45 天啓に尽くし
「ヴァイス……降参してもらえるととても嬉しいんだけどな。いくら悪事を働いたとしても、痛々しい姿を見るのは流石に心苦しい」
「グゥッ……アルバイン様の寛大なお心は大変嬉しいです。が、しかし……もはや後に引けぬ身なればこそ、私の覚悟をどうかご理解頂きたい」
「……そうか。じゃあその辺りは遠慮なく尋問させてもらうよ」
「フッフッフ……何を勘違いしておられるのですか。まだ私は諦めた訳ではありません。『土よ来たれぇっ!』」
この期に及んで土魔法で何を……って、ちょっと待って待って! 壁に大穴が開いたかと思ったらめっちゃくちゃな大人数がこっちを睨んでいるんですけど!? これが正真正銘の切り札ってやつか。流石に多勢に無勢、レダさん達だけじゃ擦り潰されちゃう……何か手立ては。
「この人数に抗う術など無い。そちらこそ早々に降参した方が良い」
「フッ、まさか土魔法で小細工していたとは随分浅はかだったな。『土よ、来たれ』」
……あ、あ、あぁ~……ディドさんが土魔法でやり返したら大穴が完全に閉まっちゃったよ。まだ何人も壁の間を通ってたけどどうなっちゃったんだろう。いや……考えるのは止めておこう。壁から染み出してくる液体で想像はついちゃうけどね。
「ざぁんねんでしたぁ。折角の手駒もたったこれっぽっちじゃぁちょっと心許ないわねぇ。ま、どっちにしたってアルバインのが連れてきた軍の連中にぶっ殺されるだけだけど。で? まだ策はあんの?」
「いや、あったらあんな渋い顔はしてないさ。今度こそ、本当に終わりだよヴァイス」
こうして私を連れ去ったヴァイスさんを捕まえ万事解決やったね、とはいかない。拘束されたヴァイスさんは私が座っていた椅子にぐるぐる巻きに縛られ、ある意味意趣返し的な尋問が始まったのである。
「──さてエルマ君を拉致してヴァイスは、いやプルトン教団は何をしたかったんだい?」
「その前に何故アルバイン様はここが分かったのです。ここは広大な砂漠の中でも特に人目に付かない忘れられた場所だというのに」
あぁそれ私も知りたい。というかさっき話していた内容から察するに初めから容疑者っぽい感じだったけど、一体いつから怪しんでいたんだろう。
「僕はさ、父のように聡明でも優秀でも無い。それはヴァイスも知ってるだろ? そういう経緯から人を見る目位は自分でも何とかしようって常々思ってたんだよね。だからこそ、あの時のヴァイスは様子がおかしいという言葉じゃ済まない程異常だった。何かしでかすんじゃないかと思う位にはね」
「……成る程、最初から見透かされていたという訳ですか。ならばエルマ氏に護衛の一つでも付けておけば良いものを、何故されなかったのです?」
「怪しんでたのは事実だけど、明確な証拠がある訳でも無かったしね。だから僕はエルマ君の仲間と一芝居打ったのさ。早朝の蒸気機関車での出立というリミットを敢えて設け、考えさせる時間を制限したんだ。それで何も無ければそれで良し、晴れてセントネルズへ帰れる。もし何か行動を起こすとなれば限られた時間じゃ必ず計画も動きも粗が出る。そこにつけ込んだって訳」
「じゃあ何でレダさん達は教えてくれなかったんですか? 初めから知っていればもう少し心構えとか出来たかもしれないのに」
「ごめんねぇエルマ。こいつが下手に知らせて気取られると良くないって言うもんだからさぁ」
……うん、まぁ私ってお世辞にも演技が上手いとは言えないし理解出来ないって訳ではないけどさ。体よく餌の役割をさせられていたのはちょっと思う所があるよねぇって。
「というか良くアルバインさんの策に乗る気になりましたね」
「いや、言い訳にしかならんが初めは俺達も反対だった。そんな危険な賭けに出るのは御免だとな。しかし狙われるかもしれない可能性がある告げられた手前、ここでは逃げ果せたとしてもいつか同様に狙われるかもしれない。常に不安要素に頭を悩ませる位なら、種を摘み取るなりなんなりハッキリさせとくべくだと判断したんだ」
まぁ一理ある。この一件でプルトン教団の見境なさを実感しちゃったし、それこそ迷惑教団と呼ばれる所以を肌身で感じた訳だしね。
「まさかそこまで考えておられたとは思いもよりませんでした。アルバイン様、貴方はまさしく先代様の血を受け継いでおられますな」
「本当は平時の時に言って欲しかったよそれ。で、だ。プルトン教団はエルマ君に何をさせたかったんだい?」
最初は逡巡するように目を泳がせていたけど、やっぱり負い目を感じているのかポツポツと口にし始めた。
「私も詳しい事は存じませんが、プルトン神復活に際して重大な異物を発見したと教団員に情報が共有されました。しかし数多の鑑定士に試させても終ぞ結果が出ず早数年、教団員の間に焦燥感が蔓延する中現れたのが──」
──私だったって訳か。それにしては良くもまぁ今の今まで我慢していたもんだ。自分で言うのも何だけど噂の種なんかそこら中にバラ撒いていたようなものだし。
「一体いつ頃からエルマ氏の存在に気が付いたか定かでありませんが、少なくともここに向かう予定があるというのを掴んでいたのは間違いありません」
私の存在が噂になりそうで尚且つヴェイパに向かうつもりだと推測出来るようになるのは、どんなに早くてもクラートを乗り回すようになった後。聞き耳を立てていたのであれば……ネタが上がったのはセントネルズに着いてからって辺りか。
「セントネルズで行動を起こす事も出来たでしょうが、流石に国王の膝元で騒ぎを起こすのは成否の面から見てもよろしくないと憚られ、いずれにせよ私の居るヴェイパに向かうのであればそこで事を起こせば良いとなったのです」
結果だけ見れば見事飛んで火に居る何とやらってか。最初にアルバインさんに助言したのも召し抱えよと言ったのも、全てはプルトン神の核心に迫る何かの為、か。
「話は概ね理解した。根幹にプルトン神、ひいては教団の意向が強くあった事もね。でもだからといってヴァイスを赦す訳にはいかない」
「当然でございます。罪は罪、例え誰であろうと等しく罰せられなければなりません」
「……普通なら、ね。僕はほら、ただの凡愚だし? ヴァイスの罪が少しでも軽くなるんなら弁護でもいくらでもやるし……また傍らに戻ってくるのを待ってるよ」
「……! 御意のままに……」
う~ん良い話で感動的、主従とはかくありきって感じだね。……あれ、良い話で済んで良いのか? まだ根本的に解決してないよね。
「あんたら二人で盛り上がってると悪いんだけどさ、教団がエルマを狙ってるのはまだ変わってないんじゃないの? 根っこからぶった切らないと駄目じゃない?」
そこだよねぇ、ここで失敗したとなればいよいよ形振り構わなくなる可能性だってあるしさ。でも根っこって一体何か、そもそもあるのか。教団っていまいち規模とか組織形態とか分からないから何とも言い難い。
「それに関しては僕に一案ある。安心して、とは軽々に言えないけど頭を悩ませるのはそれからでも遅くないと思うよ」
「レダ。いずれにせよ俺達ではどうにもならん事もある。ここはあいつを利用した方がマシだろ」
「んなこた分かってるさ。しょうがない、もう一回あんたの手の内で踊ってやるかねぇ」
「そういうのは本人に聞こえないよう小さな声でやって欲しかったなぁ。まぁそれもこれもセントネルズに行ってからだし、君達はもう一泊何処かで済ませてもらいたい。今度はこっちも護衛を出すからさ。明朝は今度こそ蒸気機関車で出立出来るよう、各々準備を万全にね」
うちに泊まっていけば、と言わない辺りちゃっかりしているというか何と言うか。まぁ良いか、機関車に乗れるんなら。
その後、ヴァイスさんを始めとした教団員は拘束されたまま何処かに連れていかれ、私達も後を追うように洞窟から出ると外はもう夕焼け色。まさかこんなに長く居たとは正直思ってもみなかった。ヴァイスさんが忘れられた場所と言うだけあって帰り道も結構厳しく、少なくとも一目でヴェイパが望めない程度には距離があるみたい。揃って疲れの溜まったような顔をしながら帰路をひたすら歩いていると、「そういやさ」とレダさんが話しかけてきた。
「何であの時銃の弾が出なかったんだい? お陰で助かったけどさ、何か細工でもしてたの?」
「あぁあれですか。実はあの時弾が入ってなかったんです」
「へっ? そりゃまた何でさ」
「万が一盗人に盗られても大丈夫なように、寝てる時だけ弾を抜いて別の場所に保管しているんです。えぇと、ほらこれ」
実は服の裏側に隠しポッケが縫い付けられているから、そこに入れておいたんだよね。今の今まで用心の為とはいえ正直面倒くさくなっていたけど、万が一って本当に起きるもんだね全く。
「ただ……あの日結構浮ついていたから弾を本当に抜いていたか、自分でも確信が持てなかったんですよね。だから賭けに出たんですけど……まさかレダさんがあんな行動に出るとは想定外でした」
「そりゃまぁあたしのエルマに何かあっちゃ死んでも死にきれないしねぇ。それに、あたしはエルマの事信じてたから何て事無かったけどね」
「その割にさっき『お陰で助かった』なぁんて言ってましたよ?」
「そりゃあれさ、言葉のあやってやつ?」
んもう、調子がいいんだから。まぁ良いや、皆無事で何よりだしね。さっさと宿に戻って寝よう。
ちなみにその日の夜は、レダさんが当然の権利の如く私の部屋に居付き、抱き枕の如く私を抱えながら熟睡していた。本人曰く「護衛の為」とか言ってたけど半分位嘘だ、もう半分は単にこうしたかっただけに決まっている。……あぁ柔らか苦しいなぁもう。フヒ。




