19
部屋に入れるのは嫌だ。
直感が囁く。
シカトを決めようかと思った・・が、何の脈絡もなくこうした団体が現れるはずがないとも直感がカンカンと踏切のように鳴る。
話は聞こう、リスクのない範囲で。
靴を履くとスマホをズボンに押し込み、男と二人マンションのエレベータを降りる。エレベータのガラスに男の顔が見える。
眼鏡の奥は二瞼、鼻筋は取っていて細身の長身。
スーツでも着ていればどこかのエリート銀行員のように見える。
ドアが開き、高速下の公園へと男を連れ出す。
夏の午後、風は吹かぬ。
暑い中、僕がベンチに腰掛けると男も横に座った。
僕は手にした名刺を見る。
「すいませんが・・、宗教なんかの勧誘ならお断りですので」
いやいや、違います。
男が手を振る。
「宗教なんてとんでもない。私どもは環境団体の一人でして・・」
ほんまか?
胡散臭いやんけ
「ええ、本当に。色んな地域で地球の保護活動をしているんです。子供達と木を植樹したり、自然な護岸を増やしたり」
「そうですか」
「ええ、そうやって少しずつ地球を本来の美しい姿に戻そうとする団体なんです」
「つまり自然保護団体ですかね?」
「ま、そんな所です」
男がにこりと微笑する。
嘘では無いみたいだな。
「で、そんな団体が何故、僕の所へ?」
「いや、聞きましてね」
「何を?」
「いえ、松本さんをご存知でしょう?あの方からあなたの推薦を受けましてね?」
松本が?
僕は怪訝そうな顔をした。
「松本さんがね、あなた・・こだまさんと言うんですかね?是非、私どもの団体員に特にふさわしい方だというものですから」
笑みを浮かべて、眼鏡の奥から僕を見る。
はぁ??
何が?
これは、うざぃ。
松本めぇ~~‼!
舌打ちしながら男に言った。
「申し訳ないですが・・個人的には全然興味が無いです。自然とか保護とか、そういったやつ。申し訳ないっすけど」
それで僕はベンチから立ち上がった。
男が驚くように言った。
「そうなんですか?あれ?松本さん・・私どもに間違えたんですかね?彼ほどふさわしい人はいないよと言ったのですが」
素っ気なく
「そうじゃ、ないっすか」
と、答える。
「そうですか」
「そっすよ」
背を向けて立ち去ろうとした。
その時
「だってミレニアムロックを解除して、地球を本来の美しい姿にされた方ですからね」
男が僕の背に言い放った。
なに?
何故?その話を?
僕は振り向かなかった。振り向くのは何故か危険な気がした。
そう言えば男は言った。
――地球を本来の美しい姿にと
そのコンセプトは確かにミレニアムロックと符合する。
『真の地球』団体って言ったよね・・その正体は何なんだ?
スマホが鳴った。画面を見れば、松本だった。
電話に出た。
「もしもし、こだまさんさんですかぁ~」
カチンと来た。
こちとら忙しんだ!!
なんで人の癇に触れるタイミングで語尾が伸びるんだよ、お前!!
「松本さん、あんたね。なんか変な団体の人、僕に押し付けただろ?今その人物が来てんだよ!!」
怒鳴って言う。
電話向うで沈黙する松本。
深く吐く息が聞こえる。
「何て言う団体ですかね?」
「ああ??知らんの?あんた!!」
僕は語気を強めた。
「言うぜ!!『真の地球』だってよ!!」
背後で何か動く気配がした。それを感じた時、僕のスマホが男に取り上げられた。
「ちょ、ちょっと。何すんだ、あんた! !」
僕の怒気など気にせず、男は電話向うの松本に話しかけた。
「あ・・松本さん?私、『真の地球』17支部の猪熊と言います。初めまして。団体の事はご存知かと思いますが、今日はこだまさんにご挨拶と御礼を申し上げに来ました。ミレニアムロック、いえ千年封印を説いて頂き私どもは大変感謝しています。はは、何もそんなに沈黙されなくても宜しいじゃないですか。長年の封印の謎が解明され、私達は新しい新世紀のミレニアムを生きることができるのですから・・ええ、じゃこれで電話を切らせていただきます」
男はそう言って電話を切った。
な、何やねん・・
スマホを受け取ると男は言った。
「こだまさん、また伺います。では今日はこれで。松本さんに宜しく言ってください」