43 悲願
──チッ、仲間は散り散りでガスも空、おまけに履帯もガタガタときたもんだ。どうすんですかい車長、このままこいつん中で籠城戦でも決め込むつもりで?
──いや、後方の部隊と合流する。どの道俺らだけじゃ足止め食らわせる程度しか出来ん。こんな敵地のど真ん中で英雄ごっこなんぞしてられるかってんだ。
──へぇ、意外ですね。俺ぁてっきり徹底抗戦だ~なんて言うもんかとヒヤヒヤしてたもんですが。
──ハッ、下らん。そんなのは本国のプロパガンダフィルムだけで十分だ。それよりお前ら荷物を纏めろ。さっさとここを離れるぞ。
──へいへい。ところでこいつはどうします? 処分してかなくて良いんですか?
──したいのは山々だがそんなのに時間を割く余裕も無いし下手に気取られるのもマズい、遺憾だが放っておく。まぁガスも無ければ履帯だって外れてんだ。連中も易々お持ち帰りとはならんだろ。
──後続と合流出来れば回収するチャンスもある、か。残っていればの話だが。
──そういう事だ。余計なお喋りはそこまでにしろ、それもこれも合流出来なければクソの役にもにもならん。
……ん、何か顔がくすぐったい……それにモチモチ柔らかな感触が後頭部に……
「あっエルマ起きた?」
「レダ……さん?」
「やぁこんなんなるの結構久し振りだからさぁ、ちょっとドキッとしちゃったよ。でもまともそうで一安心だ」
……あぁそうか。意識を持っていかれる程の代物を鑑定したのってここ最近無かったからなぁ。かくいう私もうっかりしてた位だし。兎にも角にもアレが地獄巡りの最中じゃなくて本当に良かった。記憶に触れた感じ当然と言えば当然だけど現役バリバリだったみたいだし。
「鑑定士は精神を壊される事がある……知識では漠然と知ってたけれど、心の何処かではそんなまさかと思ってた。実際に目の当たりにすると……いやはや驚愕であり一抹の恐怖を覚えたよ。異物を呼び覚ますのがここまで危険なのか、とね」
「アルバインさん……」
若干イラっとするニヤケ面は現状鳴りを潜め、真剣な面持ちであの異物、戦車と向き合っている。多分アルバインさんの言葉に嘘は無いと思う。でもそれ以上に何者も口を閉ざしてしまうような威圧感がこの鉄の塊から出ているような気がしてならない。かくいう知識として知ってて尚且つ現物でないにしろ写真とかで見た事がある私でさえ、いざ目の前のそれを見ればゾワッとする。
理由はどうあれ結果だけ見ればこの兵器を世に放ったのは間違いなく私だ。遠い未来私はどんな風に歴史に名を刻んでしまうんだろうね。そんな事を考えているせいか、ちょっとナーバスな気分になっていた私なんだけど、意外な人が突然興奮しだしたせいで一気に吹き飛んでしまう。
「……素晴らしい! まさかこの異物を鑑定出来る者が現れようとは!」
「え、ヴァイスさんってあんなにはしゃぐ人だったんだ」
私がちょっと引き気味に驚いていると、それ以上に困惑しているらしくアルバインさんが「いやまさか……僕が生まれてからずっと見てきたがこんなヴァイスを見たのは初めてだ」と呟く。
「ヴァイス、何故そこまで興奮してるんだい?」
「我が父、さらに祖父と代々アルバイン家に仕えてきた者なればこの異物の鑑定はまさに悲願なのです。興奮せずに居られる筈がありません!」
「いやそれは理解出来るが……」
口ぶりから察するに、この異物はヴァイスさんの祖父の代には既に発見されていたのか。ヴァイスさんの反応も分からないでもない、なんせ何十年の開かずの金庫を漸く開けたみたいなものだし。でも何と言うか……反応というべきか雰囲気というべきか、ちょっと異常にも見える。だからこそアルバインさんも困惑しているんだろうし。
「かつて数多の鑑定士が挑みながらも成し遂げられなかった偉業を、この者はやってのけたのです! 場末で放っておくには実に惜しい逸材、是非ともアルバイン家で召し抱えては如何でしょう!」
はぁ!? この人いきなり何言ってんの!? 冗談じゃない、誰かのペットになるなんて死んでも御免だ!
「ちょっともう話が滅茶苦茶になってますよ!?」
「あぁ、エルマ君の言う通りだ。確かに逸材で興味深いのは僕も認める所はあるが、いくら何でも性急過ぎる。ヴァイスが興奮してるのは分かったら少し落ち着いた方が良い」
「それと一応言っておきますけど、誰かに仕えるのなんて私は断固拒否します。私はレダさんやディドさんと旅をするのが何だかんだ楽しいんですから。邪魔をしてもらったら困ります」
……いっそはっきり断ってやろうと強く言ってやったけど、違った方向で困った事になっちゃったなぁ。
「あぁんエルマがそう言ってくれるなら、あたしもずぅっと一緒にいてやるんだから。って事で下手に手を出そうもんなら例え相手が軍だろうとぶっ殺すよ」
「まぁ、あまり事を荒立てるのは得策とは言えんが俺も同感だ。エルマをくれてやる訳にはいかん」
う~ん余計に話が拗れてしまったぞこれ。というかレダさんがギュウギュウ抱きしめてくるからく、苦しい……お胸はとても柔らかいけど窒息して死ぬぅ……
「まぁ二人共、後ヴァイスもいい加減落ち着いてくれ。僕は人に無理強いしない主義だ、それを踏まえて敢えて今一度聞くけどエルマ君はそのつもりが無いって事で良いんだよね? もし仮にその気があるのであれば応えてあげるし、旅で危険な思いをするよりも遥かに優雅な暮らしが出来るよ。それを蹴ってでも君はこの二人を選ぶんだね?」
……そう言われるとほんの少しだけ揺らいじゃうのが人の性というか何というか。えぇい一度決めちゃったんだし今更引いたら恰好が付かないでしょうが!
「はい。そのつもりです」
「だ、そうだヴァイス。お前が僕の為を……いや、うん、まぁ良い。僕の為を思って言ってくれたのは嬉しいけど、この話はもう一切なしだ、聞き分けてくれるな?」
はて、アルバインさんが少し逡巡したような気がするけど気のせいか?
「……はい。承知致しました。皆々様お騒がせして申し訳ありません」
そう謝罪の言葉を述べながら深々と頭を下げるヴァイスさんに、多分二人もそうだけど少なくとも私は怪訝な思いを抱きつつ軽い会釈で返した。あのあまりの変貌ぶり、何となく悲願が叶った以外の何かがあるような気がするんだよなぁ。
「はいはいこの話はお終い、外に戻ろう」
パンパンと手を叩くアルバインさんに促され、私達は元来た道を進み先程通された部屋に戻ってきた。その間も何処となく感じる視線では何か、ヴァイスさんは一番先頭な筈なのに何故かそっちの方から感じていた。口ではあぁ言ってたけどやっぱり内心穏やかじゃないんだろうなぁ。
「急なお願いを快諾し、かつ最高の成果を得られたのは感謝するより他ない。ありがとうエルマ君」
快諾した覚えは全く無いけどね。まぁ……さっきヴァイスさんも言ってたけど悲願を叶える一助が出来たのは悪い気しないけどさ。
「ときに君達はこれからどうするんだい?」
「まぁ余計な事があったけど、結果的に見るもん見れたし早々にセントネルズに戻るよ。万が一でもドンパチ始まって巻き込まれるなんてたまったもんじゃないからねぇ」
「結局噂の真偽は何とも言えない感じでしたけど」
「あぁ噂って隣国との戦争がどうこうってやつ? それなら可能性は全くゼロじゃないね。もう知ってると思うけど」
やっぱりそうなっちゃうか。ほんのちょっとだけあり得ないって否定して欲しかったけど、でも私の言う噂はそれともう一つ。
「なんでもその情報の出どころを誰も知らないから、単なる噂に踊らされてるんじゃないかって。街の誰かが言ってたみたいですよ」
「へぇ……?」
あ、ヤバ。言っちゃマズかったかも。
「はてさて誰がそんな事を言ってたのか気になるけど、確かにその噂が何故ここまで広まってしまったのか僕も知らないし疑問だったんだよね。そもそも秘匿情報横流しに端を発したならここから先に流れる筈も無いし、情報通の商人連中だってそんな負の噂を軽々に流布すれば自分達の商売に影響が出る。事実今だって色々やり辛くて仕方ない筈だ」
あれま、後で口の軽い犯人捜しなんか始まらなきゃ良いけど。まぁそれは置いといて、だ。確かに何でここまで噂が広まる羽目になったんだろ。秘匿情報流出だってそうだ、そんな国の信用に関わるレベルの物が簡単に外に漏れる筈が無い。普通は内々に秘密にしておくものだ。
万が一何かの拍子で外に漏れたとしても、それを知るのはセントネルズの住人かもしくはここ。にも関わらずセントネルズで噂の出どころ云々の話は一つも聞かなかった、となればヴェイパの誰か、情報通の商人が疑われるのは当然だろう。でもさ、今もアルバインさんが言ったけどそんな事をする利が全く無い。ただの愉快犯なのか、それとも……
「ま、今更とやかく言ったって事態が変わる訳でもないし適当に流しとこうか。それよりも君達って宿はあるんだよね?」
「まぁ今日引き払っちゃったけどこんな状況だ、選り取り見取りってもんさ」
「エルフ族の君は皮肉がきついなぁ。じゃあもう一日だけ待ってくれない? そうしたら僕の伝手で蒸気機関車に乗せてもらえるよう手配するよ」
「ほ、本当ですか!?」
「う~ん、清々しいまでの食いつきぶりだねエルマ君。今回の依頼に置ける報酬はまた後で渡すけど、それとは別に僅かばかりの気持ちって事でね」
やった! 権力万歳! 一回乗って見たかったんだよねぇ。
「と、いう訳で僕は手続きやら何やらがあるから失礼するよ」
「はい、お願いします」
手をひらひらさせながら退室しようとしたアルバインさんはふと何かを思い出したかのようにピタリと止まる。「っとそうだ、そこのエルフ族の君とゴレム族の君。報酬を渡したいから付いてきてくれるかな?」と振り返りながら告げると、レダさんが「何であたしらだけ」と訝しそうに返す。
「まぁまぁ。エルマ君はさっきの鑑定で疲れてるだろうしさ、先に宿に返した方が良いだろう?」
「ん……まぁ、一理あるか。じゃあエルマ、同じ宿に行っておもう一泊の手配頼める?」
「大丈夫です」
そんな訳でアルバインさんはレダさんとディドさん、それにヴァイスさんを伴って一足先に退室。私も後を追うように部屋から離れ、お世話になったダルトンさんの宿に戻った。




