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11.犯人

 

 淡々と言うアリエスに誰もがぞっとし、次いではっとした。

 それでもその場から動く者はおらず、衛兵の一人がユッタの腕を掴んだままアリエスを睨みつけた。


「他の者に罪をなすりつけようとしたって、そうはいかないぞ! たとえ先ほどまでこのメイドがお前の世話をしていたとしても、どうにか隙を見て抜け出すことなどできたはずだ!」

「そうだ! そもそもイヤオルの胸に刺さっている懐刀はこの女が自慢していたものじゃないか! まさかイヤオルも自分がやった懐刀で殺されるとは思わなかっただろうに……」

「それにお前が嘘を吐いているかもしれないではないか! お前のような女の言うことなど信用できるか! このメイドはイヤオルに別れ話を切り出され、かっとなって刺したに決まってる!」


 興奮した騎士たちに煽られてか、周囲の使用人を含めた皆が「そうだ、そうだ!」と声を上げ、怒声を響かせ始めた。

 アリエスは冷ややかな表情を崩さなかったが、ユッタが我慢できなくなったように叫んだ。


「イヤオル様はそのように不誠実な方ではありませんでした! ご家族に反対されたら家を捨てる覚悟だって、そこまでおっしゃってくださったのです! でも私はそんなことまでしてほしくなかった……ですから別れようとしてケンカになってしまって……そのときに懐刀もお返ししたんです!」

「イヤオルがたった一人の娘に入れ込むはずがないだろう。お前の勘違いだ。それでカッとなったんだろう? 早く白状しろ!」

「いいえ、いいえ! イヤオル様は家を捨てても、身分をはく奪されてもかまわないと! 勘当されたことによって、近衛騎士でなくなっても生活できる財産はあると、おっしゃってました! でも私は財産なんていらなかった。イヤオル様がお幸せでいてくださるなら、捨てられてもかまわなかったのです……」


 最後は力尽きたようにユッタは泣き崩れ、両腕を掴んでいた衛兵は支えなければならなくなっていた。

 その姿は使用人たちの同情を引いたようだ。

 ころころとよく変わる人たちだなと思いながら、アリエスはユッタからここで一番偉そうな騎士へと目を向けた。


「イヤオル様とユッタが別れたかどうかはどうでもいいんです。問題はユッタがイヤオル様を殺したかどうかでしょう?」


 情も何もないアリエスの言葉に、騎士だけでなく野次馬たちも息を呑んだ。

 ただアリエスの耳にジークの押し殺した笑い声は聞こえた。


「ユッタのような小柄な女性がイヤオル様ほどの男性の胸に――心臓にあれほど正確に一突きできるでしょうか? しかもイヤオル様は騎士です。多少の傷を負うことはあっても、ユッタを取り押さえるくらいはできるでしょう?」


 アリエスの指摘に皆が目を見開いた。

 誰かの「確かに……」という声も聞こえる。

 そこにイヤオルの同僚騎士の声が上がった。


「ゆ、油断していたのだろう。イヤオルだって男だ。あの娘が色仕掛けで迫ってくれば、仰向けに寝転んで目を閉じるくらいするさ」


 騎士の下品な物言いに男性たちが笑う。

 どういう状況だったかを想像しているのだろう。

 アリエスは凍えそうなほどに冷たい視線を発言した騎士へ向けた。


「ここは確かに物陰になってますけれど、彼女が発見したように、人の出入りは多いのです。そんな場所で近衛騎士であるイヤオル様が仰向けに? まあ、そんな悪趣味な方かどうかは別として、もう一点。いくら細い懐刀で一突きしたとしても、多少の返り血は浴びたはずです。実際、イヤオル様の胸からの出血は確認できます。ですが、ユッタに血痕は見られません」

「着替えたんだろう」

「先ほどから推測ばかりおっしゃっておりますが、あなた方が言うユッタはかなりの手練れの暗殺者か何かですか? だとすれば、今すぐ捕縛することは正しいでしょうね」


 アリエスの問いかけに騎士たちは返す言葉を失ったようだ。

 野次馬の中には「ユッタは普通の娘だよ」と庇うような言葉が出始めていた。


「ところで、あなたは上着をどうされたのですか?」

「え? 俺……?」


 ユッタが抜け出して犯行に及んだと最初に訴えた騎士にアリエスは優しく問いかけた。

 突然のことに騎士はうろたえる。


「騎士の規律では任務中に隊服を脱ぐことは許されないのではないのですか? よほどの場合を除いて」

「いや、俺……私は、先ほど任務を終えたばかりで……そうだ。先ほど暑くて脱いだんだ。それをお前にどうこう言われる筋合いはない!」

「暑い? まあ、そういうこともあるのでしょう」


 昼間は秋晴れの爽やかな日だったが、日も沈みかけた今は少し肌寒い。

 そのことを深く追及することなく、首を傾げたアリエスは動揺から怒りへ変えた騎士をじっと見つめた。

 今や人々はアリエスの言葉を聞き逃すまいとじっと黙り込んでいる。


「私は先日、ユッタがイヤオル様と密会している場面を見てしまいました」

「え……」


 ぼんやりしていたユッタはアリエスの言葉にはっと顔を上げた。

 だがアリエスはかまわず続ける。


「その場所で、同じようにイヤオル様とお会いしているあなたを見かけました」

「何を……」

「あのような人目につかない場所で何をされているのかと思いましたが、人に聞かれたくない話をしているのだろうと私は判断しました。あのとき、ずいぶん深刻に言い争っていたようですが、どんな話をされていたのですか?」

「そ、それは……」

「最近の噂では、はぶりのよかった以前のイヤオル様が嘘のように、かなり倹約されるようになったと伺いました。先ほどのユッタの話では財産はあるとおっしゃっていたようですが、今後の生活のことを考え、お金を貯めるようになったのかもしれませんね。場合によっては、お金を貸していた方には返してくれるようにと迫っていらっしゃったのかもしれません。もちろん、これは私の勝手な推測にすぎませんが」


 アリエスが目を逸らすことなく告げると、騎士は一歩二歩と後退した。

 そんな騎士を仲間の騎士の一人が引きとめる。


「お前、確か……イヤオルからずいぶん金を借りてたよな?」

「私もそれは聞いたことがあるぞ」

「違う、俺はやってない。その女のでたらめだ!」

「私はあなたの借金だか何かについても、イヤオル様が誰に殺されたのかも申しておりませんが? ですが、私は間違っていたかもしれませんね。犯人は遠くに逃げたのではなく、現場に戻っているのかもしれません」

「うるさい、あばずれ! お前のような女は無一文で放り出されて当然だよ!」

「それも今は関係ない話ですね。それでは、私は女官長に呼ばれておりますので、これで失礼いたします」

「アリエス様!?」


 わめく騎士もすがるように呼び止めるユッタも無視して、アリエスは女官長の部屋に向かった。

 どうしてこんなに遅くなったのかと、また長々と説教されるのだなと憂鬱に思いながら。




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