40 虎穴に入らずんば
「ところでダストンさん、さっき他の客なんか来ないっていってましたけど、どういう意味ですか?」
「どうもこうもあるか、そのまんまの意味だ。連中何のつもりだか知らんがここに大量の兵隊置きやがって、お陰で商売あがったりだ」
「……? 隣国と戦争になるかもって噂を聞いてますけど違うんですか?」
「あぁ、外じゃそんな噂が流れてるらしいな。けど実際の所は違うみたいだが」
「みたい、とは?」
「その噂どころか情報の出どころを誰も知らないって話だ。だから俺達は単なる噂に踊らされてるんじゃないかってな」
いやいや、幾ら何でもそんな馬鹿な話……だって一国の軍隊を動かしているんだよ? 手間も掛かれば金も掛かるのに、そんな中途半端な情報で軍隊を動かしちゃう程上の人達って頭悪いの? というかそもそもダストンさんは何でそんな事知っているんだろ。
「ダストンさんは何故そんな事知っているんですか?」
「たまたま酒場で酒かっ食らってたら、泥酔したのか知らんが軍服の奴がそんな事言ってたのを聞いただけだ」
って事は情報としてはちょっと信憑性に欠けるか? いくら泥酔してたって言っても軍人がそんな情報流すかな。
「要するに、国は勿論住んでる連中も出どころ不明の噂に踊らされてるって事かい? お上の考える事なんざ知ったこっちゃ無いけど、いくら何でもそりゃおかしいって」
「それに隣国も軍備を整えているんだろ? ならこちらが準備する理由としては十分な気もするが」
「知らねぇよそんなの。たまたま聞いただけなんだからよ」
隣国が軍備を整えているからその為にこちらも準備をというのは、私も筋が通っていると思う。だからこそ不確かな情報で軍が動いているという噂が軍隊内で流れる事がどうにも腑に落ちない。大義名分としては十分な筈なのに。
「ちなみに他の一般客とかは居たりしないんですか?」
「ここ最近はさっぱりだ。商人連中も軍が常駐してるとこなんざ面倒で敵わんってんで、余程の事が無い限り寄りつきもしねぇよ。冒険者も然りだ」
「でも隣国との交易自体はまだやっているんですね」
「まぁそれが連中の商売だしな。詳しく知らんから何とも言えんが」
噂でも戦争になるかもって言われている隣国と交易なんてするかね? しかもお隣さんって大国なんでしょ? 尚更こちらと交易する理由なんか無いような気がするけど。
その後、私達はダストンさんの宿に泊まり一夜を明かした。のは良いんだけど……何かの工場だか知らないけど、外からずぅっと音がしてて寝苦しいったら無かったっての。全く、この世界の労働基準どうなってんの? そんな文句をグチグチ言いながら外で軽く朝食をとりながら、今日の行動について二人と話し合っている。
「まず前提として長居はしない方が良いね。昨日の話で余計訳が分からなくなっちまったし」
「あぁ、状況にもよるが今日中には街から出たいところではあるな」
正直私としては勿体無いと思う部分があるんだけど、どんな理由があるにせよ軍隊が動いている以上のんびり観光と洒落込む訳にもいかなそうだしね。という訳で本日の行動目標はちょっと街の中を見て回ってそのまま退散、長居は無用って感じに決まりましたとさ。
それから予定通り街の中を見て回っているんだけど、いやはや閑古鳥が鳴くってまさにこんな感じなんだろうね。やっているんだかいないんだか分からないお店ばかりだ。それもこれも……この人達のせいなのかね。
「……何処を見ても軍服みたいなのを着た人ばかりですね」
「だねぇ。本来ここらは土産物を売ってる筈なんだけど、余程連中を客として見たくないらしい」
「この国の軍人って嫌われているんでしょうかね」
「軍隊ってのは基本金食い虫だから歓迎は中々されないもんだけど、やっぱここまで街に影響を与えたとなると心情的にそうなるんじゃない?」
「成程ぉ。ところであの工場みたいのって何なんでしょう?」
「あたしらがここに来た時にはまだ無かったからねぇ。ディドは何か知ってる?」
「いや、知らんな。ただ鉱物のような匂いがするから鍛冶とかその辺りだと思うが、工房にしては大き過ぎる。となれば蒸気機械の工場じゃないか?」
確かにあれはもう工業と呼べる代物だ。幾つもの煙突から煙が立ち込めているし、何と言うかこう男子が好きそうな感じがある。「何を作っているんだろう」と呟いた直後、「知りたい?」と聞き慣れない男の声が私達の正面から聞こえてきた。
「知りたかったら特別にご招待してあげても良いんだけど、どうだい?」
恐らく陽でこんがり焼けたであろう茶色い肌に整った金髪と顔立ち、まぁ要するにイケメンが白い歯を存分に見せつけながら笑顔で近付いてくる。いや……興味はあるよ? でもどう見ても怪しすぎでしょ。誰が付いていくかっての。
「ちょい待ち。それ以上近付かないで欲しいんだけどねぇ、色男さん?」
「あ、もしかして警戒してる?」
「これでホイホイ付いていくなんて、余程頭が軽いか尻が軽いかのどっちかさ」
「あぁ確かに、これは失礼。流石は冒険者といった所かな?」
「……! これはどういうつもり?」
男がスッと手を上げると、何処からともなく軍人がワラワラと沸いて出てきてあっという間に私達を取り囲む。……初めからこういうつもりだったって訳か。
「大事な客人に手荒な真似はしたくない。素直に招待を受けてくれると僕としても有り難いんだけど、どうかな」
涼し気な顔で良く言うよ。相手がどういうつもりか知らないけど、いざとなったらこの銃で──
「──おっと、そんな物騒な物人に向けないで欲しいなぁ」
「……今、何て言いました?」
「だからぁ、そんな物騒な物人に向けたら危ないでしょって。もし間違って引き金引いちゃったらどうするのさ」
この人……銃を知っている!? 何で!?
「何でって顔してるね。知りたかったらどうすれば良いか、聡明な異物鑑定士の君なら分かるんじゃない?」
私が異物鑑定士である事まで知っているなんて……という事はこの人の目的は私、か。……ハァ、レダさんすっごく怒るだろうなぁ。
「……分かりました、貴方に付いていけば良いんですね?」
「お、ようやくその気になってくれた?」
「ちょっ、エルマ! 自分が何言ってるか分かって──」
「──分かっています。……ただし付いていくに辺り条件があります」
「うん、言ってごらん?」
「二人には絶対に手を出さないでください」
「エルマ……」
相手が武装した軍人となれば流石に二人でも分が悪すぎる。これが最善の手段なんだ。二人はあからさまに不服そうに噛み締めているけど、きっと分かってくれる筈。
「別にそれは良いけど、二人も一緒にくれば良いと思うんだけど?」
「……え?」
「というか、もしかして僕を傲慢な人攫いか何かと勘違いしてない?」
……違うの? 何が何やら全くさっぱりだけど、どうやらあっちにも事情があるらしい。手段こそ強引で苛立ちもしたけど、まぁ二人一緒ならひとまず良しとしよう。
「じゃあお前の目的は何だ。そもそも一体誰なんだお前は」
ディドさんが男を睨みつけながら質問すると、眉をハの字にしながら「異物鑑定士ってあたりを付けてる以上、目的なんて一つしかないと思うけどね。それに、国の軍を動かせるんだ。つまりはそういう事さ」と告げる。
まぁ異物鑑定士に対する目的なんて一つしか無いのは、不本意ながら同意する。でも国軍を動かせるって事は、余程上の人間か、それとも上から言われて来たのか。どっちなのかで身の振り方も変わる。
「取り敢えず、付いていけば説明してくれるんですよね」
「勿論。他の誰でも無い君の助力が欲しいからね、相応の待遇は約束する」
他の誰でも無い、ねぇ。このニヤケ面が微妙に腹立つこの男は私の何処まで知っているんだか。とにもかくにも付いていけば分かるんなら行くしかない。虎穴に入らずんばって奴よ。




