39 都市の中へ
「これが蒸気都市ヴェイパ……」
街は高い外壁に囲われていて中まで見通せず、どちらかと言えば城塞都市って名乗った方が良いんじゃないかなって思ったり思わなかったり。だってセントネルズのあれみたいな既視感あるし。
まぁそんな事はどうでも良いとして、早速中に入りたいんだけどさっきレダさんが言っていた通り入り口には番兵が仁王立ち。それもセントネルズの時と比べると雰囲気が違う、ちょっとピリついているというか何と言うか。重要拠点なのは違い無さそうにしても、仮にも国主が居る都市の方が緩く感じるってどうなんだろうね。
「お前ら止まれ。中に入りたくば入市税を徴収させてもらう。無ければさっさと立ち去れ」
やはりこういう職務だと舐められたら困るからか、若干高圧的に感じる。レダさんも「へいへい。払うけどさ、もう少し愛想良くしても罰は当たらないんじゃないかねぇ」と面と向かって番兵に愚痴るくらいだし。
「フン、余計なお世話だ。それで、お前らはここへ何しに来た?」
「単に後学の為に見たいってこの子が言ったもんだからそうしただけさ。子供の割に大したもんだろう?」
こど……何で急に私を子供扱い? 問いただそうとレダさんに顔を向けたらウィンクされただけではぐらかせれるし……まぁ多分何かしら意図があるんだろうけどさ。
「ふむ確かに。子供の頃から色んな学に触れるのは悪い事じゃない。が、下手にうろつかないよう手綱を握っておく事だ」
「分かってるって」
案外すんなり信じた番兵に見送られ、私達は晴れて街の中へ。……あれ、結構すんなり入れちゃったけど? 隣国との戦争間近でキナ臭いだの何だのって話の筈なのに。
「意外と普通に入れましたね。と言うか何でさっき私を子供扱いしたんですか?」
「あぁいう場合は理由が無いってよりも、当たり障りの無い理由をこじつけた方がすんなりいくもんだからね。下手に嘘ついてバレようもんなら面倒だし」
あぁ~……まぁ確かに『何となく見たかった』よりも『勉学の為』と子供をダシに使った方が御しやすい、のかなぁ? いまいち私にはその感覚が分からないし、そもそも嘘ついてるし。私子供じゃないっての。
「私を子供に仕立てたのは嘘つきでは」
「いやいや、あたしから見れば十分子供さ。エルマ『ちゃん?』」
う~んこの屁理屈、そりゃ普通のヒトよりも長く生きるレダさんと比べれば私なんか子供だろうけどさ。まぁ良いや、深く考えないようにしよう。それよりも……えぇい鬱陶しいなぁ。さっきからポンポンと子供扱いするように頭を撫でて、いい加減にしなさいっての。
「ちょっと、その手どかしてくれないと怒りますよ?」
「おぉ怖い怖い。とまぁ何はともあれ街に入った訳だし、色々見て回るのは明日にするとして先に宿を探さないと」
「なら昔使った事のある宿に行ってみるか。今もあるかは知らんが、全く知らない場所に泊まるよりいくらかマシだろう」
そういえばこの二人は昔ここに来た事があるとか何とか言ってたっけ。という訳でディドさんの後を付いて街中を進んでいく。砂漠のど真ん中にある街って浮かぶのはラスベガスとかドバイとか、有名どころしか出てこないけど実際あれらって整備されているから、そういう意味では砂漠の中とは言えないのかな?
というのも今歩いている街並みが意外と立派なんだよね。砂漠特有の風に負けないような強い作りになってるみたいだし、往来の殆どが軍属っぽい感じを除けば人も多い。この都市一番の目玉であろう何かの蒸気機械の施設も観光名所として抜群に目を引く。足元が砂地で微妙に歩きづらいのと、おっそろしく暑い点にさえ目を瞑れば案外面白いのかも。
「っと、確かここだったな」
「あぁ~、あったあった。いや懐かしいねぇ、このボロッちい見た目」
どうやら見つけたらしくレダさんテンションがちょっと上がってる。見た目は、うん……言葉通りボロい。廃墟とまでは行かないけど、少し前まで使っていた安宿のグレードをもう少し下げた感じかな。
「ず……随分年季が入った建物ですね」
「まぁ見た目はね。中に入ればきっと驚くよ」
「はぁ……?」
はて、レダさんはそう言っているけど何のことやらさっぱり。まぁ言われた通り入ってみるか、って……おぉ!?
「何か……中と外のギャップ凄くないですか?」
「どう? 驚いたでしょ」
得意気な笑顔を浮かべるレダさんはともかく、中は案外というかとても綺麗。高そうな調度品にガラス細工に包まれた灯りの数々、下手したらセントネルズで泊まった妖精亭よりも豪華かも。
「おい、ダストン居ないのか?」
ディドさんが誰も居ないカウンターで誰かを呼びつけている。多分ここの主人的な人かな。っと、噂をすれば……ってこれはまた中々とんでもないのが出てきたもんだ。
「うるせぇな。宿なら他を当たれ軍人……んん? 違うのか。つぅかどっかで見た事ある面してんな」
「あぁ。以前、と言ってもかなり前だが一度泊まった事がある」
「名前は? もしかしたら帳簿に残ってるかもしれねぇ」
「俺はディド、あっちのダークエルフがレダ」
「ちょっと待ってろ」
そう言うと宿の主人、確かダストンとか言ってたっけ。後ろの棚から色々引っ張り出しながら探し物を始めた。ただね……言っちゃ悪いのは分かっているんだけど、ディドさんより一回りくらい大きい白髪の老人が帳簿を捲る姿は想像以上にシュールに感じる。
「レダさん、もしかしなくてもあの人ってゴレム族ですか?」
「もしかしなくてもディドと同じゴレム族だね。確かもう十年も二十年も前だったっけか、いやぁ懐かしいねぇ。あのダストンっての最初っから見た目通りの老いぼれだったのに、……何でひとっつも変わってないんだ?」
レダさんも首を傾げる程見た目に変化が無いらしい。何か昔吸血鬼は歳をとらないみたいなの聞いた事あるけど、流石に吸血鬼はファンタジーが過ぎるか。
「ディドにレダ、二十二年前の帳簿に名前があったぞ」
二十二年前……レダさん達ってそんな昔から旅をしていたんだ。というかそんな昔の帳簿が残っているなんて何気に凄いな。
「で、お前ら何しに来たんだ」
「宿泊が目的に決まってるだろ。晩飯の買い出しに来たように見えるか?」
「んな事聞いてねぇよ馬鹿。俺が言いてぇのは何でここに来たかって事だ。見たところお前らまだ旅続けてんだろ? ならここの噂、知らねぇ筈がねぇだろうが」
「その噂とやらもここに理由の一つだ」
あんまり和やかな雰囲気とは言い難い状況になりつつあるけど、頭をボリボリと掻き思案に耽ったダストンさんは「付いてきな」と奥の部屋へと消えていく。
「どうするレダ」
「どうするもこうするも無いさ。何があるにしろ招き入れてくれるってんなら受けようじゃないの」
という訳でディドさんを先頭、レダさんが後方、そして私が挟まれる形でいざ奥の部屋へと入っていく。この先に何が待ち構えているのかと気を揉んだのも束の間、奥の部屋は案外普通というかゴレム族用にベッドが大きいだけの文字通りただの部屋。強いて言えば生活感溢れる小汚さなので客室って感じでは無いかな。
「適当に座れ。さて、何から話したもんか」
「待て待て、何だいきなり。そもそも何を話そうとしてる」
するとダストンさんが「何ってここで何が起きてるのか知りてぇんだろ? なら話してやろうってんだ」と告げる。これには私もビックリだしレダさんやディドさんも怪訝とか困惑とかそんな感じの表情を浮かべている。いや話が早いのは良いんだよ? でも流石にちょっといきなりが過ぎるんじゃないのって。
「細けぇ事つべこべ言ってねぇで適当に座れ」
「……宿は放っておいて良いのか?」
「どうせ客なんぞ来やしねぇんだ」
実際現地の人から生の情報を得られるのは疑問等々全て差っ引いても大きい。半ば強引に押し切られる形となった訳だけど、ここは素直に従おうと皆の心が一致したのである。




