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目覚めようとする耳に雨の音。
しとしとどこか六月の露のような自分の心を閉じ込めてしましそうな雨音がする。
大きなあくびをひとつして、布団から起きれば窓から見える空はどこまでも低く街を覆っている。
枕もとに置いてある借りたラテン語の辞典。
昨日、図書館を出る時これを借りた。
あの眼鏡をかけた図書館職員が目を細めて見下げるような視線で僕を見ながら図書館のカードに記入する。
あんたレベルの人間がこれ借りてどうすんの?
ヒリヒリとそいつの心の声が斜めに聞こえて来そう。思わず舌を出して罵声で言ってやろうかと思ったけど、そこは大人だ。
素知らぬ表情で辞典をリュックに仕舞ってバイバイした。
で、昨晩こいつを開いて一つでも言葉を理解してやろうと遅くまで起きていたけど、結局何も分からずじまいで、昼前の今起きた次第。
未だこいつの正体が分からない。
ま、いいさ。夏はまだ始まったばかり。
焦らず様子を見ながらやって行けばいいさ。
洗面台の鏡に写る寝ぐせを見て、歯を磨く。
ズボンとシャツに着替えると辞典をリュックに入れた。
今日はカフェでこいつを調べる。
図書館に行けばあの図書館員に斜め向きに何を思われるかたまったもんじゃない。
僕はマンションの階段を降りて自転車に跨る。
「あの・・、すいません」
突然かけられたその声に振り返る。
見知らぬ男性が僕を見ている。白い襟付きのシャツにジーンズを履いて、首から鎖のついた懐中時計を手にして、僕とそいつを交互に見比べている。
なんじゃ?こいつは?
僕は胡散臭げにこの人物を見た。男性は 頭を掻きながら僕を見つめている。
「あ、これはすいません。あの・・そのぉ~ですね・・」
語尾を伸ばすのを聞いて気持ち悪くなった僕は急いでペダルを漕いだ。
「すいません、先急ぐんで!!」
たまったもんじゃない。
変な人間に何て構っちゃいられない。
僕は全速力で男の視界から消えた。
なんじゃ、あいつは
きもっ!!