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天使と悪魔とスタアたち  作者: 鮎川樹里
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第二話「衝撃」

第二話「衝撃」


✳︎✳︎✳︎


店に居たスタッフ全員ととりあえず簡単な挨拶を交わし、なけなしの荷物を纏めて俺は美しい二人組のもとへ向かった。二人は相変わらず渋く格好よく呑んでいる。

「お待たせしました。一応準備が整いました」

「あら早いのね」

涼子さんは高そうな財布を取り出した。なんだかゴツくて男っぽくて、涼子さんには似合わない財布だ。そして涼子さんは、一万円札を三枚抜き取ると、

「お釣りはいらないわ」

(ええ…まだそこまで呑んでないのに…)

「恐れ入ります」

ボーイが驚いていない。二人が来た時のお会計はいつもこうなんだろうか。

「行こう。外に車を停めてある」

俺は二人に促されて店を出た。


✳︎


外に出ると、店の前に黒塗りの高級車が停まっていた。

「さぁ、どうぞ」

涼子さんが助手席のドアを開けてくれた。

「…失礼します」

運転席には拓斗さんが座った。煙草を咥え、ジッポーで火をつける。その姿も本当、男の俺が見惚れてしまうくらい格好いい。

「あ、お前煙草の煙大丈夫か?」

「はい」

窓を開けて煙を吐く姿も信じられないくらい格好いい。

「ねえ私にもちょうだい」

「珍しいな。はいよ」

涼子さんは左手で煙草を取り出し左手で火をつけた。左利きなんだな。

「ごめんねえ樹里くん。煙いわよね」

「大丈夫ですよ。慣れてますから」

やっぱり格好いい。バックミラー越しに見える姿が、白くて細い指で煙草を掴んでいる姿がすっげえ画になる人だなぁなんて、見惚れてしまう。夜なのになんでサングラスを外さないんだろうとか、そんなことはどうでもよくなる。気にはなるけど。

拓斗さんがカーラジオのボリュームを上げた。途端に耳に入り込んでくるスローテンポのクラシック曲。確かこれ、ベートーヴェン作『月光』の第一楽章だ。

「今夜みたいな夜にぴったりね」

「…そうですね」

美しいピアノの音色に聴き入っていると、徐々に眠気が襲ってきた。恐ろしく高そうなこの車のシートの柔らかさも手伝って、気を緩めれば眠ってしまいそうだ。

第二楽章に入る頃には、俺の意識はもう限界だった。視界がぼやけ、ゆらゆらと揺れ始める。しばらく揺れ動く世界の中に身を置いたあと、俺は意識を手放した。


✳︎


目が覚めた。

俺はふかふかのソファーで寝かされていた。

「やっと起きたな。おはよう、…おはようって時間じゃねえか」

目覚めたての俺を覗き込んでいたのは、完璧なる黄金比率の顔面。拓斗さん。…ここ、どこ?

「お前昨夜のこと覚えてるか?」

昨夜のこと?店で涼子さんたちにスカウトされて、車に乗っけられて、寝てしまって、そのあとは…もしや、

「いいい今何時ですか⁈」

「十一時ちょい過ぎ。大体十二時間くらい寝てたな」

あっちゃぁ…

「俺、あれからずっと…」

「ああ。死んだように寝始めて、店着いても起きねえんだよ。声かけても揺すっても、気持っち良さそうに寝てるから、とりあえずソファーに運んだ」

(じゃあここが拓斗さんたちの店…広いなあ!さすが…!)

「すみません。お手数をおかけしてしまって」「あ運んだの俺じゃねえよ?あいつ。例を言うならあいつに言っといて」

え?あいつってまさか、

「涼子さん、ですか?」

女性の涼子さんに、痩せているとはいえ、意識を失った男の俺を運ぶだけの体力が果たしてあるのだろうか?

すると拓斗さんは含み笑いをしながら、意味深なことを口にした。

「ああ、お前にとったらアレは“涼子”だよな」

(…どういうこと?)

「全く意味不明って感じの顔してるね」

「え?」

「君を運んだのは俺です。イヤーそれにしても君、軽かったねえ!女の子一人分くらいしかなかったよ」

そこに現れたのは、細身の若い男。白く陶器のような肌に、まるで赤い口紅を塗るためにあるような形の良い唇。黒目がちのつぶらな瞳がきゅるきゅると、こちらを面白そうに伺っている。

(…ん?確か前も似たような描写したよな俺)

「…あ!涼子さんに似てる!」

似てるってか、瓜二つだよ!双子か?だから「例を言うならあいつに」って?

思わず拓斗さんを見ると、俺を見ながら声なき爆笑をしている。

「そ、そいつが、涼子に似てるんじゃねえよ」

拓斗さんは息も絶え絶えに言った。一体何がそんなに可笑しいんだろう。

「うん、だってさ」

男が口を開いた。だから、何?もったいつけてないで早く教えてくれよ。

「俺が、“涼子”だから」

は?

「いやだから、俺が“涼子”なんだ」

「…へ⁈は⁈は⁈」

驚きのあまり声も出ない。今の俺を形容するならば、「鳩が豆鉄砲をくらったような顔」。 呆気に取られる俺を尻目に、拓斗さんはまだ笑い転げている。

男は緩くウェーブのかかった黒髪をかきあげながら、俺にとどめを刺してきた。

「だよねえ。理解不能だよねえ。まさか俺が女装して“涼子”を演じてたなんて」

…嘘だろ———————!!!!!

「涼子さんは、男…」

「残念ながら、正解です。俺の本当の名前は、涼吾って言うんだ」

昨夜のことを思い返してみる。店に入ってきた涼子さんは、俺より少し大きい拓斗さんと同じくらいの背丈だった。随分背の高い女性だな、なんて思ってたんだ。

「じゃあ、女性にしては背が高かったのも…」

「うん」

「財布が全く女性らしくなかったのも、本当は男だから…?」

だから、寝ている俺を抱えることが出来たんだ。

「その通り。でもそれだけじゃないよ」

「え?」

「ぺたんこ靴を履いてたのは、拓斗くんの身長より高くならないようにするため。夜なのにサングラスをかけてたのは、肌の質感とかで男っぽさが出ないようにするため」

そうなんだ…どちらも気にはなったけど、それもファッションだと思ってたんだ。

「あでも、声は…?」

今この人が話している声は、まるっきり男。映画俳優みたいに良く通る甘い声だ。でも昨夜の涼子さんは、低めでハスキーな色っぽい声だった。

「声はねえ…。あれは、賭けだったんだよね。見た目はなんとか誤魔化せても、何か一言でも喋れば即、女装男だってバレるかもしれない。あの店に行く時はいつも“涼子”になって行くんだけど、その時はあまり話さないようにしてたんだ。だから平木くんとかも、俺の正体に気づいてる気配なかったでしょ?」

確かに。むしろあの人、涼子さんのことヤラシイ目で見てたぞ。

「でも昨日は、結構お話されてましたよね…?」

「そうだね。やっと理想の子を見つけたんで、お酒も入ってたし、舞い上がっちゃって。結構喋っちゃったんだけど、案外気づかれないもんだね」

俺も気づかなかったよ。背の高い女性は声が低いって本当なんだなぁなんて呑気に思ってたんだ。

「結局昨夜は“涼子”史上一番喋ったかも。おかげで疲れたよ。高い声出すのも結構、しんどいネ」

そう言って涼吾さんは肩をすくめてみせた。その芝居がかった仕草も、違和感なく似合ってしまう。ああ畜生!情けないけど泣きそうだよ…いや、もう泣いてる…

「お前何泣いてんだよ」

やっと笑いが止まった拓斗さんが肩を叩いてきた。

「痛った…」

「そんなびっくりした?」

そんな優しい顔をしないでくれ。そりゃびっくりするよ。あんな綺麗な女性が、一目惚れしてしまった女性が、まさか男って…!

「本当ごめんね。まさかそんなに君が“涼子”に惚れてくれてたなんて知らなかったよ」

今度は涼吾さんに優しく肩を叩かれた。今はその優しさが痛い。まんまと騙されてめちゃくちゃ悔しいし自分が情けないけど、この人は絶対に悪い人じゃない。だって、こんなに優しい顔と声だし。

と思っていたら、涼吾さんは天使のような微笑みでこんなことを口にした。

「でもさ、男が女装男に惚れるって、君一生ネタにされるよ。黒歴史だね」

…この悪魔!天使の顔してこの人が一番、悪魔だ……!


✳︎✳︎✳︎


第二話・終

第三話へ続く

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