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ミレニアムの魔術師  作者: 日南田ウヲ
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 地面に落ちた眼鏡に雨が降る。

 額を伝う血潮を拭うことなく、猪熊は雨に打たれながら、ゆっくりと手を動かす。それは大きな円を描いて止まった。

 描かれた円がやがて大きく輝きだす。さっきまでの僕にはそれは全く見えなかった。でも今ならそれが分かる。

 それは無数の言葉が書かれた魔法陣に他ならなかった。

 そう、猪熊は魔女だ。

 彼らは魔術師のように言葉から『魔』を発動できる術を知らない。だから魔法陣を描くことで『魔』を発動させるんだ。

 つまり今まで見えなかったものは全て猪熊が描いた魔法陣が形になったものだったんだ。

 僕は悪魔王の頭を抱えながら猪熊が動き出すのを待つ。


「はぁあああ!!」

 気合と共に猪熊が両手を回転させる。


 見える!!

 黄金色の輝く円形の魔法陣が雨を切り裂いて向かってくるのが!!


「軍団に命ず。魔法陣を防御せよ」

 猫がニャーと鳴く。

 その声に従い、黒い塊が一斉に目の前で巨大な四方系の壁になると、飛んできた円の魔法陣を跳ね返す。

 しかしそれは再び空に舞い上がると、今度は急旋回して僕に向かって来た。

「こだまよ。見えるか、あの魔法陣が」


 見える。

 僕は頷く。


「ならば無に帰すのだ。ただ手を振ればよい。それであの魔法陣を解除し、発動された『魔』を無に帰すことができる」

 僕は悪魔王に言われた通り、手を振る。


 おおおお!!


 思わず叫んだ。

 僕の頭の中に無数の方程式が縦に横に螺旋状に流れていく。それは流れて行きながら全ての『解』を出してゆく。

 やがて最後の『解』が解けた時、魔法陣は音を立てず消えた。

 無に帰したのだ。


 こ、これが・・・

 神とかそういうレベルの知性なのか。


 ――それも一瞬で・・・


 猫がニャーと鳴く。


「見えるみたいですね。それだけじゃない。私の魔法陣を解除できる・・と言う訳ですか」

 猪熊がまじまじと見る。

「さほど悪魔など大したことは無いと思っていたのですが・・なかなかですね」

 ひょひょひょひょ

 悪魔王が笑う。

「他教の司祭に褒められるのも悪くないな」


 司祭か・・

 なるほど・・

 猪熊はドルイド、魔女、そんな過去を捨てて今はクトゥルフの司祭という立場が良いのかもしれないな。


 裏切りの司祭、

 というべきか。


「さて、こだまよ。お主がこの戦いに勝つには冷静に互いの戦力を分析せねばならぬな」


 分析?


 僕は思った。


「そうじゃ。常に相手を図り、自らも図る。それにより最後に優勢な部分を持つ者が勝てる」


 優勢な部分・・


 そう思った時、突然声がした。

 それはオーボエのようなくぐもった声。それは神経を逆なでするような声だ。

 これは記憶にある。松本と三上と三人で立ち向かった時、猪熊に狂わされそうになりながら魂の底辺で聞こえて来たものだ。

「こ・・この声!!」

 僕の精神にリバウンドしてくる波長。精神が痺れ始めるのが分かった。

「むぅおんおおん!!」

 悪魔王が叫ぶと黒い塊が僕を中心に円を描くように無数に並び、一斉に空へ伸びて小さなドームになった。

 猫がニャーと鳴く。

 すると一斉に何か音波が出て、声をかき消していく。



 僕はさっきみたいに気が狂うことが無かった。

 音がバウンドして声を無力化したんだ。


 すっげぇよ、やっぱり。


「おお、初めて聞いた声だ。これがお前の信じる神か?」

 悪魔王が猪熊を見る。

 すると猪熊の背後から何かが出て来た。

 それは・・

 ――タコに似た頭部、

 頭足類のような触腕を無数に生やした顔、

 巨大な鉤爪のある手足と水かきを備えた二足歩行。


 なんじゃ・・あれは・・


 身体はぬらぬらした鱗なのかそれともゴム状の瘤に覆われているのか・・山のように大きな身体。

 あと背にはドラゴンのようなコウモリに似た細い翼。


 悪魔王もビジュアル的には奇天烈だったけど、これは何か・・現代SFの恐怖キャラクターだ。


「こだま君、見えますか?これが私の信じる神クゥトルフです」

 その姿は唯はっきりとした形をしておらず、テレビ電波の悪い時のように何処かノイズを巻き込んだ映像のように見えた。

「彼は眠っているのですよ。幾何学的に狂った角度と暗緑色の巨石で構築された石像像都市ルルイエに封印されて。だからその姿は完全にこの地球に発現できないのです」


 封印されている神か・・


 でも何故今・・ここで姿を現したんだ?


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