喪に服すという形で領地に帰って以来、王宮に姿を見せないらしい。

 今回のポルドロフ王国王太子との婚約話が出なければ、ほとんど忘れられていた人物である。


(王妃様の妹君を後妻にしようと動いたきり、今まで沈黙していたなんて、逆に怖いわね……)


 権力志向が強いのは間違いない。

 そんな人物が三年近くもの間、領地に引っ込んでいたなど怪しすぎる。

 カスペル前侯爵ほどわかりやすければこちらも動きやすいが、下手に動けば大切な自由を奪われることになる可能性もあった。


(そもそも、なぜいきなり国を跨いでまでポルドロフ王国から縁談が舞い込んでくるのかも不思議よね……)


 あの王太子は昔から小動物を虐めたりすると嫌な噂は絶えなかったが、それでも国内の有力貴族や隣国ベルランド公国他、王族との縁談も結べたはずである。

 公爵が本当に領地に引っ込んでいただけなのかも疑問だが、国王陛下の密偵が本当に人手不足なのかも疑わしい。


(疑えばきりがないけれど、他人を信用なんてできないんだから、疑えばいいのよ)


 今はまだそこまで深く考える必要はない。

 当面のアリエスの目標はムランド夫人を王子殿下の筆頭女官から引きずりおろすこと。

 それで鬼が出るか蛇が出るかはそのとき。

 ただし、ジークに言ったことは冗談ではなく本気だった。

 いつでも国外脱出できるように、最近は密かに準備を進めている。

 ポルドロフ王国から実家まで送ってくれた商隊の隊長はお金さえ積めば色々と便宜を図ってくれるのだ。

 アリエスはこれからの計画を楽しく立てながら、フロリスが心配して待つ部屋へと戻っていった。




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