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辞典だと思っていた。
絶対的に。
しかし、本を開いて数ページきちんと見ると改めて辞典とは違うことが分かった。
普通辞典なら単語の整理が出来ていて外国語ならアルファベット、もしくは日本語ならあいうえお順に並んでるはずなのに、これは全く開いたとたんそんな整理順等お構いなしに、文字が短い文章で書かれていて、その文字の下に何か説明の為か雷やら炎やら何かフランスの新聞みたいな風刺画みたいなものが書かれている。
最初の一行目に書かれている単語をちなみにマウロが貸してくれたラテン語の辞書で引いてみても、全く出てこない。
言葉はアルファベットで書かれている、でもラテン語じゃない?
え、
そもそもラテン語じゃなかったのか?
僕は一年前どこを見てそう思ったのだろう?
そう思って本の表紙を見る。表紙には何かを示すかのようなシンボルが書かれているが、不思議なことに本の表紙には表題が無かった。
僕は本の背表紙を見た。図書館の分類シールが書かれている。
――分類 ラテン語辞典
これだ。
これを見たんだ、じゃあ間違いないじゃん・・
でも違うということは図書館職員の仕事怠慢じゃない?
こっちはやる気満々でブラジル人から辞書まで借りてここに来たんだぜ。
そこまで思うと少し気分が腹立ちしてきたので文句でも言ってやろうかと思って辺りを見回した。
すると近くを図書館の眼鏡をかけたいかにもな感じの女性職員が歩いている。
「あの、ちょっとすいません」
少し小声で、しかしはっきりとその人を呼んだ。
女性職員がやって来た。
「何でしょうか?」
眼鏡をかけた顔が少し斜めになって言う。
なんだこいつ、斜めに人を見やがって
「あの・・この本、ラテン語の辞典で合ってますよね?」
僕が言う言葉に相手が屈みこむ様にして本の背表紙を見る。
「ですね・・・分類シールがそうなってますから」
僕の方に向き直る。
「それが何か?」
それが何か?
いえ、別に・・
そう思うしかない僕の心の動きが沈黙を生んだ。
改めて思う。
そりゃそうだよね。
それ以外に答えようがないじゃん、シールが貼ってあるんだから、そんな質問してどうすんの?そんな相手の心の中の言葉が眼鏡の奥で僕を見つめる冷ややかな目に浮かんでいる。
その視線を見て急に気持ちが冷め、何か思いつくこと言ってこの冷ややかな視線をこの場から帰らせたくなった。
そんで、
「いえ、この本、図書館の物じゃなくて誰かの寄贈かと思って。なんせ千五百年代の本の写しですし、古ラテン語なんてこの図書館ではなかなかないのかなと思って」
知ったかぶりのように古ラテン語なんて言う自分の教養の浅ましさを相手に隠す自分の情けなさ。
しかし僕は恥じ入らない。
女性職員が本の裏を開いて見て言った。
「写しかどうかは知りませんが・・この本、外国からの寄贈ですね。・・えっと場所はエジンバラの個人の方からの寄贈みたいです。ここに本のタイトルが書かれてますから」、
え、どこ?
ここ!!
そんな強気の無言の指が文字を指す。
覗き込むと・・
あった!!確かに小さく英語で書かれている。
「では」
最後も斜めに僕を見て足早に去って行った。
僕は本を机に置くと職員の指さしたところを開き言葉を見る。
確かに書いてある。
英語で。
僕は英語をスマホの翻訳アプリに読み込ませた。
数秒、
翻訳されて出て来た。
でんせん
ねんき
まどう
しょ
1502
なんじゃこれは?
電線?
年季?
惑う?
所?
電線年季惑う所1502?・・・・
わからん・・
僕はもはや手の届かないこの本にさじを投げようとした。
しかしここでさじを投げるならせめてこの何語か分からない本の正体だけは知りたい。
もう一度僕は頭の中でひらがなを漢字に当てようと捻った。
が、
いや、そうじゃない。その方法は間違っている。
英語を見よう。
そちらが早い。
見るとこう書かれている。
[The millennium of grimoire , it,s told .1502 ]
ん、つまり・・
千年・・記
魔術?(・・あれこれフランス語?)
それを伝える?
訳をまとめると
魔術の千年記を伝える本。
え、じゃぁ
それと翻訳のひらがなが
でんせんねんきまどうしょ1502だったから、
さっきのと良いところ取ると
『伝、千年記魔術魔道書1502』
なにこれ
なんか真言宗の密教的宇宙観すごくあるタイトルやんか。
つまり、
分かり易く言えば魔術?魔導書ということ?
僕は本を閉じた。
そんなん
マニアックやんか
それになんであるん?
こんなところに?
それも普通の図書館に。