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激闘後のラーメン。
うまいなぁ・・
すっごく腹が減ったので堪らなく上手い。豚骨ベースにしたラーメンを頬張りながら、腹の中でそのうまさを味わい尽くす。
精神も肉体もへとへとになっていた。だからこの一杯の温かさというか味深さというか、隅々まで澄み渡る。
ラーメン屋の奥まった誰も居ない座敷の一室で僕と松本はズルズル音を立てながら一杯のラーメンを頬張っている。
遠くでテレビから流れる声が聞こえる。
その声を遮るラーメン屋の大将の声。
「はい、お待ち。これ注文のセットの唐揚げと炒飯ね」
それぞれ僕と松本の前に置いて行く。
あれ・・?
僕の不思議な顔に大将が気付いたみたいだ。
「あ、これね。もう今日はこんな雨だから客も来ないし、店仕舞いしようかと思ってたんで残りのもん少しのせました、サービスです」
「マジですか??」
腹ペコなんで超嬉しい。
「良いっすよ。どうぞどうぞ」
そう言うと大将がテレビの方を見る。
テレビが流してるのは台風アッサニーの情報だった。見れば台風は既に台湾近くまで接近しており、明日には沖縄付近に接近するということだった。
「こいつは・・一体、どんな台風何ですかね。見りゃ恐ろしい程大きな積乱雲を従えて、その尾っぽは小笠原諸島まで伸びてるし・・何といっても台風の目が二つある。それもお互いに反発し合って曲がることなく、一色線上に北上してくる」
はぁ、と大将が溜息をつく。
「こいつのせいで雨が降り続けると、俺らみたいに小さな町の国道沿いで店構えてるラーメン屋なんか、雨の日は客足が伸びないから・・本当に営業妨害だよ」
ズルズル・・
音を小さく立てながらラーメンをすする。
すんませんなぁ・・・大将。
申し訳なさげに、唐揚げをとる。
その様子を見て大将が言う。
「いや、何。お客さんが何もそんなに身を縮こませる事なんかありませんよ。雨の日っていた別にいつでもあるしね。仕方ない。しかし、雨の日は数字が伸びないってのもあるんだけど、変な客が来るんすよね」
「変な客?」
唐揚げを口に頬張る。
「そう、さっきもね、お客さんが来る前ですよ・・」
「来る前??」
松本が目を鋭くする。
もしや、と思ったのかもしれない。
僕も注意深く大将の言葉を待つ。
「ええ、さっきなんですよ。いきなり店のドア開けたと思ったら・・俺ぁ初めて見ましたね。あんなに・・あれに似たやつを」
「あれ?」
「ええ、あれです」
「あれですか?何なんです?」
僕は笑いながら言う。
「ああ、そうですね。そうです、そうです。カッパですよ。カッパ」
「カッパぁ?」
松本と二人、互いに目を合わせる。
「ええ、そうですよ。カッパです。嫌ぁ、大丈夫ですよ。頭に皿はありませんでした、勿論人間ですから」
大将が笑って答える。
「そうですね・・店に入って来た時、背中まで伸びた長い髪のロン毛でびしょびしょに濡れてましてね。顔は青白くて、それで唇が異常に赤いんですよ。勿論、裸じゃないですよ、ちゃんと服着てました。それもTシャツとジーンズで、しかもそれもびしょ濡れでしたわ」
想像すればカッパに似てなくもない。
唯、もう僕はそいつがリアルカッパでも別に驚かない。
だって悪魔にもあったわけだしね。
「それでちゃんとラーメン食べましたか?」
松本の問いかけに大将が頷く。
「しっかり食べて行きましたよ。ちゃんとお代もいただきました」
遠くでガラッと店の入り口が開く音がした。
「あ、お客ですわ。雨の日なのに今日は良く来るなぁ」
――ほな、すんませんでした
大将が去って行く。
僕は大将が去ったのを確認して松本に聞いた。
「あのさ、カッパで思いだしたんだけどさ」
「はい・・」
ズルズル汁をすすりながら松本が僕を見る。
「あの、悪魔ってさ。さっき会ったじゃない。その時、あの悪魔王言ったよね。『神の眷属』って、それさ、どういう意味なん」
「ああ、その意味ですか」
松本がどんぶりに残る汁を一気飲みする。
飲み干すとぷぅーと息を吐いて、爪楊枝をとった。
「そうですね。今から話すのは少し暴論かもしれませんが・・」
「うん」
爪楊枝を歯にさす。
「この世界の多くの多くの宗教は、大きく分けて二種類。一神教と多神教。もっと分かり易く言うと聖書を中心に展開する宗教は一神教、日本のように八百万の神も認めるのを多神教と仮定しますよ」
ふんふん・・
それはイメージしやすい。
「どちらにしても宗教ごとに神様がいるわけですが、それは人間がその地域場所でそれぞれコミュニティを営んでるわけで、其ごとに宗教と神様がいるわけですよね。するとですよ。隣のコミュニティが祭っている神様はどうでしょう?もう一つのコミュニティから見れば、自分達が崇拝している神様じゃない訳でしょ」
「それは・・そうだねぇ」
うーんと頷く。
「ということは、分かり易く言いうと邪神ということですよ。でも神様なんだ」
あっ、そうか。
「でしょ?つまり、悪魔って言い方は聖書中心の宗教体系から外れた別の宗教の神様ってやつなんです。まぁそれぞれの宗教でも悪霊とか悪魔とかいまはそう言う言い方をするかもしれませんけどね。それで神様でもある訳だから『神の眷属』で全然間違いない訳ですよぉ~」
最後に語尾を伸ばす。
見ればふふんと言わんばかりに爪楊枝を歯で噛みながら上に向けている。
教えてやった、という気分が満面に出ている。
「ちなみに悪魔王バエルはしばしば古代セム人の神バアル、バールですかね。それだと言われてますよ。ググって見ればわかりますから、今度見て下さい」
そっか
今回は少し分かり易かった。
分かり易すぎて僕は一つ疑問が浮かんだ。
そう、
となれば、神の定義はそれぞれのコミュニティ・・まぁ言えばその社会ごとに異なるということだろう?
西洋と東洋は神が違うじゃん。
と、言うことはさ・・
「あのさ・・松本さん。」
「何でしょう?」
爪楊枝が反応する。
「はじめて出会った頃言ったよね、僕に」
僕はそこで黙った。
松本も黙っている。
それはお互い何を話すのか分かっていて、どうすべきかという思慮が働いた沈黙だった。
僕は松本をじっと見ていたが、首を横に振った。
「いや、いいんだ。やめとくよ、話すのは」
「そうですか」
「そう」
「そうですね」
松本が微笑する。
互いに話さずじまいでいたこと。
それはこの冒険の最後に分かる事かも知れない。
すると大将が突然現れた。
「お客さん」
え!!今の悪魔の話聞かれてた??
「客人ですよ?」
「客人?」
僕等は互いに顔を見合わせた。
すると見合わせる僕等の面前に客人が現れた。
それは招かざる客人だった。




