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21.紹介状

 

「カスペル前侯爵が突然宰相の職を退かれたときには、かなりの憶測が流れたけれど、体調不良だったのね」

「本当はもっと早くに引退されるべきだったんです! それなのにあの王様が――陛下が許してくださらなかったんです! 心がないって本当なんですよ!」

「……それで、引退されてからはあなたが働いていた別邸で過ごされたの?」

「はい。私は老候のお世話をさせていただくことになりました。それで老候は私に色々なことを教えてくださったんです。読み書きができるのも、老候が幼かった私に教師をつけてくださったおかげです」


 フロリスが国王のことを非難しても、アリエスは聞き流した。

 おそらくフロリスは誰かが噂していることを聞いて、真に受けたらしい。

 先代国王の急死でわずかに混乱した国政が落ち着き、王子殿下誕生の吉報に皆が喜んでいた頃、前侯爵は引退したのだ。

 もしそれまでに引退していたら、国政は大きく混乱していただろう。

 国王の意思は関係なく、聡明な前侯爵が自身の判断で病を隠していたと考えられる。

 とはいえ、そんな真相はアリエスにとってどうでもいいので、話を先へと進めた。


「そもそもなぜあなたが前侯爵のお世話をすることになったの? こう言っては失礼だけれど、侯爵のような方のお傍に付くには、あなたは適任とは思えないわ」

「そ、それはもちろんです! 私もそのように申したのですが、老侯は孫娘に世話をされているようで嬉しいからとおっしゃって……。老侯のご家族はあまり別邸にいらっしゃることはありませんでしたから、きっとお寂しかったのだと思います」

「それで、あなたに紹介状を用意してくださったのはいつ?」

「紹介状は……老侯が亡くなられる二日前に……万が一困ったことがあったら、これを持って王宮へ行くようにと……」

「他には何かおっしゃっていなかった?」

「……他に……きっと使う必要はないだろう……とは……」

「そう」


 涙を堪えて必死に答えるフロリスにかまうことなく、アリエスは次々に質問を浴びせた。

 知りたいことが多すぎて、慰めに時間を費やすのが無駄に思えたのだ。

 実際、慰めの言葉など何の足しにもならない。


「では、前侯爵が亡くなられてから何があったの? 使う必要がないはずのものを使って、あなたは王宮に来たのでしょう?」

「それは……」

「それは?」


 言葉を詰まらせるフロリスにもアリエスは容赦なく問い詰めた。

 ここからがクライマックスなのだ。

 アリエスは完全に野次馬根性でわくわくしながらフロリスの返答を待った。


「老侯が……老侯が亡くなられてから半年ほどして、若旦那様が――カスペル侯爵様が私に今すぐ荷物をまとめて出ていくようにとおっしゃいました」

「それだけ?」

「いえ、私のことを……け、汚らわしい娘だとおっしゃって……」

「遺言のことは?」

「はい?」

「カスペル前侯爵の遺言状の公開はなかったの?」

「さ、さあ……。私には関わりないことですから、わかりかねます」

「そう……」


 思っていた展開とは違って、アリエスはがっかりした。

 そんなアリエスに、フロリスも戸惑っていた。

 この話を――老侯が亡くなって屋敷から追い出された話をすると、皆はたいてい同情して慰めてくれる。

 だがアリエスにまったくそんな様子はない。

 フロリスの話を親身に聞いてくれはしたが、今は別のことを考えているように見えた。


 アリエスの噂は王宮に入ってからすぐにメイド仲間から聞かされていた。

 不幸な経歴がある元伯爵夫人、と。

 ただ少々変わっており、普段は何をしているのかよくわからないが、とにかく使用人の味方であるらしい。

 それは今朝のことからもフロリスはよくわかっていた。

 そのため自分が力不足なのはわかっていたが、女官長補佐のロイヤから吐き捨てるようにアリエスの専属メイドを命じられたときには精一杯努めようと決意していた。

 アリエスは命の恩人なのだ。

 しかもお風呂に入らせてもらえたばかりかこうしてお茶までふるまってくれる。


「まあ、大変!」


 突然立ち上がったアリエスに驚いて、フロリスはびくりとした。

 そのせいでテーブルが揺れ、カップの中身がこぼれそうになる。


「……クローヤル女史?」

「ああ、気にしないで。私はちょっと用事を思い出したから、出かけてくるわ。あなたはかまわずお茶でも飲んでゆっくりしていなさい。あら、全然口をつけていないじゃないの。私が戻ってくるまでに飲んでおくのよ」


 おそるおそる声をかけたフロリスにアリエスはまくし立てるように答えると、急ぎ部屋から出た。

 興奮すると饒舌になるらしいと、アリエス自身も最近になって気づいたことだった。

 それだけ今は興奮している――というより、焦っていた。


 使用人棟の三階から二階へと駆け下りるように階段を下りて、二階の廊下を進む。

 目的の部屋は幸いにして鍵がかかっていなかった。

 そっと開いて中を覗くと誰もいない。


(不用心ね……)


 部屋に入って静かに扉を閉めたアリエスは、自分のことは棚に上げて警戒の薄さを心の中でぼやいた。

 それからゆっくり室内を見回し、大体の当たりをつけて棚へと近づく。

 戸棚には何冊かの本と、いくつかの箱があり、アリエスは箱の一つを抜き出して蓋を開けた。

 ざっと中身を覗いたが、目的のものは入っていないようだ。

 元の位置に箱を戻すと、違う箱を抜き出して中身を確認する。


「あったわ。これね……」


 一人呟いたアリエスは箱の中身――紐で束ねた書類を取り出し、テーブルに置いて簡単に確認を始めた。

 おそらく上のほうにあるだろうと思っていた書類はなかなか見つけられない。

 不思議に思って、最初から一枚一枚丁寧に見ていく。

 アリエスは作業に夢中になるあまり、扉が開いたことに気付かなかった。


「おい、そこで何をしている?」


 低く怒りを含んだ声に、アリエスはびくりとして動きを止めた。

 これではまるでフロリスのようではあるが、トラウマが――ボレックに暴力をふるわれるときのことを思い出してしまったのだ。

 声の主の足音がゆっくりと近づいてくる。

 アリエスはふうっと息を吐き出し、そして振り向いた。




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