4 初めての魔法
「よぉしエルマ、準備は済んだか?」
「うん、言われた通りの物は準備したから多分大丈夫。でも一応確認して?」
「おう。じゃあ袋を開けな」
恐らく動物の皮で作られたであろう肩掛け袋の中には遺跡探索に必要な明かり、ランタンに種火用の火打石。後は小さなスコップやら万が一の時のナイフ、それと母が用意してくれたお弁当と水筒が入っている。どんな規模の遺跡かは見てみなきゃ分からないけど、まぁ割りと軽装だしそんなに過酷じゃないと思う。多分。
「良し、じゃあ今日はこれを被ってな」
父が被せたのは多分鉄製のヘルメット。私も通学の時にヘルメットを被った事があるけど、それと比較にならない位重い。本当にまるっきり鉄が詰まってるんだろう。
「ん、結構重いねこれ」
「まぁな、だからいつもは嫌がって被って無かったんだ。……その結果お前に怪我をさせたと思えば俺も甘過ぎた」
ふむ、エルマも私と同じく無駄に行動力があったみたいで、何となく親近感が湧く。もし顔を合わせて出会えたら、きっと素敵な友達になれたのかも。
叶わぬ妄想を繰り広げながら、私は父の後に付いて玄関を出ようとすると後ろから声を掛けられた。
「エルマ、もう一回言うけど間違っても無茶はしないようにね」
「うん、ありがとうお母さん。絶対に無事に戻って来るから、安心して」
「それで安心出来たらいつも苦労しないんだけどねぇ」
頬に手を当てながらハァと溜め息を吐く母に、私は苦笑しながら手を振って扉を閉じた。う~ん、あの反応を見るにエルマも大分やんちゃだったみたい。益々私そっくりでもう変な笑いが込み上げそう。
「お~い、行くぞ~」
「ちょっと待って~、お父さん早過ぎ~!」
ほんの少し呼び止められただけにも関わらず、父はもう結構離れて居た。見た目通り体力はとんでもないようだけど、正直若干引いている。というか仮にもお目付け役なんだから置いて行かないで欲しいもんだけど。
さて、どうやら私達の家は集落の端にあるらしくちょっと歩いたらすぐに木々に囲まれてしまった。一応その遺跡とやらには頻繁に出向いているらしく、さながら獣道のようになっているのだが置いて行かれたらそのまま遭難する事間違い無し。
これは覚悟を決めて付いて行かなきゃと腹を括っていたんだけど……意外と付いて行けてるのよね。いつもの私ならこんな速さで山道を進めば10分も持たずにギブアップしそうなもんだけど……恐るべし15歳の肉体。それともエルマが特別鍛えられているから? どちらにしてもそこまで苦労せずに付いて行けそう。
それからおよそ一時間位? 時計が無いから分からないけど気分的にはそれ位歩いたと思う。
「お父さん、あとどれ位?」
「あぁ、もうじきだ。っと言った傍からほら、あれが入り口だ」
父がそう言いながら身体を避けると、私の目の前に突如石畳が現れる。かなり苔が繁茂しているけど、ふむ、石積みの遺跡でしかも概ね規格あるように見えるって事は、それなりに高度な石切り技術があったのかな?
「お~い、突然走り出さないでくれ。ビックリするだろ?」
……ハッ!? 立派な遺跡を目の当りにしたらつい身体が勝手に。いかんいかん無茶はするなと釘を刺されているのに入り口でこうも興奮してしまうとは……遺跡恐るべし。
「ごめんなさいお父さん。でも早く行こう! 何か今日は無性に早く行きたい」
「待て待て、まずは明かりを準備しないと」
おっとこれはうっかり。確かに明かりが無ければまともに探索どころか進むのも無理だ。とは言っても私、火打石なんて使った事無いんだけど、エルマの記憶で何とかなるのかなぁ? ってあれ、普通こういうのって種火を作るのに草とかいるんじゃないの? まぁ聞いてみれば分かるか。
「ねぇお父さん──」
「──エルマ、魔法頼めるか?」
……はて、私の聞き間違いだろうか。今随分とファンタジックな単語が飛び出たような気がするんだけど。
「ごめんお父さん、今なんて言ったの?」
「うん? 魔法を頼みたいんだが」
……マジ? 魔法? 正直あんまり考えないようにしていたけど、私ってやっぱりそういうファンタジックな何かに巻き込まれちゃってるの? いや確かにいの一番から違和感半端無かったけど……まさかここまでとは思ってなかった。
「エルマ、どうしたボーっとして。まさか頭を打って魔法の使い方が分からなくなったのか?」
うん、エルマの記憶を漁ってもその辺りが全然出てこない。ここは一つ乗っかる事にしよう。
「ごめんなさいお父さん、良く分からないから一から教えてくれる?」
「そうだな。なに、そんなに気に病む事は無いぞ? コツさえ掴めばエルマもすぐに出来るさ」
まさか遺跡に入る前に魔法の講習が始まるなんてね、どうやらこの人生本当に一筋縄じゃいかないみたい。それはともかく、父に言われて火打石を打ってるけどどうするんだろ。経験無しの私でも一応エルマの身体が覚えているらしく火花は散ってるけど。
首を傾げながら観察していると、しゃがみながら一呼吸整えた父が火花の散る火打石に手のひらをかざす。すると──
『──火よ、来たれ』
はて、何処かで聞いたようなフレーズが。あぁそうだ、今朝トイレで父が呟いていた気がするけど、一体……いぃ!?
私はもうこれでもかと目を剥いた。何故なら今、小さな火の玉がフヨフヨと宙を漂っているだから、科学全盛の私にとってはもはやマジックの域。しかも種も仕掛けも無いとくれば尻もちの一つや二つ平気で付く。
魔法の力で生まれたらしい火の玉は、そのままフヨフヨと動き父のランタンへと吸い込まれ中の蝋燭に灯った。
「お父さん、何がどうしてそうなったの!?」
「おぉ、俺もあんまり魔法に詳しく無いんだが、どうやら俺達には見えない精霊ってもんがそこら中にいるらしい」
精霊とはこれまた実にファンタジックな単語が出て来たけど、何かもう驚き過ぎて何処で驚けば良いか分からなくなってきた。
「で、さっきみたいに『火よ、来たれ』って唱えると何処からともなく精霊が現れて、自分のイメージした感じに結果が起こるって訳だ」
「へぇ~じゃあ何で火打石が必要なの? 魔法で火を起こせるならそれで良いじゃない」
「いや、実際は魔法で火を起こしている訳じゃ無い。これはあくまで火打石の火花を精霊によって増幅させ、大きくしただけだ。いわば呼び水的な奴で、何も無い所で唱えても何も起きないぞ」
「へぇ~。それで魔法ってその増幅? しか出来ないの?」
「いや他にも例えばこの火を分裂させる事が出来るぞ。折角だしエルマも魔法でやってみろ」
って言われても、はいそうですかと出来る気がしないんですけど。
「良いか、まずはイメージするんだ。この火が分裂する様を頭に浮かべる」
まぁ出来るか分からないけどやってみよう。これこそ経験無くして糧にならなさそうだし。まずは目を瞑って……えぇと何々? まずは頭にイメージを思い浮かべる。妄想するのは大得意だから、その辺りは多分問題無い。
「イメージ出来たら呪文を唱える『火よ、来たれ』」
『火よ……来たれ』
正直魔法自体まだ半信半疑なんだけど出来たかな? まぁそう上手くいかないだろう……って出来てる!? ランタンの中で火の玉が宙に浮いてるんですけど!? は~……魔法凄い。エルマ凄い。超が付く程ド素人の私が一発で出来ちゃうなんて、余程身体に染みついていたんだろうね。
「おぉ、なんだ出来るじゃないか。ほら、そのまま自分のランタンに火を付けるイメージをするんだ」
「う、うん。分かった」
イメージ、イメージ。すると父が二つのランタンを開けた途端火の玉がスーッと移動し、そのまま私のランタンを灯した。……まさか本当に出来ちゃうなんてね。
「よしよし上出来だ。意外とすんなり出来たな」
「うん、きっかけさえあればね。それはそうとお父さん、私まだ色々と記憶が曖昧みたいだからもっと何でも教えてね」
「おう任せろ。この遺跡は俺の庭みたいなもんだからな、道すがら色々教えて回ろう」
……その庭の中でエルマは怪我したのか、気の毒に。まぁとにもかくにもこれで遺跡の中に入れる訳だし、エルマが何で怪我をしたのか思い出せる、かな?
人類にとってとうの昔に踏んだであろう一歩だけど、私にとってこれは、今までのどんな経験よりも偉大な一歩になるだろう。そんな事を思いながら、私は父の背中を追っていく。