5 魔法奥深し
さて、中に入ってみたけど案の定とっても暗い。何の準備も無しに入ったら下手しなくても入り口で断念するレベル。そんな暗闇をランタンで照らしながら進んでいる訳だけども、入り口だけ石積みされているかと思ったら中も石や天井、地面まで石で敷き詰められているようで、さながらピラミッドの印象を受けるけど、そもそも何の遺跡なんだろう?
「ねぇお父さん、この遺跡ってそもそも何の為にあるの? 誰かのお墓? それとも古い建物?」
「いやぁ俺は正直そういうのは分からねぇんだ。ここには単に仕事で来ているだけだからな」
ボリボリと頭を掻く父に、私は「なぁんだ、残念」と溜め息交じりに呟く。まぁ私でも分かるかかなり怪しいもんだけど。
「でも何でかは知らないがこういう遺跡がそこら中にあるって話だ」
「えっそれ本当!? じゃあこの近くにもまだまだあるの!?」
「いんや、残念ながらここらはこの遺跡しか見当たらないけど、意外と穴場らしくてな。俺もここに移り住んで10年近いがまだまだ探索しきれていないし」
ふむ、お父さんの過去はさておきこういう遺跡がそこら中にあるって事は明らかに人為的だけど、一体何の為に? やっぱりピラミッドみたいに権力者のお墓って線が有力なのかな。そんな事を考えて壁をペタペタと触りながら進んでいると、突然背筋に冷たい何かを感じ思わず「うひゃあ!?」と声を上げてしまう。
「何だ!? どうした!?」
「急に上から変なのが……」
「上?」
父がランタンを高く掲げて天井の方を照らしてみると、石の隙間から水が沁み出ていた。なぁんだ驚かせないでよ本当に……
「何だ、意外と怖がりだな? エルマ」
ガハハと豪快に笑う父に対し、私は恥ずかしくて顔から火が出そう。そりゃ今は15歳の少女だけど、中身は30過ぎてるんだよ? 年甲斐も無く声を上げちゃってまぁ……いや、年相応なのか? 何かもう混乱して来た。ともかく何でも無いならそれで良しとしよう。
「そうだエルマ、折角だし魔法のおさらいでもするぞ。あの落ちてくる水滴目掛けて『水よ、来たれ』と唱えてみな」
「良いけど、何をイメージすれば良いの?」
「そうだな、さっきの火みたいに水の玉とかどうだ」
じんわりと沁み出ては落ちる水滴に向かって、私は『水よ、来たれ』と唱える。するとあら不思議、地面に落ちる筈だった水滴が空中でフヨフヨと漂い続けている。凄いは凄いんだけど、火と比べて何の役に立つのこれ。
「良し上手出来たな。今は水筒を持って来ているから良いが、万が一遺跡とかで閉じ込められた時は魔法で水を増幅させ渇きを潤すんだ。覚えておいて損は無いぞ」
前言撤回。サバイバルに必須じゃんそれ。水さえあれば一週間位頑張れるらしいし、本当にどうにもならなくなったら自分の汗とか……まぁ色々で凌げそう。極力そんな状況にはなりたく無いけどね。
「ねぇお父さん、他にはどんな魔法があるの?」
魔法とサバイバル術が繋がるなら、覚えておいて損は無いし。この際聞いておこうっと。
「そうだな、例えば『風よ、来たれ』」
父がそう唱えると、絶対に流れて来る筈の無い地面の方から風を感じた。
「生き埋めになったとしてもこれで多少は延命出来るし、上手くやれば長時間水の中にも居られるぞ」
ふむふむ、場面は限られるけどこれもまた重要そう。遺跡って有毒ガスとかも有り得るし、超簡易的な酸素マスクにも活用出来るかも。……はて、この魔法って何かしら元になる物が必要な筈だけど、今のはどうしたんだろう。
「ちなみに今のは俺の息を呼び水にしたぞ。エルマにばかりやらせたら不公平だからな」
……うげぇ。害は無い筈なのに何故か精神的にダメージを負った気分。……何か他で気分を紛らわせたい。
「ち、ちなみに他にもあったりする?」
「ん? どうした、何か元気が無くなったな。疲れたか?」
流石親だけあって見た目の割りに随分聡い。まぁ若干テンションが下がったのは事実だけど別段疲れた訳でも無いし、適当に返事しておこう。
「うぅん大丈夫」
「なら良いが……えぇと、他には……俺が分かるのだとあと一つ『土よ、来たれ』」
すると足元にある敷石の欠けて土が剥き出しになっていた場所が隆起し、何とも表現し難いこけしに手足を生やしたような何かが形成されていく。
「あぁ……やっぱりこの魔法使うのはキツイな、もうすっからかんだ。まぁ良いか、これは見た通り土を他の何かに形作る事が出来る。壁に横穴を作って抜け道にしたりとか色々便利だが、遺跡は大抵埋まっているからな下手したら遺跡がまるっきり崩れる可能性があるから使い所は見極めるようにな」
成る程、生き埋めになった時の正真正銘最終手段って感じかな。石の噛み合わせで全体のバランスを取るとか割りと良くある事だし、確かに使い所は慎重に考えないとかえってマズい事になりそう。
そういえばさっきお父さんが疲れるって言ってたし実際しんどそうに上を見上げているけど、魔法って疲れるものなんだろうか
「ねぇお父さん、そもそも魔法って使うと疲れるの?」
「あぁ、その辺りがまださっぱりだったな。俺も詳しく無いんだが人にはマナっていう魔法の源があるらしい」
「魔法って精霊がなんやかんやしているだけじゃないの?」
「結果だけ見ればそうだが、実際は精霊が人のマナを食べて魔法を実行する。そんな仕組みらしい」
精霊もタダ働きは御免って事なのかな。現実的というか世知辛いというか。
「だからこのランタンも最初の火だけ起こして、後は中の蝋燭頼りなんだね」
「そういう事だ。ずっと魔法で火を起こし続けていたらすぐにマナがすっからかんになっちまう。まぁ俺は人よりもマナの量が少ないみたいだがな」
「え、人によってマナの量って違うの?」
「当然だ。全く見た目が同じ人間なんて見た事無いだろ? それと同じでマナも人によってまちまちだ。あぁと、ちなみにエルマは人並みか少し多い位だから安心して魔法を使って良いぞ」
とは言っても、何をどれ位使ったらガス欠になるのか分かったもんじゃない。その辺りもまた経験して慣れろって事なのかね。……ゲームなら一目で分かるのに、というのは求め過ぎかな。
「ところでお父さん、まだしんどい? もう戻ろうか?」
さっきから頭をグルグル回しては水筒をチビチビ飲んでいるけど、ガス欠ってそんなに身体に影響が出るのかな。
「まさかエルマに心配されるたぁ参ったもんだ。いやなに大丈夫だ、じきに動ける」
「その、マナ? が切れるとそうなるの?」
「まぁ大体同じ感じになると思うぞ。正直俺は普段土のそれは滅多に使わねぇんだ、イメージするのに頭を使いまくるからな」
確かに球体のような簡単な形と比べれば遥かに高度な形をしている、要は知恵熱的な感じか。……それにしてもこの人形、何をイメージしたのか気になる。
「お父さん、この人形はどんなイメージをしたの?」
「そりゃ当然エルマだ。そっくりだろう? とくにこの顔なんか会心の出来だ」
……えぇ、こ……いや、何も言うまい。父が頭を痛めてまで作ってくれたのだ。そこに不満などありはしない。それから暫くして移動が再開された訳だけど、こっそり蹴っ飛ばして土に戻したのは私の心の中だけに留めて置こう。