6 異物
父の魔法講座が終わった後、私達は右へ左へ移籍のさらに奥へと進んで行く。もう入り口から見えていた陽の光は見る影も無く、いよいよランタンが無ければ後にも先にも進めない域に達している。これは……そそる。
一人で勝手に興奮していると、先行していた父がクルリと振り返りチョイチョイと手招きを始めた。どうやら目的地に着いたのかな?
「エルマ、ここは部屋みたいになっていてな。こういう場所に異物があるんだ」
異物? なんか言葉の響きがあんまりよろしく無いんだけど、どういう物なんだろう。部屋にランタンをかざしても別段そそるような物は無い。あっても石ころとかそんなのばかりなんだけどなぁ。
「別に……何にも無いみたいだけど?」
「あぁ、ここは大体探し尽くしたからな」
「というかお父さん、そもそも異物って何?」
「おっと、そうだったな。異物ってのはまぁ簡単に言えば遺跡にあるお宝って感じか。俺はそういう物を集めてそれを金に換えてるって訳だ」
ん~と、要はトレジャーハンターみたいな? 一体どんな物があるか分からないけど異物かぁ、そう聞いた途端ワクワクして来た……!
「お父さんお父さん! その異物っていうの私も見たいんだけど!」
「ん? おぉ一応探してはみるけどあるかなぁ。家に帰ればあるんだが」
「えっ家にあるの!?」
「あぁお前の部屋にあるぞ。元々物置だったのを改造してエルマの部屋にしたんだが、その時の残りが何だかんだ置きっ放しなってるんだ。やけに綺麗な四角形をした石がいくつか積んであったのを見なかったか?」
あの部屋、元々物置だったのか。道理でやけに埃っぽいし物が多いと思った。ってそんな事はさておき、確かに部屋にそれっぽいのがあったけど……あれが異物? 正直そんな風には見えなかったけど。
「うん、確かあった気がするけど……」
「あれな、本らしいんだ」
……はい? 本? どういう事?
「もしかして石板とかそういう感じなの?」
「いや、本当に本なんだ。俺も実際に見た事は無いんだが、あれを元の形、つまり本に戻せる異物鑑定士って呼ばれる人が居るんだ」
「へぇ~何というか、凄いね。私もそれ見てみたいなぁ」
「俺も一回位見てみたいもんだが、あんまり数は居ないらしいな。それこそもっと大きい町かなんかで居を構えているんだろう。さぁて、少し探してみるか」
「うん!」
私は父をよそに一目散に部屋の奥へと駆ける。まだまだ分からない事だけどこんなにワクワクする物を逃す手なんか無いに決まってるでしょ!
と、鼻息を荒くして探し始めたは良いものの、それらしき物なんかな~んにも見つからない。さっき父も探し尽くしたって言っていたけど、やっぱりもう何にも無いのかなぁ。
「お~い、見つけたぞ」
「えっ本当!?」
流石生業にしているだけあって目が良いなぁ、多分経験値の差もあるんだろうけど。それよりも異物異物! 一体どんな物だろう? そんな事を考えるだけで羽が生えたように一瞬にして父の元へと迎えた。
「どれ!? どれなの!?」
「お……おう、そんなに慌てなくてもほら、これだ」
見た感じさっき言ってた本の異物の欠片かな? ……でも正直石壁の欠片にしか見えない……
「……何か正直思ってたのと違う」
「それは仕方無いだろ。さっきも言ったけどここは大体探し終わってるんだからな」
「ここはって事は他の場所もあるの?」
「おぉあるぞ。でもまぁここよりもう少し奥だから今日は行かないがな」
ちぇ、行きたかった。でも仕方無いか無茶出来ないし、するつもりも今の所無いし。
「とまぁ遺跡ってのは大体こんな感じだ。どうだ? 記憶は元に戻ったか?」
「う~ん、あんまり変わらないかな」
そう言うと父は「そうか……」とあからさまに残念そうにしょぼくれてしまう。ちょっぴり罪悪感を感じるけどこればかりは仕方無い。記憶に嘘を付いたって誰も得しないんだから。
「そんなに落ち込まないでよお父さん、記憶がちょっと曖昧でもお父さんがお父さんなのは覚えているんだから」
「お……おぅそうだな。焦ったってどうにもならないし、今日は少し早いけどここで弁当を食べて戻るとしよう」
「そうだね」
どんな時だって人はお腹が空くもので、運動したなら尚更。私と父は揃ってお腹の音を鳴らす辺り、なんと似た物親子なんだろうと思ってしまう。変な空気を適当に笑い飛ばした後、近くに落ちていたちょっと湿っている石壁に我慢して腰を下ろし、肩掛け袋の中から小さな包みを取り出した。
中身は朝食べたかったいパンとこれまたかったい干したお肉。顎は疲れるけどその分咀嚼するせいか結構お腹が膨れるし、塩気が強い干し肉も運動した後は丁度良い。ふぅ、満足満足と私がお腹を撫でていると、とっくに食べ終わっていた父が立ち上がり「さて、そろそろ戻るか」と促す。もうちょっと時間に余裕を持って動いて欲しいものだけど、これが父の性分なのかねぇ。
「ちょっと待ってて。今片付けるから」
少し急ぎながら片付けを済ませると、ふと私の足元に石ころが落ちているのに気が付いた。何となく気になって手に取ってみると、私の小さい手の平に余裕で収まるサイズにも関わらず自然の石にしてはこう、やけに綺麗にカットされている。……もしこれが──
「──宝石だったらなぁ」
……なぁんて馬鹿馬鹿しい。父も待っている事だしさっさと捨てよう。と思った矢先、ピシリと何かが割れる音が聞こえた。何だろう、石壁か何かに亀裂でも入った? にしてはやけに近くで聞こえたような……ってあれ、この石……中身が、見えてる?
さっき拾った石は、まるで皮が剥がれるように石だった部分が剥がれ落ち、中からは綺麗な赤い石が顔を見せる。魔法もあるファンタジックな世界だし、こういう石もあるのかな?
「ねぇお父さん、この石が何か分かる?」
「うん? どれどれ……」
その赤い石を父に渡すと、今度は父が石のように固まって動かなくなった。何、これヤバい代物だったりする?
「お父さん大丈夫?」
「……っは!? お、おぅ丈夫だけど……エルマ、これどこで見つけたんだ!?」
お……おぉう、この食いつきよう。これはただ事じゃ無いな。というか痛い! 見た目通りの怪力ハンドが私の肩に食い込んでるっての!
「ちょっとお父さん痛いってば!」
「っとスマン、つい興奮しちまった……」
「んもう……何か綺麗な宝石みたいだなって石ころを拾ったら、何故かそれが出て来たの。それが何か分からないけど、宝石だったらとっても運が良いよね~」
「……俺もあんまり宝石には詳しく無いが、多分レッドストーンっていう本物だ」
「へぇ凄いね。もし本物だったらどれ位で売れるの?」
凄いは凄いけど、正直私って宝石とかそういうの興味無いのよね。大地のロマンは感じても、嗜好品って感覚の方が強いし。
「もし本物なら……一ゴルって所だろうな」
ゴル? これまた記憶に無い言葉が。まぁ流れ的にお金の単位だろうけど全く価値が分からないよそれ。
「それって高いの?」
「まぁ、これ一個で一月分の稼ぎより遥かに高いだろうな」
うはぁ、それは凄い。本当に良い物拾っちゃったよ、ラッキー。
「でもそれはどうでも良いんだ。お前まさか……これ持ってさっきの石みたいにやってくれないか?」
そう言って私に手渡したのは、さっきの本の一部らしい欠片。何かまるで分からない。でも──
「──まぁやるだけやってみるけど……」
えぇと確かこれを持って、さっきは宝石だったからこれは──
「──本、だよね……?」
疑問に思いながらもそう言葉にすると……マジ? さっきの宝石のようにピシリ音が鳴り、ボロボロと石だった部分が剥がれ落ちていく。
「……出来ちゃった」
完全に石が剥がれ落ち、中から出て来たのは革製のやけに立派な装丁が施された本の一部。だけど劣化が凄まじく、何より残っていたのが本の開く側だからボロボロと下に落ちてしまった。
「あぁ勿体無い……貴重な本が」
拾おうと思ったけどこれはもう駄目だね。元の劣化に加えて湿った地面に落ちたせいでさらにグズグズになっちゃった。……怒られちゃうかなぁ。
「ごめんなさいお父さん、折角の本が……」
「い、いや気にするな。それよりもその力……まさか異物鑑定の力か……!?」
異物鑑定って、さっき言ってた異物を元に戻す力だよね。でも何で私にそんな力が? いや私というかエルマか。
「私って昔からそんな事出来たっけ……?」
「まさか、知っていたら異物を石のまま売りに出さん……いや待て、まさか頭を打った時に力が覚醒したのか!?」
いやいや、頭を打ったの万能過ぎでしょ。……とは言えないのかなぁ、結果だけ見れば私がこの子になったのも頭を打ってからだろうし……
「ど、どうしよっか……?」
「どうするもこうするも……まぁ驚きはしたが今までと変わらん。エルマに頼む仕事がちょっと増えるだけさ」
「ん、分かった……ありがとね」
「何の礼か分からんけど、気にするな。さて、戻るぞ。レベッカにも言わないとな」
「うん」
正直ちょっと怖かった、もしかしたら身売りされたりとかするんじゃないかって。でもとんだ杞憂だったし、信じきれなくて凄く申し訳無い……父さんごめんね。
それから入り口に戻るまでの間、目に付いた石を手あたり次第手に取ってみたけど一つ残らず外れ。ま、そう上手くいく筈ないよね。今は一個だけで十分十分。