49 終の光を終わらせる為に
「カク、バクダン? 初めて聞くけど一体どんな代物なんだい?」
「端的に言えば兵器だ」
「兵器と言うと銃のような?」
「……あんなもの、俺ですら骨董品扱いの代物だ。そもそも規模の桁が違い過ぎる。銃弾で殺せるのは大抵一人だが、もし仮に核爆弾が爆発しようものなら、俺の時は……一瞬で数万とも数十万とも言われた死者が出た」
この世界の魔法でもちょっと工夫すれば、大量破壊兵器紛いの事が出来るかもしれない。かもしれないけど、現時点では恐らくそういう事を想像すら出来ないだろう。それ程核爆弾を知らない皆にとって衝撃的で、知っている私も凄く苦々しい。……あぁ、だからこそこの人は分かっちゃったんだろうな。
「いやまさか、いくら何でもそんな物ある筈が──」
「──いえ、あり得ます」
「エ、エルマ君!?」
もし持ち出された物が本当に核爆弾ならもう、いちいち私の正体がどうこうなんて言ってられないよね。……大丈夫だよレダさん、だからそんな心配そうな顔しないで。
「かつて私の世界では二つの大国が軍拡競争をしていました、核兵器と呼ばれる兵器を大量に量産しながら。しかし時代が流れるにつれ軍拡は軍縮へと移り変わり、それに伴って核兵器も徐々に廃棄されていったようですが、実際の所どう廃棄したのか、そもそも本当に廃棄したのか。実態は何とも言えません。つまり──」
「──それらが異物化し、こちらの世界に迷い込んだ、と?」
「流石アルバインさん、恐らくそうだろうと私は踏んでいます」
「いや、まぁ……もう何に驚いたら良いか分からなくなってきたよ。大分感覚が麻痺しちゃってるね。ともかく、今この場において重要なのは彼の言葉に乗って来たという事だ。君達が顔を合わせたのだって今日が初だろう?」
「そうですね、少なくとも私は覚えがありません」
「同じく無い」
「となれば君達の言う異世界が確かに存在し、尚且つカクヘイキなる恐ろしく危険な物も存在し得る。──国王陛下はこの事実をどう取られますか?」
取られますか? とは何とも意地悪な事を聞くものだ。異世界の存在を証明するに足る鑑定実績と知識を有した人を見せつけ、自身も信じると暗に言った上で聞いているんだもん。そりゃあ国王もあんなしっぶい顔になるって。
「……言いたい事は概ね理解しておりますが、この件はひとまず保留と致しましょう」
「保留とは……不躾を承知でお伺いしますけど少々悠長なのでは?」
「教団が持ち出した物が何なのか、それを確認してからでも遅くはないでしょう」
事情がどうだろうと一介の従者と市民の言う事を聞きましたじゃ体裁が保てないか。あくまでこれは危険だと教団合わせてレッテルを貼りたい感じなのだろうけど……あぁもどかしい、一刻も早く正体が知りたい!
「追跡部隊が足取りを追ってるとは小耳にはさんでおりますが、現況はどうなんですか?」
「本来どんな不測の事態だろうと対処するのが軍の、ひいては我々の務め。それを果たせなかったのは汚名でしかありません。故にこの追跡で以て挽回しようと皆躍起になっております。発見の報も時間の問題と言えるでしょう」
……! これだ!
「あの国王陛下、その捜索している人達が何処に居るか教えて頂けませんか?」
「ふむ? 確か、エルマさんでしたか。その意図は何でしょう」
もし仮にそれが本物だとしても、外見だけで判別出来るかどうかは正直厳しいと思う。だけどあからさまに兵器の形を成しているならそういった雰囲気がある筈。問題はこんな半端な動機で許してくれるかどうかだけど……どうだ?
「良いでしょう。ただ軍事機密を直接市民に流すのも憚られますので、アルバイン殿を経由して内々に行ってください」
「え、あれ……あ、ありがとうございます……?」
あれぇ? 案外すんなり許可を貰っちゃったぞ?
「持ち出され物の正体が果たして何なのか、それでやきもきしてきるのは貴方だけでは無い。そういう事です」
成る程、全部お見通しって訳ね。よぉし上等、人類史上最凶最悪の兵器かどうか見定めてやろうじゃん!
「では少々仕込みをせねばなりませんので私はこれにて。後でアルバイン殿に使いを出します」
「承知しました。移動手段は僕の方で手配します」
「ではそのように」
国王につられるように私達も席を立ち部屋から出ようとした時「少し待って欲しい」とロクサダさんが告げてきた。
「国王陛下、少し……少しだけあの人と話をする時間を頂けませんか?」
あぁ……そうか。そうだよね、私だって聞きたい事が一杯あるんだし。
「ふむ。焦がれたかつての同郷の方となればそうですね、良いでしょう許可します。人払いをしておくので使いが来るまではここを使うとよろしい」
「感謝いたします」
こうして私とロクサダさんは二人きりになるには結構広い部屋に残った。レダさんは最後の最後まで残りたかったらしく私に恨めしそうな視線を送って来てたけど、何だかんだその辺り事情を理解してくれているのか何も言わずに部屋を後にしてくれた。このゴタゴタが終わったら、ちゃんとレダさんとディドさんにも打ち明けないとね。
「……まさか同郷の人間に──いや、それで良いんだよな?」
「はい、その筈です。……八月六日と九日に何があったのか。ロクサダさんなら知っている筈ですよね?」
壮大な人体実験とさえ言われた忌まわしきあの日、同じ国で生まれたからこそ忘れまいと語り継がれるあの日。言葉でなくとも表情で分かる。
「あぁ、知ってるなんてもんじゃない。まだ幼かった当時、あの日は偶然母に連れられて市街から離れてたんだが、そのお陰でよぉく見えたもんだ。……空に高々と上がるあの雲がな」
その後は推して知るべし、か。子供ながらにというよりも、子供だからこそ強烈に脳裏に焼き付いてしまったんだろうな。
「それから放射線だか何だかで早々にくたばっちまったもんだが、突然気ぃついたら国王が住んでる城の従者と来たもんだ。あん時は本っ当におっどろいたもんだ」
「あ、それ私も覚えあります。私もちょっと色々あって死んじゃったんですけど、不思議な事に目を覚ましたら『エルマ』っていう女の子になってたんですよ。まぁそちらと違って私はお気楽な庶民でしたけどね」
「はぁそうなんか、いや不思議な事もあるもんだ。……死ぬ前は死後の世界はどんなもんかってのを馬鹿みてぇ考えてたけど、もしかしたら今も夢を見てるだけかもな」
「それにしてはあんまりにも現実味があり過ぎますけどね」
「ハッハッハ! そりゃそうだ!」
それから何て事の無い他愛の無い話ばっかりだったけど、うん、とても楽しかった。特に年号が変わった話だとか、コンパクトな携帯の話だとかは目をむいて驚いていたしね。
「いや未来の話は面白いな。それに……平和そうで何よりだ」
「そう、ですね。決して良い事ばかりでは無いですしいざこざも絶えないですけど、それでも昔を考えたら平和です」
「人間生きてる以上何かしらあるもんだ。それでもそうだと思えるなら幸せってな」
コンコン。「──失礼します、アルバイン様がお呼びです」
あっともう時間切れか。まだ話したかったけどこればっかりはどうしようもない、三人も待たせている訳だし。
「じゃあロクサダさん、私はこれで失礼します」
「あぁ。……っとそうださっきからずっとあんたの事を『あんた』呼ばわりしてたけど、本当の名前。聞いても良いか?」
本当の名前……エルマじゃない私だった頃の名前か。
「新堂茜です」
「新堂茜か。ハッハ、良い名だ。また会えると良いな」
「そうですね。その時はまた色々お話しましょう」
「おう、頼むわ」
また会えるかな。また会えると良いな。それ位久し振りに同郷の人と話すのは楽しかった。




