8 未知の領域へ
私がエルマになってから、早いもので一か月が過ぎた。毎日毎日遺跡に潜っては異物らしき物を鑑定して回る日々に嫌気が……なんて起こる筈も無くワクワクが止まらない日々を過ごせた。当然お遊びじゃないから結果が伴わないといけないんだけど、その辺も上々。
お父さんが既に探した所ばかり回ってたけど、それでも宝石の異物がちょこちょこ見つかってる。いや見つかる事は良い事なんだけど、正直何でこんなに残っているのか不思議で堪らなかった。
「ねぇお父さん、何でこんなに宝石残ってるの? 異物なのに売りに出してないの?」
「あぁ~……前にも言ったと思うが俺は宝石とかそう言うのはあんまり詳しくねぇからな、手ぇ出さなかったんだ」
「それでも駄目もとで出してみれば良いのに」
「昔の連中はそんな事をやってたみたいなんだが、結局鑑定出来なきゃ石と変わらん。それに買い取り屋も馬鹿じゃないし鑑定士も暇じゃない。大量の石を買い取って宝石なんか探してられんって、鑑定前の宝石は余程確信が無い限り売れなくなっちまったんだ」
成る程ねぇ……確かにその気があるかはともかくとして、その辺の石ころがお金になるって知ったら誰もかれもやるに決まってるよねぇ。
まぁあんまりにも宝石が多く売りに出されるせいか、お父さんも町に行く度に色々な人に絡まれちゃってるみたい。あんまりしつこいと鉄拳制裁してるみたいだけどね。ともかくお金はなるべく欲しい……私の夢の為にも。
それからまたとある日、相も変わらず遺跡へ向かっている私とお父さんだが今日はちょっと違う。今日はなんと、エルマが大怪我を負った現場、さらにその奥を探索する事になっている。私も気にはなっていたけど、何となく自分から言い出し辛くて後回しになっちゃった。
ワクワクというよりかは変に緊張しちゃうけど、気を張っても仕方無い。ここは一つ気を紛らわせる為にお父さんとお話ししてようっと。
「お父さん、今日も何かお話しして?」
「う~んそうだなぁ……俺もそんなにネタがある訳じゃ無いから、さてどうしたものか」
頭をバリバリと掻きながら思案に耽るお父さん、まぁ無理も無いかな。というのも移動中どうしたって暇なので、色々な話をお父さんにせがんでいたからね。
例えばこの世界の月日、驚く事に一日25時間ある。まさかと思って家にある掛け時計を見てみると24時の後の天辺に零時があるのだから、もう目を丸くして二度見したよね。さらに一月が30日で固定、そして一年が11月までしか無いのだからもう混乱してしょうがない。ちなみに今は六月の頭位だけど、梅雨みたいなのは無いらしく降ったり止んだり結構メリハリが効いている。
「そうだ。世界の何処かに居るらしい神様の話でもしようか」
「神様? そんなの居るの?」
「居るとされているが、正直俺も興味無いから信じちゃいない。まぁそれはさておいて、この世には二つの神様が居るらしい。それが太陽神プルトンと、地底神プルトンだ」
はい? 何ですって? 太陽神プルトンと地底神プルトンって、何で名前が同じなのよ。
「いや……何で名前が同じなの? おかしくない?」
「まぁそう思うよな。俺も聞きかじりだけど最初は一つで地上に居たんだけど、二つに分かれたらしい」
「分かれたって、神様が? 何で?」
「昔の強欲な人間達が神様を制御しようとしたんだと。で、怒った神様はそんな強欲な人間達を目も眩む閃光で消し飛ばし、一つは太陽に、もう一つは地中深くに姿を消したとか何とかって話だ」
何ともまぁいつの世も世界が変わっても人間ってのは、欲深いねぇ。私も欲深さだけは負けて無いけどね。
「どうだ、ためになったか?」
「うんとっても。ありがとうお父さん」
「おう……っと何だかんだしてたら入り口に着いたな。エルマ頼んだ」
「は~い」
私はお父さんからランタンを受取り、火打石で火花を散らしながら『火よ、来たれ』と唱える。すると火花は親指大の大きさの種火に、さらにそれが二つに分裂して私とお父さんのランタンへ。初めこそもたついたものだけど、ほぼ毎日やってれば何だかんだ慣れちゃうよね。
「お父さん出来たよ~」
「おぅいつも悪いな」
さぁて明かりも準備した事だし……覚悟決めるか。いつものように遺跡の中を右へ左へ進んで行く。奥へ、さらに奥へ。ジメジメしているのはまるで変わらず、むしろ段々と土臭さが増しているような気がする。そして──
「──何ここ……何でこんなに崩れてるの?」
路地を曲がったその先で私が見たのは、天井が崩れて完全に埋まってしまった通路。そしてその重みのせいだろうか、床も抜け落ちている。
「あの日……たまたまこっちの方を探索しようとしたら突然天井が崩れてな。幸い生き埋めにならずに済んだが、一瞬遅れたエルマはそのまま床と一緒に落ちちまった」
声色、表情。どれを取ってもお父さんから後悔の念を感じる。偶然だったとしても自分だけ助かり、結果としてエルマは……多分その時死んじゃってるんだから。何の因果で私がエルマになったのか皆目見当も付かないけど、今こうしてエルマとして振舞えるのはせめてもの救いだろう。
「……はいはい、ウジウジするのはそれくらいにして下りる準備しよ? ね?」
「おう……そうだな。過ぎた事をうだうだ言ってもしょうがねぇか。待ってろ今準備してやる」
「うんうん、その意気その意気。きっと下にはお宝が待っているんだから楽しく行こうよ!」
「やれやれ……前からそうだったが、すっかり異物の虜になっちまったな」
ふむん? エルマも異物の事が好きだったんだ。まぁお父さんみたいに異物収集家なりたい、だなんて言う位だからさもありなんって感じか。
カンカンと暗い遺跡に響く金属の音が鳴り止んだ。多分準備が終わったのだろう。
「お父さん準備終わった?」
「あぁ、床石の隙間にこれでもかってピンを打ち込んだからちょっとやそっとじゃ抜けないぜ」
あのお父さんの怪力ならそれはもう凄まじいだろう。多分私が抜こうとしても一生掛かるかもしれない。それはともかくお父さんはピンに縛ったロープを下へと落とし、最後にもう一度引っ張りながら縛り具合を確認している。いくら引っ張ってもピンはうんともすんともしないし、返しが付いているからロープだけすっぽ抜ける事も無い。これで本当に準備完了みたいだし、良し……行くぞぉ!
「じゃあお父さん先に行くね」
そう言いながらロープを掴んだ矢先、お父さんは慌てた様子で私の肩を掴む。あの、痛いんですけど。
「待て待て、いくら何でもお前を先に下ろす訳に行かん。俺が先に行く」
「えぇ~順番なんかどっちでも良いのに」
「そうは行くか。もし下で何かあったら今度こそ俺はレベッカにも、エルマにも顔向け出来なくなる」
……やっぱりそうそう後悔は捨てきれないよね。分かるよ、私もそうだから。だからこそ私はすんなりお父さんの言う事を聞き入れた。
「じゃあ、はいお父さん。一番乗りは任せたからね?」
「……おう! 任せろ」
うんうん、あの強面じゃションボリ顔は似合わないって。その豪快な笑い顔が似合ってるよ、お父さん。
「気を付けてねお父さん」
「あぁ、俺が合図したら今度はエルマが降りてくれ」
「分かってるって」
下の階層がどんな感じになっているのか分からないけど、穴が開いたという事は少なくともこの辺りも落ちる危険性はある。それでも未知なる異物を探しに行くのが我々異物収集家なのだ。……なんかますますトレジャーハンター染みて来たかも。いや初めからそうだし今更か。
そんな事を考えている内にギシギシと音を立てていたピンとロープがいつの間にか静かになっている。多分無事に下りられたのだろう。
「お父さ~ん、大丈夫~?」
穴の下を覗き込みながら呼んでみたんだけど、はてランタンの明かりが見えない。何処かに行ったのかな……と少し不安に駆られたのも束の間、ガシャガシャと音を立てながらひょっこりとお父さんが顔を覗かせる。
「お~い、下りて良いぞ」
……んもう、人の気も知らないで! 口をへの字にしながらゆっくり下りて行くとお父さんが「なにそんなにムスッとしてるんだ」と首を傾げる。あぁもう、繊細なんだか鈍感なんだか、どっちかにして欲しいっての。
「人が心配して声を掛けたんだから、すぐ返事位してよね!」
「おぉ、こりゃスマンスマン。少し先まで見て来たからな、少し遅れた」
「全くもう。……それにしても、上の階層と作りは変わらないみたいだね」
「あぁ。でも気を付けろ、梁だの柱だのが結構劣化してるかもしれないからな」
お父さんが指差した先には、恐らく梁に使われていたであろう石材が無残に砕けた姿が。いくら石が比較的劣化に強いとはいえ、上から思い切り重量を掛けられたらこうなるのも無理は無いか。
それにしても暗い。いや上と同じ筈なんだけど……何処か変な緊張感が漂うというか。ワクワクよりもドキドキの方が強い感じがする。
「それにしても変な感じだね」
「あぁ、何つぅかこう空気が淀んでいる感じがする。毒気は無いと思うが、とにかく慎重に進もう」
「うん。でもこの変な感じ……魔物か何か居たりして」
な~んて、いくら魔法があるファンタジックな世界でも流石に魔物なんて居ないでしょ。場を和ませるのも私の役目ってね。
「おいおい滅多な事言うなよ。ここらじゃ魔物なんか発見された報告は無いぞ」
……あれぇ? 全く予想外の展開になってしまった。というか魔物って居るの? 場を和ませるつもりが余計に重くなっちゃったよ、どうしよう。
「冗談のつもりで言ったんだけど、そもそも魔物なんて居るの?」
「俺も実際見た事は無い。ただ、近くにある町に立ち寄る冒険者曰く、角が生えた犬だの一つ目の熊だの、挙句首が三つに分かれた蛇が居るだの、どれも本当か分からんが居るのは間違い無い」
「へぇ~……そういえば集落のおじさんがここ最近狩りが不調とかって言ってたけど、やっぱり居るんじゃない?」
「だから滅多な事言うなって。本当に出たらどうするんだ」
「その時は私を守ってくれるよね? お、と、う、さ、ん?」
「ん、おぉ勿論。ただ、なるべく戦わないように逃げるのが一番だぞ」
ですよねぇ。私としてもそんな化け物なんかにお父さんを渡したく無いし、そもそもそんなの居る筈無いって。