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天使と悪魔とスタアたち  作者: 鮎川樹里
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第一話「出逢い」

このお話は、ドラマ「悪魔のようなあいつ」(1975年、TBS)をオマージュした作品のため、随所に同作の設定や台詞が散りばめられています。

また、主人公と主要登場人物の名前やヴィジュアルは全て実在の人物をモデルに描いていますが、本作品はフィクションですので、モデルの人物と本作品は全く関係ありません。


第一話「出逢い」


✳︎✳︎✳︎


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

ボーイの恭しい出迎えとともに、一組の男女が店に入ってきた。どちらもこんな安っぽいクラブなんかには全く不釣り合いなオーラを放っていて、俺の目は二人に釘付けになった。自分が働く店だけど、正直「掃き溜めに鶴」感がすごい。

(…?この辺じゃ見かけない顔だな…)

男の方は、一目で一流だと分かる高級スーツを着こなし、長めの茶髪を丁寧にセットしている。女の方は、フェミニンなジャケットにふわりとしたスカート。大きめのサングラスをかけている。何故か足元がぺたんこ靴なのが気になった。

二人は奥の席に案内され、店員と親しげに話し込んでいる。その横顔があまりにも綺麗で、俺は思わずじっと見つめてしまった。二人が視線を感じてこちらを見やる。目が合いそうになる。慌てて目を逸らす。それを何度か繰り返した後だった。女の方がおもむろに立ち上がり、俺のいる席へ近づいてきた。

「え、ちょ、え⁈」

てっきり文句を言われるんだと思った。ほっそりとした色白の顔だがサングラスのせいで表情が読めない。「アンタ何見てんのよ。あたしはそんな安い女じゃないのよ」とかなんとか、そんなお小言の一言や二言は覚悟した。

しかし、頭上から降ってきたのは、

「こんばんは」

穏やかで上品で、想像していたより低くてハスキーな声。

「あ、こ、こんばんは…」

「お隣、失礼してよろしい?」

「はぁ、どうぞ…」

文句を言いにきたのではないとすれば、女の目的は本当に分からない。でもなんとなく、彼女に敵意はなさそうに思える。女は手招きで男を呼び寄せた。

カウンター越しに、バーテンの平木さんが女に話しかける。

「涼子さん、お久しぶりです。今宵はお一人で?」

へえ、涼子って言うんだこの人。平木さんが敬語を使うほど年を取っているようには全然見えない。何者だ?

「いいえ。あの人も来てるわ」

「こんばんは平木くん。久しぶりだね」

俺の左隣に腰掛けながら男が反応した。低くて甘くて、良く通るいい声だ。

(この人も若く見えるけど、平木さんより年上ってこと?)

男が隣に来たことでちょうど、俺が二人に挟まれる格好となった。

「ヤァ拓斗さん。しばらくいらっしゃらないから飽きられちゃったのかと思いましたよ〜」

(拓斗。なんか聞いたことがある気がする。涼子はないけど、この人の名前はどこかで…でも思い出せない)

「まさか。最近いろいろ忙しくて」

二人は俺のことなど御構いなしで酒を呑み、会話した。

ますます分からない。何のために俺の隣に座ったのか?何故何も話しかけてこないのか?もしかして、お前空気読めよ、そこどけよ、って無言で圧力かけられてンのか?でも、そしたら涼子さんの言った「お隣、失礼してよろしい?」と繋がらない。分からない。なんなんだこの二人。この街じゃ全然見かけない顔だし二人ともやたら格好いいし。怖い感じの人たちだったらどうしよう。

そんなことをぐるぐると考えていたら、突然涼子さんが俺に話かけてきた。

「この辺じゃ見かけない顔だな、なんて思ってる?」

「…はぃ⁈」

それがあまりにも突然だったのと、図星だったのとで声が裏返った。

「俺たちにとっちゃ、お前の方が見かけない顔だけどな」

今度は男が言った。やっぱりいい声だ。そして近くで見ると、ギョッとするほど格好いい。薄茶色の瞳、綺麗な二重瞼に、スッと通った鼻筋。健康的に陽に焼けた肌。唇なんてちょっと厚めでセクシーだ。一般市民でいるのは非常にもったいない気がする。

「あ、あの…」

「お前、この街に来てどれくらいになる?」

「ひと月…でしょうか」

「やっぱりな。俺が最後にこの店に来たのはひと月半前だったから…お前が俺たちのことを知らないのは無理もない」

「あなたの噂はかねがね、聞いてるわよ、城戸樹里くん」

え、何故この美女は、俺の名を知っている?そしてこの人も、ものすごく綺麗な顔をしている。白く陶器のような肌に、まるで赤い口紅を塗るためにあるような形の良い唇。黒目がちのつぶらな瞳で見つめられた日には、どうにかなってしまいそうだ。…いやいや。今はそんなことどうでもいいんだ。イヤ良くないけど。でも問題はそこじゃない。

「いつのまにかフラッとこの街にやってきて、いろぉんなスカウトを全て断ってクラブで働き続ける若き天才歌手」

確かに俺はクラブ歌手やってるけど…

「涼子さん、でしたっけ?どうして俺の名前を…」

「聞くところによると、お前いろんな店を渡り歩いてるらしいな。おかげで苦労したよ。うちのもん総出で探し回って、やっと今日。お前を探し当てた」

(え、俺この人たちに探されてたの?俺なんかヤバイことしたっけ?)

「あの、お二人とも、なんか話が全然見えないんだけど」

「あなた、うちに来ない?」

「は⁈」

突然にも程があるだろ。

「うちで働かないか。今日はそれを言いに来た」

なんてこと言い出すんだこの二人。まずなんで俺を知ってて、俺を探してて、突然うちに来いなんて。でもまず、

「俺、ここで働いてるンですけど」

「知ってるわ。もう店長に引き抜きの話はつけてる。了解を得たから安心して」

(そう言われても、だよ…)

「じゃあ拓斗さん、がさっき、『最近いろいろ忙しくて』って言ってたのは、俺を探してたから?」

「まあそうかな」

「なんで俺なんですか?」

「後継者を探してたんだ。うちの店の。でもなかなか有望な若者が見つからなくてな」

「そこで、あなたに白羽の矢が立ったのよ。各地で噂が流れるほどの実力者ってことは、もしかしたら私たちの理想にピッタリかもしれないってネ。実際会ってみたら、びっくりしたワ。まるで若い頃の私たちみたいな、虎のような目をしてるんだもの」

「虎のような目ですか」

「何か野心に燃えてるような、意志の強そうな目よ。大袈裟に言えば、『俺がこの世界の頂点に立ってやる!』みたいな」

「…俺、そんな目してます?」

「してるわよ。一目見てビビッときたわ。しかもあなた、結構イイ男じゃない。これは逃すわけにはいかない!って思ったのよねぇ。ウフフ♪」

さっきよりも心なしか声が大きくなってる気が…

(ウフフ♪じゃねえよ…)

「涼子さん、それは買いかぶりすぎですよ。俺別に意志が強いわけでも野心があるわけでも、男前でもないですから」

「あなた謙虚なのね。ますます気に入ったわ」

え?

「お前を迎え入れる体制は既に整ってる。早ければ今夜でも、こちらはOKだ」

え?決定事項?引き抜かれる、俺?

「ヤなの?あたしのこと嫌いなの?」

お願いだから目を潤ませてこちらを見ないでくれ。

「ごめんな、こいつ若くてかわいい男の子に目がないから」

拓斗さんが苦笑する。

「いや、涼子さんが嫌いとかじゃなくて、あんまり話が進むのが早いから、ちょっとついていけなくて」

「お前がどうしても駄目だというなら、こちらも無理強いはしないが」

「賃金の面でも、ここよりは全然いいと思うわよ。というか、どの同業他社よりも好待遇かも」

「そうなんですか?あの失礼ですけど、時給はおいくらですか?」

「ふふ。いいわ。耳貸して」

不意に引き寄せられて、胸が高鳴ったのは内緒だ。そして涼子さんは金額を耳打ちしてきた。とっても良い香りがした。

「…え、そんなに⁈」

驚いた。ちょっと働けばずっと欲しかったあのギター、買えそう。それだけじゃなく、デニムも、ブーツも、レコードも、とびきり良いのが手に入りそう。

「俺、行きます!お二人のお店で働かせていただきます!」

情けない話だけど、俺は、給料の良さだけで移籍を決めてしまった。

「あら、威勢がいいですこと」

「まあ理由はどうあれ、そうと決まれば、早速行こうか。荷物纏めてこい。俺たちはここで呑んでるから」

「はい!ちょ、平木さん、そこどいて」

「なんだよォ樹里、帰るのか?お前まだ勤務時間終わってないだろう?」

「俺ここ辞めるから。拓斗さんたちンとこ行くんだ」

カウンターを離れバックヤードの片付けをしていた平木さんに、事の顛末を話した。

「は⁈樹里お前、それどういうことだよ!」

「今までお世話になりました。いろいろありがとうございました」

「樹里ィ…それはあんまり突然だろォ…いくらうちより給料いいからってサ。店長はもう知ってんのか?」

「知ってるって。拓斗さんたちがもう話はつけてンだって」

「そうか…なら仕方がないけどなぁ。淋しいよ俺は」

「ごめんね平木さん。でもあとで、俺ちゃんと挨拶に来るから。皆さんにたくさんお世話になったからね」

「そうか。まぁ頑張れよ!お前は気づいてないけどすごいやつなんだから。な?団結と努力!団結と努力だかンな!」

「ふふふ。じゃあ俺も。ありがとう、サンキュー、ありがとうね!」

「お前のそれももう、聞き納めか…」

「お世話になりました!」

平木さんに敬礼した。

こうして俺は、期待に胸を弾ませながら、新たな仕事場へと向かうことになったわけだ。


✳︎✳︎✳︎


第一話・終

第二話へ続く

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