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異物鑑定士  作者: くらげ
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7 貴方の夢は

 その日の夕方よりも少し陽が高い頃、私は父さんに担がれて帰宅した。別に怪我をしたとかそんなんじゃなく、単に早く母さんに見せたい一心みたい。でも父さんのそんな想いとは裏腹に、母さんの反応は随分とあっさりというか淡白だった。それどころか「これ以上エルマを変な事に巻き込んだらぶっ飛ばすからね」ととばっちりを受ける始末。


 まぁ父さんが叱られたのはさておき、私は父さんから部屋に残っている異物の鑑定許可をもらって実行したんだけど、これがまたとびっきり驚く代物だった。


 まず一つ、劣化が激しいのは宿命なのか分からないけど、これまた痛みの酷い書物の中身は何と英語で書かれていたのである。正直あんまり学の無い、かつ劣化も相まって解読はほぼ困難だったけど恐らく何かしらの宗教の経典だと思われる。


 この世界でも英語が使われているのかと脇に置いてある本と中身を見比べてみたが、全然そんな事は無いらしく、むしろエルマの身体に染みついているらしいこっちの文字の方が、英語よりもしっくり来る。父さんと母さんにも一応見せてみたが、案の定英語の方は見た事すら無いらしい。


 何故この世界に英語の本が……? 疑問を抱いたまま次の本を鑑定してみるとこれもある意味驚きの品物で、思わず私も「えぇ!?」と声を上げてしまう。


「これって……大分古いけどあれだよね……? 少年が読む週刊誌の奴……」


 私が子供の頃読んでいたそれよりも大分古そうな漫画ばかり載っていたが、何となく既視感を抱く物も確かに存在している。つまり……時代は違えど私が知る世界の物がここにある……という事は異物って要するに異世界の品物、という事なのかな? 


 私も馬鹿だけど、この状況にあってここが自分の知る現実じゃない事位理解出来るし、事実として呑み込んでいる。混乱はしてるけどね。ただ最後の一冊、こればかりはもう困惑するしかなかった。


「なにこの文字? こんなの私の世界にあったかな?」


 一応それも紙媒体だが、中に書いてある文字はもはやどんな事が書いてあるか想像すら出来ないレベル。私の世界でも古代の文字やその土地独自の言語があり、むしろ知らない言葉の方が多い。それを抜きにしても次元がまるで違う。例えるなら……そう、異世界の言葉のよう。全く期待していないが念の為父さんと母さんにも見せてみたけど、顔を顰めるだけで読めそうな気配すら感じさせてくれなかったのは、ある意味期待通りか。


 異物を鑑定して何か分かればなぁって淡い期待を持ってやったは良いけど、むしろ謎が深まるばかり。異物とは何か。何故存在するのか。……う~んロマンを感じる。が、ロマンだけでお腹が膨れたら苦労はしない。


「えっお父さんそれ売っちゃうの!?」


「そりゃまぁうちに置いてたって宝の持ち腐れだしな。それにエルマが鑑定してくれたお陰で、石で売るよりも高値になる筈だ。そうなりゃちいとばかし良い物を食わせてやれるってもんだ」


 ……親なら、やっぱりそこが一番気になる所だよね。これはあくまで生活の糧の為、もっと言えば家族の為。私の馬鹿な我が儘で困らせちゃいけないよね。


 という訳で貴重な資料を父さんに手渡すと、翌日の早朝父さんは一人で出かけた。


「あれぇ、お母さん、お父さんはぁ?」


「あぁ異物を売って来るって町の方に出かけたよ。普通なら片道で一日位掛かるけど、あの体力馬鹿なら今日中には帰って来るだろうから、今日は大人しくあたしの手伝いでもしてちょうだい」


「はぁい」


「さ、まずはその寝惚けた顔洗ってきな。それから朝食にするからね」


「はぁい」


 町かぁ、私も行ってみたいなぁ。そんな事を考えながらトイレを済ませ、外の水瓶で顔を洗う。……っとそういえばトイレであれするの忘れてた。


 ジャリジャリと音を立てながら足早にトイレへと戻り、中の蓋をはぐると当然ながらそこには私のブツが。ちょっと顔を顰めながら『土よ、来たれ』と唱えるとあら不思議、もぞもぞと土が動いて私のブツを取り込んでくれたのである。まぁ実際はそうイメージしただけなんだけどね。


 これが最初にトイレをした時の違和感の正体とは、私の世界と比べて進んでいるんだか遅れてるんだか。ともかくあとは『風よ、来たれ』と唱えて中の空気を入れ替えたら万事終了。これを知らずに出たもんだから、お母さんに「臭いし残ってるしビックリしたよ」とちょっぴり怒られたのは、まぁ致し方無い。この世界の洗礼として甘んじて受けさせて頂きました。


 朝食を食べた後、私と母さんは近くの川に行ってお洗濯。自分の身体もお洗濯。お風呂の文化があるかは分からないけど、大抵は濡らしたタオルで身体を拭くだけか、それともこうやって川とかに足を運んで洗濯物と一緒に原材料不明の謎石鹸で身体を洗うか。……あんまり言いたく無いけど、こればかりは風呂が恋しい。


「あっお母さん、背中拭いてあげる」


「あぁ悪いね、じゃあお願い」


 私は先に済ませたので、後から上がって来た母さんの背中をタオルで拭いてあげる。ろくに香りも無い石鹸だけどほのかに感じる、安心する母さんの匂い。エルマの記憶なのか、それとも私の郷愁の念からなのか分からないけど、あぁ……ほっとするなぁ。


「ちょっとエルマ、どうしたんだい? くすぐったいよ」


「あっ、ごめんなさい。良い匂いだからつい……」


 無意識のうちに私は顔を母さんの髪に埋めていた。でも何故か離れたくない、ずっとこうしていたい。


「もう少しだけこのままでも……良い?」


「やれやれしょうがないねぇ。ほら、おいで」


 母さんがクルっと振り返って腕を大きく広げると、私は吸い込まれるように胸の中へと抱き着いた。


「何か、とっても落ち着く」


「おやおや、昔みたいに甘えんぼさんに戻ったのかねぇ」


 エルマって昔甘えん坊だったんだ。私は……そんな事無かったと思うけどどうだったかな。


「ねぇエルマ、あたし本当はあんたが遺跡に行くの反対なの」


「そうなの?」


「そりゃそうさ。一回ギリアムに付いて行ったら突然お父さんみたいに異物収集家になる~なんて言い出したんだよ? その結果女の子にこんな大怪我させるなんて……心臓が潰れる想いさ」


 ……私、厳密には私じゃ無いけど親に心配かけてばかりだなぁ。


「でも、それならなんで昨日も私を止めなかったの?」


「子供はいつか親から離れていくものだからね。その時夢も何も無いまんまじゃ人生勿体無いでしょ? だからあたしは注意はしても止めたくは無いんだよ」


「……じゃあ、お母さんは今、夢ってある?」


「そうだねぇ。……今はエルマの夢が叶ってくれたら一番嬉しいねぇ」


 ……やばい、泣きそう。あ、もう駄目、泣いてた。あぁもう好き、大好きお母さん。


「馬鹿だねぇ、そんなに泣く事無いじゃないか」


「うん……グス……お母さんは、私が立派な異物収集家になったら喜んでくれる?」


「勿論応援するさ。我が子が本気なのに馬鹿にする親が何処に居るんだい」


「うん……ありがとう」


 それがエルマ()の夢なら、お母さんの夢なら、これが私がここに来た理由なのかもしれない。もっと、も~っと頑張らないと。


 その後、何だか気恥ずかしい気分になりながらも私とお母さんは仲良く家に戻り、畑の手入れやら色々とお手伝いをして日中を過ごした。のは良いんだけどお父さん遅いなぁ、もうとっくに陽が落ちちゃったよ。


「お父さん遅いねぇ」


「まぁもうちょっと待ってれば来るさ。でないと夕食も作れやしないし」


 あぁそういえば異物を売ったお金で美味しいご飯がって行ってた気がする。ふむ、何を買ってきてくれるのか気になる。


「お~い、戻ったぞ~」


「っと、ようやく帰って来たみたいだね。ちょっとギリアム、遅かったじゃない」


「悪い悪い。町の買い取り屋の話に付き合ってたら遅くなっちまった」


「知らないよそんなの。ほら、買って来たの早く寄こして」


「ほれ、これだ」


 そう言ってお父さんが脇に抱えていた革袋を手渡した。何が入っているのか私も気になるし、ちょっと覗いてみよっと。


「ねぇお父さん、何買って来てくれたの?」


「おぉ、エルマのお陰で宝石と本の異物が高く売れたからな。今日は豪勢に牧畜の生肉と、白パンだ」


「良く分からないけど、豪勢なの?」


「おぉ勿論。俺達もたまに狩りをして肉を手に入れるが大抵は干しちまうし、何よりそうしないと臭くて食い辛い。だから食べる為に買っている肉ってのは結構貴重なんだ。それと白パンは──」


「──それ用の粉自体が結構貴重、だっけ?」


「何だ、知ってるじゃないか」


 まぁ昔読んだ本にそんなのがあったなぁって思い出しただけなんだけどね。何でも昔はお貴族様が食べるような物とかそんなの。ここに貴族とかが居るかは知らないけど。


 結果として、異物の売上はおよそ二か月分相当となったみたいだけど、お父さんが買って来てくれた食材で四分の一位減っていた。成る程、まだこの世界のお金事情は分からないけど確かに豪勢だ。でもその日食べたお肉とパンは柔らかく感動すら覚える物で、だからこそ、私がもっと頑張ってお父さんとお母さんに良い物を食べさせてあげたい。いや、する! 絶対!

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