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駅から出て来る人の姿がカフェの窓から見える。
時刻は午後六時半。
それは帰宅を急ぐ人達。
もしかしたら、ネットで既に話題騒然になっている台風の事を家族と話そうとして帰宅を急ぐ人が多いかもしれない。
ネットだけじゃない、テレビ等のメディアでも巨大台風を取り上げて様々な分野の学者や識者が議論をしている。
突然現れた巨大な異常台風。
もしそれが僕の仕業だと知れたら
ネットにそのことを書かれたら
ぞくりとする。
そうなれば自分はこの世界では生きてはいけないだろう。
水を一口飲んだ。
駅から足早に降りて来る人の中に松本が見えた。僕が指定したカフェを探してるのか辺りを見回している。
LINEを送る。
目の前っす。
それに気づいた松本がカフェの扉を開けて入って来た。
「いやーすんません。少し遅れて。中々契約がね・・まとまらなくて」
仕事上のトラブルを少し口にして僕の正面に座った。
「それで・・猪熊にまた会ったんですか?」
僕は頷く。
「成程ね・・、まぁLINEで内容は見ましたけど、魔術書の存在も知っていて・・中も見たわけですか・・」
「空白だったと言ってたけど」
松本はウエイターが出したおしぼりで顔と首を拭くと、「アイスコーヒー、一つ」と言った。
「まぁそうですね。こだま君がLINEに書いた通りです。あれは特定の人物にしかその内容を示さないのです。なんせ神の言葉ですからね。また示しても鏡言葉でその内容は暗号のようになっている」
話が途切れたところでアイスコーヒーがテーブルに置かれた。グラスにストローを入れてくるくる回すと松本が言った。
「と、なると・・」
「あんたが言ったはぐれとかいう?」
松本が首を振る。
「可能性は低いでしょう。僕の方では天草四郎以降、誰もそんなはぐれなんかいませんから」
天草四郎ねぇ
「じゃ・・それ以降、つまり魔術師は常にそのぉ・・一子相伝みたいな?」
アイスコーヒーをストローで一口吸って松本が言った。
「まぁ~そんなとこですね」
どこかはぐらかすような感じだった。
「じゃ聞くけどさ。他にもギルドってあるんだろ。じゃそこの海外ギルドに聞けばはぐれとか分かるんでは?」
「勿論です。それも既に確認済みです。回答はNOです」
そうなんか
僕がそこで何か言おうとするのを松本が言葉で押さえた。
「ま、そのことは終わりにしましょう。その内分かるでしょう、猪熊の正体は。それより、ハンドル捜索が先です」
あ・・確かに。
松本がタブレットを取り出し、地図を画面に広げる。
「ここが僕達のいる場所です。こだま君、図書館ではなにも目ざといものは見つからなかったですか?」
首を縦に振る。
「そうですか・・まぁそうでしょうね・・これだけ範囲が広ければ。となると地道に探すしかありませんね」
「地道に?どうやって?」
松本がコンパスをテーブルに置いた。
「コンパスが指し示した方向は北西。示された針はハンドルに向かってるんです。そのハンドルに向かって北か西かどちらかに進めばいずれ針が少しずつ傾いてくる。例えば北に行けば少しずつ西に、西に行けば北に」
なるほど・・
「だからそのどちらかに進んでコンパスの針が真っ直ぐ北か西かのどちらかになった場所を探せば・・」
僕は頷いた。
それは簡単だ。
「ですね」
松本が一気に残りのアイスコーヒーを吸い込む。
「さて北に行くか、西に行くかですが・・」
松本が腕を組む。
僕はカフェの外を見る。既に陽は遠い空に消え、夜が始まっている。駅から出て来る人の姿も夜の闇に交れば、影の一つに過ぎない。
夏の夜風が吹けば、暑い夏の夜を行く影の慰めにでもなるだろう。
その夜風はいつ吹くか。
「西にしますか・・海沿いに西へ進みましょう。北に行くと京都へ向かい山沿いになりますし。神戸へ向かいましょう」
つぶらな目で僕を見る。
「僕はどっちでも・・」
「では。決定ですね。バイクは今からでも行けますよね?」
え?今から?
「なんです?その顔。こだま君、ほらほら、この異常台風、誰のせいですかぁ~?もう時間がないんですよぉ~」
タブレットを叩きながら台風の写真を見せて僕に言う。
うぐぐ・・
鼻につく語尾の伸ばし方。舌打ちしたくなる苛立ちを覚えたけど、それを歯の奥で噛み殺す。
「今から一時間後にこの先の交差点で待ち合わせしましょう。僕も家に帰り原チャリを取りに行きますから」
「原チャ?」
「そうです?何か不満でも?」
「車無いんすか?」
「こだま君、これは捜索ですから二輪の方が言いにきまってます。もし森深い細い林道を車が行けますか?でしょう?二輪が言いにきまってます」
「でもさ・・原チャじゃ」
僕の不満ありありの顔に松本が言う。
「原チャほど燃費も良く、操作性に優れたものは無いです。それに小回りも効く。高速を走るならこだま君のバイクの方がいいですが、今回はずっと下道です。さぁ文句はここまでにして、さっさと行きますよ」
松本が立ち上がりレジに行った。僕は松本の小さな背を見て少し溜息をついた。
リュックを背負って席を立った時、僕は窓の外の夜を行く影と視線が合った。
あれ・・
この視線。
振り返った時、影は既に夜の闇に紛れていた。
これって・・・
「こだま君‼早く!」
松本のけしかける声に僕はそこで考えるのを止めてカフェを出た。
もう一度僕は、影の消えた方を振り返った。
その時、夜風が吹いた。
夏の夜風、それは暑い夏の夜を行く影の慰めに吹くのかもしれない。