47 血を代償に
「ふ~ん。レダ達も色々あったんだ」
予定通り妖精亭に泊まり込んで早三日。アルバインさんからの連絡も教団員のちょっかいも何も無く案外平和に過ごしていた。ただ一つ違ったのはフェリスさんが所用とやら居なかったんだけど、宿のロビーで偶然鉢合わせたので色々お話をという事でお茶に興じている。
「『達も』って事はフェリスの方でも何かあったのかい?」
「厳密にはアタシって訳じゃないけどね。レダ達がここを離れてじきにさぁ、何か知らないけど迷惑教団の馬鹿共がやけに活発に動くようになったんだよね。その最たるものが『ノレドの大穴』への襲撃事件って感じ」
ノレドの大穴……確か迷惑教団にとって神聖な土地とか何とかって話だったっけ。でもそこって国が管理していて誰も近づけさせないようになっているって聞いたけど、それを襲撃したって事はやっぱり……何かがある?
「襲撃事件? 三日程前からヴェイパのお偉いさんと一緒に居たがそんな話一つも聞かなかったぞ」
そういえばそうだ、軍の上の方に位置するアルバインさんがそんな重大な事件を知らない筈が無い。まぁ敢えて言わなかった線もあり得るけど。
「だってこの話を聞いたのもその辺りだったし。で、折角だし自分も一目見てやろうと思って少し宿を離れてたの」
あぁ、所用ってそういう事。野次馬根性が凄いというか何と言うか、良くも悪くも飛べるって便利だわ。
「実際何かありましたか?」
「……」
「フェリス、さん?」
「ふ~んだ。あんたに教える義理は無いもんね~だ」
……まだレダさんの件で根に持っているのかこの人。って、あ。
「いい加減悪態付くのは止めなっていわなかったっけ?」
「ぁいったたた、ごめん、ごめんってばレダ! ァハァン……!」
レダさんの手の中でギリギリ圧迫されている筈なのに、何で毎度毎度頬を染めながら嬌声を上げるんだ。変態? 変態なの?
「ハァ……ゥゥン。えぇと何だっけ」
「襲撃事件が起きた場所、見て来たんでしょ?」
「あぁそうだった、それだ。地上の方には軍隊の連中がわんさか居たから流石に降りて見れなかったけど、襲撃があったのは多分間違いないよ。そこら中に死体が転がってたし」
「あの場所が奴らにとって神聖な土地であり、それが原因で度々いざこざがあったとは良く聞いたものだが……ここにきて武力衝突とは。連中何を企んでいる?」
「さぁてね。当時の守備隊は力押しで負けて一人残らず殺されたって話も聞くし、何がどうなったのやら」
……あの時ヴァイスさんはこう言った。『プルトン神復活に関する何かを見つけた』と。という事はつまり──
「迷惑教団の行動目的は常に一つだけ。って事はそこには血を流してでも得たい『何か』があったって事だろうねぇ」
レダさんの言う通り、発見した何かを回収しに来たと考えるのが筋だろう。大勢の命を使ってでも得たい何か……嫌な予感しかない。やれやれと溜め息を吐いていると、やけに慌てた様子の足音が入り口の方から聞こえてきた。誰だろう、ってあれは──
「──アルバインさん? 何をそんなに慌てているんですか?」
「あぁ良かった、まだ無事だったみたいだね」
「まだってどういう意味ですか」
「君達も知ってるんじゃない? 教団がつい最近しでかした事。本当はもう少しだけ推移を見極めたかったんだけど状況が状況だからね、こっちも動かなきゃならなくなった。と、言う事で今すぐ僕に付いて来てくれ」
「付いて来いって、何処に行くつもりなのさ」
「僕がこうして来たんだ、そんなの一つしかないよね」
いつ連絡があっても良いようにと心の準備をしてきたつもりだけど……まさかこんな急に王城に出向く羽目になるとは。アルバインさんに急かされ、いつものダラッとした服装のまま彼の背中を追っていく。あの大きな壁や門の前で立っている兵士達にジロジロ見られつつ、余韻に浸る間も無いまま門を潜り抜け早々に城の中へと連れていかれた。
別段出迎えを受けるでもなく歓待も無い。部屋だけは他の要人とかが使うからか無駄に豪奢だけど、もうちょっと何かあっても良かったのになぁって思うのは甘過ぎるかな?
「それにしても随分と急だったな。それに……今更だが俺達も付いてきて良かったんだろうか」
「僕が裏でちょちょいとやっといたから大丈夫。現に何にも言われなかったでしょ?」
「それはまぁそうだが……いざこうしてみるとやはり緊張するもんだ」
「ったくだらしないねぇディドは。そのでっかい身体は飾りかい?」
と言っているレダさんだけど、声がちょっとだけ変に上ずっているのは聞き逃さなかったよ。まぁ平生いくら悪口言おうがいざ本人に会うかと思えば緊張だってするよね。私だってもう心臓バックバクだし。……ん、誰か来た。
「アルバイン様、国王陛下のご準備が整いまして御座います」
「あぁ分かった。はてさて、どんな結果になる事やら」
所謂メイドさん的な人や警護兼監視役と思しき兵士幾人と共に長い廊下を歩く。足元を見れば掃除が大変そうなカーペットが一面に敷かれ、壁を見れば蝋燭ではない不思議な何かが光源となり明るく照らしている。やっぱり一国一城の主となると随分豪華な住まいだわ。私の知るお城とはちょっと趣が違うけど、これはこれで興味深い、どうせなら隅から隅まで探索出来れば良かったのに。
それから少しした後、案内役のメイドさんはとある一室の扉の前で足を止め「こちらで国王陛下がお待ちになっておられます」と頭を下げる。するとアルバインさんが「ここって会議室だよね? てっきり謁見の間に通されるものかと思ったけど」と不思議そうに眉を上げた。流石に私も王様なんてのに会うのは初めてだしそもそも異世界だから何とも言えないけど、まぁ確かに最初は普通謁見の間とかでご挨拶みたいなイメージあるわ。
でもメイドさんは「ここへお連れするようにとの主命ですので」の一点張り、しかもさっさと入れと言わんばかりの視線がそこら中から飛んでくる状況。いずれにせよ私達どころかアルバインさんですらどうこう言える立場にあるか怪しいので、少々訝しく思いながらもその会議室とやらに足を踏み入れた。
「あれが……国王陛下?」
部屋の奥、上座に座っている人の服装は確かに今までで一番派手で豪華だけど、正直な所馬子にも衣装感が半端ない。隣に立っている黒髪のおじさんの方がしっくり来るんじゃないかと思うくらい、しゃっきりしていない男の人だなぁ。あんまり良い印象を持たれないのもさもありなんって感じ。
「いかにも、私が国王を務めさせて頂いている当代ベルファイスです。以後お見知りおきを」
げっ!? ヤッバ声に出てた!? でもそれにしては物腰柔らかいというか腰が低いというか、見た目通りとも言えるけどとにかくお咎め無さそうで助かった。
「さてアルバイン殿。先だって要請のあったプルトン教団解体の件ですが、私としては前向きに考えております」
「ありがとうございます。ただ『私としては』とは、含みを感じますが何かおありでしょうか」
「えぇ。国内の人種問わず教団に所属せずともプルトン神を信仰している者は非常に多く、私の近辺も多分に漏れません。先日の事件を受けて確かに教団への批判が強まっておりますが、解体の勅令ともなるとどうしても及び腰にならざるを得ません」
「つまり批判がこちらに向くのは避けたい、と?」
「……私も愚かではありません。国政どころか私自身への批判が承知しています。ならばこそ教団の存在をこれ以上認める訳にはいかないという確固たる大義が欲しいのです」
……宗教絡みは慎重に慎重を重ねてなお慎重に過ぎないとずっと禍根が残るもんなぁ。私の世界でも現代までずっと続く根強い問題になっちゃってるし、それを何処まで理解しているかはともかく、弱腰でパッとしない感じでも案外為政者としての素質は持ち合わせているのだろう。大昔の内乱で唯一日和った貴族の家という汚名はその実、機を見るに聡い血筋だったのかもしれない。




