13.手紙
―――親愛なるアリエス姉さんへ
姉さんが王宮でうまくやっているとヘンリーから聞いたよ。
それどころか殺人犯を見事に当てたとかで、ちょっとした有名人になったらしいね。
最初はどうなることかと心配したけれど、安心したよ。
あのときは――姉さんが突然帰ってきたときは驚いて酷い態度を取ったと思う。
ごめんね、姉さん。
今の僕があるのは姉さんのおかげと言ってもいいほどなのに。
どうか許してほしい。
また王都に行ったときには会いに行ってもいいかな?
それじゃあ、元気で。
ルドルフより―――
弟からの手紙を読んだアリエスは、特に感情を表すことなく折りたたんで封筒に仕舞うと、机の抽斗に入れた。
あの事件から半年あまり経っており、弟からの手紙は今さらだった。
情報はもっと早く届いていただろうが、世間からアリエスがどう評価されるのか待っていたのだろう。
結果、概ね良好だとわかったので、謝罪のような手紙を送ることにしたのだ。
今後は姉と――王宮と繋がりのある人物と付き合ったほうがいいと判断して。
あとは罪悪感も付け加えていいかもしれない。
(面倒くさいわね……)
たとえ六年間夫婦だったとしても、離縁してしまえばボレックとは赤の他人である。
子供がいればまた違ったのだろうが、アリエスにとっては離縁の理由であろうと何であろうとボレックとの子を授からなくてよかったと思っていた。
そのために怪しげな薬を飲んでいたのだ。
しかし、ルドルフとは血縁関係にあり、切っても切れない関係である。――母のように。
おそらくアリエスが離縁され帰郷したときには、ルドルフが同じ気持ちだったろう。
「アリエス様、おはようございます!」
「……おはよう、ユッタ」
朝食を持ってきてくれたユッタは明るい笑顔で入ってきた。
あの事件から半年経過した今では、ユッタも自然に笑えるようになっているのだが、やはり時折思い詰めたような表情になる。
だからアリエスとしてはこんなに世話を必要としていなくても断ることができないでいた。
どうやらユッタにとってアリエスは命の恩人でもあるため、恩返しをと思っているらしい。
それがユッタの生きる理由になっているらしいので、受け入れることにした。――役にも立つので。
また本当なら朝食は抜きでもかまわないのだが、お昼を抜くことも多いので頑張って食べるようにしている。
ただこの王宮に来てから実はまともに朝と夜の食事を食べるようになったので、体重は増えていた。
以前より健康的に見えているのは、精神的苦労もないからかもしれない。
「よお、相変わらず暗いな」
「またサボりですか? この王宮は事件がないようで何よりですね」
メイド服に着替えて資料室で仕事を始めてからすぐに、衛兵のジークが入ってきてぼやいた。
アリエスはちらりとジークを見ただけで、また本へと視線を戻してから答える。
ジークは我が物顔で椅子に腰を下ろすと、テーブルに片肘をついて頭を支え、作業をするアリエスを見た。
「嫌みかよ。半年前に殺人が起きたばかりなのに」
「あなたの仕事は王宮の警備でしょう? 近衛騎士同士の揉め事の仲裁ではないわ」
「あれを揉め事とするか?」
「お金の貸し借りでの揉め事が殺人に発展しただけでしょう? やっぱりお金って大切よね」
ため息を吐くアリエスに、ジークが眉を上げた。
アリエスの言葉に面白がっていたが、最後の言葉は意外だったらしい。
「金に困っているのか?」
「あら、噂を知らないの? 私は無一文で元夫に放り出されたのよ」
「いや、その噂は知っている。だが、真実かどうかは知らない」
「……それはそうでしょうね。ただ残念ながら真実よ。私を哀れに思った伯爵家の使用人たちがどうにか実家までの旅費を工面して渡してくれたの。だから無事に戻ってくることができたのだけれど………彼らに返済するための方法も考えないとダメね」
アリエスは敢えて答えを避けたのだが、ジークは騙されなかった。
頬杖をついたまま、足を組み替える。
「それで、金に困ってるのか?」
「……私がなぜこの王宮で働いていると思うの?」
「クローヤル伯爵は実の弟だろう?」
「ええ、でも離縁された恥ずべき姉を養っていけるほどの余裕はないのよ」
「ふーん。あんたも大変だな」
「あら、この仕事に就けたことを思えば幸運だわ。女官長には内緒だけれど」
「確かに、生き生きしてるよな」
「というわけで、そろそろ出ていってくださらないかしら?」
「へいへい。お邪魔しました」
アリエスが目を通していた本を閉じて冷ややかな視線を向けると、ジークは不承不承立ち上がって部屋から出ていく。
ようやく資料室に一人になったアリエスはほっと息を吐いて、修繕の必要な本を二冊抱えて窓辺へ向かった。
(今日はどの窓にしようかしら……)
資料室の出窓は三つあり、カーテンの向こう側に座れば、それぞれ違う景色を見ることができる。
アリエスはしばらく座っていなかった例の窓辺を選んで向かった。
あの密会場所をイヤオル以外に知っている者が――利用する者がいるのだろうかと興味がわいたのだ。
そのつもりで窓辺に座ったアリエスは、別の密会に遭遇することになった。
それはこの資料室である。
おそらくアリエスがこの資料室の整理を任される以前から、密会場所として使われていたのだろう。
今日もカーテンの向こう側に人がいるとは気付かず、男女が大胆に愛を囁いている。
(どうか本に被害が及びませんように……)
たまに興奮し過ぎてか、書架から本を落としたりする者がいるのだ。
アリエスは修繕作業を続けながら、二人の声を聞いていた。
人が知れば悪趣味だと誹られるかもしれないが、そもそも昼日中にこんな場所で逢瀬を重ねるほうが悪い。
アリエスの頭の中にはこの半年で王宮に出入りする人々の交友関係図がかなりできあがっていた。
(さて、そろそろ切り上げましょうか)
太陽が傾き、窓辺での作業もそろそろ難しくなってきたところで、アリエスは背伸びをした。
今日は資料室で密会する男女はひと組だったが、イヤオルの密会場所だったあの木陰はすでに新しい利用者がいた。
なかなかの収穫だったなと本と用具を手に持って窓辺から部屋に戻る。
そして片付けを済ませると、使用人棟の食堂へと向かった。