46 行きは悪いが帰りは良い良い
「あれ? アルバインさん何でここに。もしかしてお見送りですか?」
地平線から漸く太陽が見えたかなって位の早朝に、蒸気機関車に乗るべく発着場に来ていた。当然と言えば当然だし予想もしていたけど、何処を見渡しても軍服を着た人だらけなうえにクラートなんて持ってくればそりゃあもう珍妙な目で見られる事請け合いだよね。そんな視線を送る人の中で一際興味津々に近付いて来たのがアルバインさんだった。
「何でとはご挨拶だなぁ。ここは僕の管轄だよ? なら至って当然でしょ。それに僕も君の件に関してちょっとセントネルズまで行く必要が出来たからね」
「何だいそりゃ。ロクでもない要件だったらぶっ飛ばすよ」
「ちょっとちょっと、流石に他の皆が居る場所でその物言いはマズいって。一応僕も役付きなんだからさ、他に示しが付かないでしょ」
あぁ、うんまぁそうか。私達はそう感じないけど軍人からすれば上も上の存在、そんな人が何処の誰とも分からない人にギャーギャー言われているのを見たら良く思う筈ないよね。
「んぁ、そりゃあ……悪かったね。でもわざわざ付いてくる理由だけはここで聞いときたいんだけど」
「そうだな。お前さんが別の誰かにネタを売り払わんとも限らん」
「やれやれ、随分慎重と言うか疑り深いんだねぇ君達は。じゃあすぐに、と言いたい所だけどじきに出発の時間になる。詳しい事は車内で話そう」
結局はぐらかされた感は否めないにしても、打ち明けるつもりではあるっぽい。今はアルバインさんを信じ車内へ、虎穴に入らずんば何とやらだ。
これが蒸気機関車の中かぁ、とは言っても客室だから正直私の知る電車とそこまで違いがある訳でも無いんだけどね。それにしても思った以上に飾り気が無い。一応要人用なのか他の車両と違って完全に部屋として隔離されていて広々空間だし警護の人も居るけど、それ以外は目立った特徴も無い。勝手に夢を見過ぎたか。
「で、エルマの件とは何なんだい?」
客室に入るなりソファにどっかり座ったレダさんが問いただすと、「当然プルトン教団に関してさ」とさも当然のように答えるアルバインさん。
「教団? もしかして昨日言ってた『一案』とやらか」
ディドさんが顰め面をしながらそう言うと、アルバインさんもその通りと頷いた。一案、か。確かに昨日そんな事──うぉっとと、機関車がいきなり動き出した。んもう、合図とかしてくれても良いのにさ。さっさとどっかに座ろう。
「君達の推測通り教団の動きは益々苛烈になるだろう。あのヴァイスがあそこまで乱心する位なんだからね。しかし教団は縦よりも横の繋がりが非常に広く、適当に上の者を捕縛しても次が出てくるだけで効果的とは中々言い難い」
モグラ叩きより性質が悪いなぁ全く。
「ならばもっと上の人間に出張ってもらう必要があると考えた訳だ。そうすれば最終的に教団の解体もあり得るし、プルトン神の重大な何かとやらも大手を振って回収、ともすれば破棄も出来る」
確かに国で認められているのか黙認されているのかともかくとして、行動さえ制限出来れば何かと都合が良い。それに教団の拠り所はまず間違いなくプルトン神。それに由来する重大な何かさえこっちの手に渡ってしまえば、もう立ち直る気力すら無くせるだろう。でも上の人間って誰?
「ならあんたが動かそうとしてるその『上』って誰なのさ」
「今や国の中枢にすら教団員と目される者も居るから、生半な者ではむしろこちらの首を絞める事態になりかねない。となればいっそ一番天辺の者の方が良い。さぁ誰だと思う?」
「いや……一番天辺って」
「一人しか居ないだろ……」
「……まさか、国王!?」
「そのまさか、国王に勅令を出してもらう。『教団の活動を一切禁ずる』みたいにね」
まさかここに来て国王が出てくるとは……確かに強烈なのは間違いないけど、果たしてそんなに上手くいくのかな。
「随分簡単に言ってくれるけど、そんな目論見通りに行くのかい? そもそも会ってくれるかどうかさえ怪しいもんさ」
「流石にすぐにとはいかないだろうね。でも国王は教団の活動を疎んじてる節があるから、全く以て話を聞いてくれない状態にはならないと僕は踏んでるよ」
教団の動きは幾ら国王と言えども目を瞑るには余りあるって訳か。よっぽど嫌われているのもそうだけど、それでもなお執着するプルトン神ってそんなに凄いもんなの?
「そもそも何でそこまでプルトン神にこだわるんでしょうか。確かに自分達が信じる神が復活するかの瀬戸際となれば、過激になるのも全く理解出来ない訳ではないですけど……一体どんな事を夢見て神を復活させようとしているんでしょう?」
「……実はあの後もう少しだけヴァイスと話したんだけど、最大の目的が『浄化と救済』らしい」
「フン、まるで御伽噺の一節だ。まさか地を焼く極光の再現でもしたかったりしてな」
地を焼く極光……あぁ確か強欲な人間達に怒った神が、目も眩むような光で皆消し飛ばしたとか何とかって、昔お父さんから聞いたっけ。
「初めは僕もそう思ったんだけどね、流石に幻想が過ぎる。ただ、御伽噺に夢を見過ぎたにしては行動が具体的だし、万が一という事もあるからね。やはりここは教団の制圧と解体が最善だろう」
浄化と救済、か。神に救いを求めるのは何処も同じ、でもこれは……そんな簡単な話じゃない。もっとヤバい何かを感じる。
道中ちょっとしたトラブルがあったらしく修理で時間を取られたけど、セントネルズには概ね明朝位に到着した。エアコンなんて便利な物は無いから窓から入る風で涼を取り、食事も正直私達の食べている保存食に色を足した程度。それでも屋根があって一日位で着けるのなら大助かり。帰りも砂漠の上で焼かれるのはちょっとテンションが、ね。
「じゃあ僕は色々やる事があるからこれで失礼するよ。連絡先はさっき聞いた──えぇと」
「妖精の止まり木。妖精亭って言やぁ大抵通じる筈さ」
「あぁそうそれそれ。何か決まり次第そこに僕が行くよ」
「別に誰か使いでも送れば良いだろ」
「送ったとして君達はちゃんと信じてくれる?」
その言葉にレダさんとディドさんはうぅむと唸り黙ってしまう。まぁ未だにアルバインさんにすら猜疑心がある位だし、ともすれば今も何処かで教団の連中が聞き耳を立てている可能性すらある。手間でも来てくれるのなら有り難い申し出か。
「流石に蒸気機関車よりも早く情報が出回ってるとは思えないけど、ここにエルマ君が居る事はその内確実に知られる。ただ、だからといって何処かに引き籠るのも却って押し入りやすい状況を作ってしまう。とどのつまり適当に過ごしてくれたまえ」
適当にって言われてもねぇ、まぁここまで来ちゃったんだし暫くゆっくりでもしますか。お金も十分だしね。




