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ミレニアムの魔術師  作者: 日南田ウヲ
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 翌日、僕は痛む足を引きずりながらリュック背負って空港のカウンターにやって来た。急いでチケットを購入し、搭乗口へと向かう。

 空港の窓から輝くジェット機の翼が見えた。

 荷物検査へ向かう人に続いて並んでいると、僕を呼ぶ声が聞こえた。

 振り返る。

 松本が立っていた。

 僕の姿を見ると笑顔になって彼が近づいて来た。

 暫く互いに向き合うと、やがて彼が僕に向かって手を伸ばす。

 僕は彼の手を取ると握手をした。

 二人でゆっくりと頷く。

 互いに言葉を交わすことは無かった。

 松本が飛行機の時刻版を見た。

 それが別れの合図だった。

 僕は何も言わず、手を離すと頭を下げて検査場のゲートを潜った。



 僕の歩みは病院の廊下を走っている。ここはイズルが入院している病院だ。

 入り口でイズルの事を聞くと、現在集中治療室で治療中だということだった。

 足に突き刺さったパイプは昨晩の内に緊急手術で取り除かれ、今は麻酔の効いた状態で眠っているという。

 僕はそれでも一目会いたいというと、事務員が集中治療室へ連れて行ってくれた。

 歩きながら事務員が言った。

 一晩中、看護していた外国人のお友達はホテルに戻っていると。


 ――マウロだ。


 僕は感謝した。


 ありがとう・・

 でも、もしかしたらあいつイズルの事好きなのかな。


 少し心に翳りができたが、それを振り切る。


 事務員が集中治療室の中へ入り、何か言ってから僕を中に通した。

 様々な治療のための機器の音が聞こえる。僕は静かに、でも急ぐようにイズルの元へ向かう。

 事務員が薄いクリーム色のカーテンを手で指す。

 僕は黙って頷いた。

 静かにカーテンを開ける。

 白いシーツの中でイズルが眠っているその寝顔はいつも見ているあの陽気さは見えず肌は白く青ざめており、その表情から病状がいかに重傷だったかを僕に伝えた。

 若い救命のドクターが僕の側に立った。

「身内の方で?」

「はい、まぁ・・そうです」

「運ばれた時、とても危険な状態で・・外科手術だけではなく大量の輸血が必要でした」

 僕は黙ってドクターの声を聞いている。

「でも安心して下さい。手術は上手くいきました。あとは患者さん次第ですから・・」

「そうですか、ありがとうございます」

 ドクターに深く頭を下げる。

「それから手術中、何度も何度も言ってました」

「何と?」

 問いかけるとドクターが言った。

「こだまと約束まもるんやから、守るんやからと、それは何度も何度も・・・」

 僕は拳を握りしめた。

「申し訳ないですが・・・私も患者さんを励ます為に言ったんです。それは叶いますよ絶対に叶いますよと。言葉には不思議と人に何かを与える力があるんです。それが懸命に生きようとする治療中の患者に奇跡を起こすんです。まるで魔術のように」

 言い終えるとドクターは頭を下げて静かに去った。


 ――言葉には不思議と力があって、それは奇跡を起こす魔術のようです



 僕はドクターが残した言葉に深く感じ入って、静かにイズルの枕もとに立った。

 医療機器に彼女の心拍数や血圧を測る数字とバロメーターが映し出されている。その機器の画面に僕の顔が映る。 


 何て情けない顔してるんだろう。



「こだま・・」


 僕は慌てて声の方を振り返る。イズルが目を開いて僕を見ていた。


「こだまやんか・・」

 か細い声で僕を確認するとシーツから手を伸ばす。

「イズル」

 僕は慌てて彼女の手を取った。

 握った彼女の手は小さかった。でもそれは温かかった。僕は彼女の手を両手で摩りながら、強く握る。

「痛い、痛いよ、こだま」

 僕は泣き出しそうな顔をしている。

「大丈夫か?」

 それには少しぼうとしながらも、首を縦に振った。

「だって、ホテルで倒れてからあんまり意識が無くて・・」

 微睡んだ瞳が僕を見ている。

「なんか、何度もこだまに約束まもるからっ夢の中で言ってたら、叶いますよって声がしてさぁ。それにしがみついてん。神様の声やろうと思って」

 僕は無言で頷く。

「そしたらまた深い眠りにつて今起きたら・・大阪に居るはずのこだまがここにおるやんかぁ。だから、驚いてん」

 微睡んだ瞳がはっきりと輝きを放ち、僕を見た。

「こだまって魔術師なんちゃう?」


 えっ?


「だってさ。昨日までいなかったのに目が覚めたらいきなり横に居るなんて魔法以外ないよ。だから、うちなぁ・・こだまは魔術師なんじゃないかなと思ってん」



 イズル・・


 僕はもうそれ以上何も言えなかった。彼女の身体を優しく引き寄せると顎を引き寄せて唇を重ねる。

「あかん!」

「えっ?」

 感情の爆発を止められた僕の眼差しが行き場所を失ってウロチョロする。

「あかんよ」

 優しく言って、彼女の指が僕の唇を軽く押さえた。

 僕の戸惑う感情を抑えるようように彼女が言う。

「だってキスしたら、魔法が消えるんちゃうかなって思ってん。ディズニーの白雪姫の話みたいにね」

 医療機器の異常に気付いてさっきの若いドクターが戻って来て顔を覗かせた。

 僕等はそれに気づいて何故か赤くなって、急いで離れる。

 そんな僕等を見てドクターがにこやかに笑った。

「これなら明日にでも退院できそうですね。イズルさん」

 そう言ってその場所から離れそうになったけど、急に僕に振り返ると微笑んだ。

「ねぇ?本当でしょう。言葉って不思議と力があるんですよ。奇跡の力がね、本当に魔術なんですよ」

 去って行くドクターの足音が僕の鼓膜を震わせる。


 いや、違う。

 鼓膜なんじゃない

 心を震わせたんだ。


 僕はイズルを振り返る。

 彼女は照れ臭いのかシーツを頭まで覆っている。

「また、明日来るよ」

 シーツが小さく動く。


 僕はそのまま静かにこの場所を去った。


 病院の廊下を抜けて外に出る。

 空を見上げればどこまでも伸びる夏の青空だ。

 歩き出すと病室の花壇が見えて、沢山の向日葵が夏風に揺れている。


 僕は思いっきり手を伸ばして、空に向かって心の中で叫んだ。


 イズル!

 そう、

 僕は魔術師なのさ!!

 松本さんや

 三上さん、猪熊さんみたいに

 ミレニアムは生きられないけど

 君が生き続ける間は

 君だけに

 特別の魔術をかけ続けてあげる!!


 幸せだ! 

 僕は最高に幸せだよ!!

 そう

 堪らなく幸せな魔術師だ!!


 心の中で叫ぶと僕は空に向かって伸ばした手を握りしめて、大きく拳を夏空に突き上げた。

 夏空の下、僕は大きな巨塔になった。


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