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「では、こだま君。最後の仕事をしましょう」
松本が僕を振り向かせる。
「最後の仕事・・?」
あ?なんだっけ?
一瞬、思考が停止する。
松本が笑う。。
「忘れましたか?僕達の本当の旅の目的を」
ああ!そうだった。
「ミレニアムロックの事、全く忘れてたよ」
濡れた髪を掻きながら、僕も笑う。僕だけじゃない、三上も猪熊も笑った。
「こだま君、駄目じゃない?忘れちゃ」
三上がウェーブのかかった髪を揺らして、僕の背を叩く。
だよなぁ
「あ、それでミレニアムロックはあの太閤の腰掛け石の下なんだよね」
松本が頷く。
ちらりと、猪熊を見た。
僕が見た意味を図ったように猪熊が笑う。
「こだま君、もう私は何もしませんよ」
それから「藤吉・・」と言った。
「私も見せてもらって良いか?パンドーラの箱、『開かずのルソンの壺』を」
猪熊の表情は険しくなく、温和な表情だった。
「私が求めていたもの。知りたいのでね」
松本は小さく頷いて「行こう」と言った。
僕達は松本の後を歩きながらついて行く。途中満開の桜の木の下を抜けた。
桜の花弁が一片落ちてきて、松本の肩にふわりと落ちた。
「ねぇちょっと松本さん、聞くけどさ」
「なんでしょ?」
「この桜の木って、やっぱ、何か松本さんに関係してるの?」
僕の言葉に松本が歩きながら、桜の木を振り返る。
その時、不思議と雨が止んだ。
そればかりじゃない、雨雲の切れ間から陽が差し込んできた。それは歩く僕等を照らし出す。
「不思議だ。雨が止んだよ」
僕は手を出して雨が降り止んだのを確認する。
ふふ、と松本が小さく笑いながら僕へ話し出す。
「こだま君、この桜の木の下で私は・・雷に打たれ再生の力を手に入れたんです。それはまた秀吉としての人生のお別れをした場所です」
「人生のお別れ」
「そうです。まぁ日本の宰相である太閤としての自分の人生と別れ、・・次の未来へ進んだ場所です」
「それは?つまり・・?」
和傘を杖代わりに歩きながら、僕は問いかける。それには猪熊が答えた。
「こだま君、それはつまり・・このパンドーラ―の箱を守るためさ」
猪熊の言葉に振り返る。
「秀吉も官兵衛も、いつかこのパンドーラの箱を誰かが破壊をしにくるのではないかと思ったのさ。恐らくキリシタン武将だった官兵衛はパンドーラの箱については知識があったのだろう。それをそれとなく秀吉に伝えた。恐らくその時には二人の中で在る事実が既に分かっていた」
「ある事実?それは?」
「つまり秀吉が魔術師であるということですよ」
はっはっは、と秀吉が高らかに笑う。
「利休、やはりおみゃーは頭が切れるわ」
「そうなの?じゃぁさっき猪熊さんにパンドラ―の箱だって知らないのかと言われた時、白を切ったようだったのは芝居ということ??」
松本の肩越しに声をかける?
へへへと笑いながらうん、と背中が頷く。「まぁそこは簡単にうんと言う訳にはいかないから」
したたかだなぁ
流石戦国の生き残りだよ。
「じゃぁパンドーラの箱を誰かに破壊されないように松本さんは雷に打たれ、つまり・・長い時間誰にもパンドーラの箱の所在が分からないように守護してきたっていうこと?」
三上の言葉が風に吹かれて、松本の頬を揺らす。
「まぁそう言うことですね。官兵衛は僕に言ったんです。未来の為にこの壺を守るべきだ。破壊されれば人類にとって災厄が降り注ぐだろう。だから秀吉さん、あなたは日本の宰相で魔術師なのだから、すいませんが~長生きして未来を守ってください。お願いしますって!!」
松本が笑いながら桜の木を見上げる。
「それでパンドーラの箱を埋めた後、あの太閤の腰掛け石に二人腰をかけながら、今生の別れの盃を交わしたんです。だからあれは別れの桜なんです」
また桜の花弁が一片落ちた。それがゆっくりと松本の頬に落ちた。
「ああ、あの時もこの桜はこのように美しく咲いたんです。私はね、その時初めて思ったんです。この美しい桜の咲く世界を守りたいとね」
頬に薄く張り付いた桜の花弁をゆっくりとると、それを僕に渡した。
「こだま君、僕がミレニアムロックを封じたい理由は官兵衛との約束を守り、未来へこの桜の咲く美しい地球をいつまでも守りたいという・・ひょっしたら人が聞いたらちっぽけなんだなと思うかもしれない、そんなささやかな理由なんですよ」




