38 目前
セントネルズを発ってから早七日が経過、確か鉄道なら大体一日位だったかな? それ位で往復出来るらしいからかなり遅い進行具合になっている。まぁこっちはあっちと違って整備された場所を通っている訳ではないし、道すがら遺跡を探索しているから時間が掛かるのは当然と言えば当然、むしろ想定の範囲内。
とはいえ私達には食料という絶対的な制限があるので、いつまでものんびりゆっくりしている訳にもいかないのが正直な所。これまでの道中みたいに広大な草原に野兎が、なんて状況が砂漠にある筈も無いし、こんな過酷な環境に住み着いている動物だってとても強か。純粋な腕っぷしだったり切れ者だったり様々らしいけど、少なくとも好んで狩ろうという気には二人共ならないみたい。あ、ちなみに水は意外と何とかなっている、魔法様々だよね本当に。
とまぁそんな諸事情の影響で目標が『道すがら遺跡を探索しながら目的地に到達』から『目的地へ可及的速やかに到達する事』にシフトしていた次第。いつもよりバリバリ進んでいると、進行方向の先に何か煙のような何かが立ち上がっているのにふと気が付き、目を細めたり擦ったりした。
「レダさんレダさん、この先に煙みたいなのが見えるんですけど火事ですかね?」
「ん~? こんな場所で火事なんて起きる筈……」
荷台からモゾモゾと身体を起こしてそのまま立ち上がると、「おぉおぉ……!」と何処か喜色ばんだ声色を上げながら一点に視線を向ける。はて、何か面白い物でも見つけたのかな。
「何を見つけたんですか?」
「ん~ふっふぅ、おやおやエルマ。随分と察しが悪いみたいだねぇ。こんな草木の無い場所じゃ自然発火なんてする訳ない、でも煙が上がっているって事は?」
「……誰かしらが意図的にやっている」
「そ。つまり人が居るって事さ。もっと言えばこれだけ進んで先に人気がある場所と言えば
?」
「……まさか」
「そのまさかさ」
フフフと笑うレダさんをよそに丘陵の砂山の天辺へアクセルを回す。「ぅわったったぁ!」との声と共に変な音が聞こえたような気がしたけど、まぁ気にしない。今は先の光景を見るのが一番! エンジンを鳴り響かせ砂埃を高く舞い上げ少々強引ながら丘の頂上に到着、そして眼前に広がる景色に「おぉ……」と思わず声を上げた。
「本当に……あったんだ」
別に疑っていた訳では無いんだけど、いざ自分の目で見るとそういう気分になる。まだ小さく見えるから距離はあるにしても、もうもうと立ち上がる煙の根元には確かに町がある。朧気にしか知らなかったそれが確かにこの先にあり、この旅の目的地がいよいよとなれば否が応でも気持ちが昂り、身も震える。……よぉし! あと少し、気合い入れて行きますかね。
そう意気込み新たにした矢先に頭の上に何か感触が、このしっとりもちもち感ある手はレダさんかな? んもう、折角良い感じに気合入ってたのに腰折らないで欲しいもんよね。
「どうかしましたかレダさん……って」
後ろを振り返るとそこには頭を摩りながら笑顔を湛えるレダさんの姿が。しかも痛みを堪えているらしく、随分と笑顔が引きつっていて控えめに言って……怖い。
「エ~ル~マ~? 速度を上げる時は必ず先に言ってって言ったよねぇ? お陰であたしの頭に立派なたんこぶが出来ちまった訳だけど、何か申し開きはあるかい?」
「……はい、ありません。ひとえに私の浅慮が原因ですはい」
「何か言うこと、あるよね?」
「ほんっとうに、ごめんなさい!」
勢い良く頭を下げると、誠意が伝わったのかレダさんが手を私の両肩に乗せた。表情も先程とは違い随分と柔らかい笑みに変わっている。許してくれたのかな、と思ったのも束の間「次やったら拳骨だかんね!」と唇をへの字にしながら私の頬をこれでもかと思い切り抓る。
「いひゃいいひゃい! わはりまひは、わはりまひははらゆるひへふはは~い!」
「ほんっとに全くもう、いきなり突っ走るのは悪い癖だから治したほう良いよ?」
「はひ、善処します……」
ジンジン痛む頬を撫でながらちらりとミラーに移る顔を見てみると、おたふくのようにぷっくり赤くなっていた。いやうん、危険な事をしたのは分かるから悪いと素直に認めるけど、中々どうして自分の性格って治せないものなのよ。そもそも治せていたなら私はここに居ないっていうね。
そんなこんなで色々すったもんだした後、再びクラートを駆り蒸気都市を目指した。近付けば近付く程分かる煙の大きさと量は煮炊きは当然ながら、セントネルズで見かけたどの鍛冶屋よりも桁違い。かつての産業革命かくありきと胸をときめかせると同時に、所謂環境破壊的なものが進んでいくんだろうなと何となく感傷を抱いた。科学の発展に犠牲はつきものとは良く言ったものだよね、誰が言ったか知らないけど。
「さぁてエルマ、もう少し行った所に一本木が生えてるの見える? そこに行って欲しいんだけどさ」
レダさんが指指したのは進行方向からすこし右にずれた小さな枯れ木があるだけで、他にこれといった物があるように見えないけど取り合えず言われた通りにしておこう。
「あれですか? 良いですけど何かあるんです?」
「セントネルズの時はあいつが居たから街の中まで引っ張ってったけどさ、ここにゃそういう伝手が無いしねぇ。街の様子も分からないんじゃこれで乗り込むのもちょっとあれなもんだから、手間でも少し離れた位置に隠してった方が面倒は避けられるだろうって話さ」
あぁ成程。実際色々小細工してセントネルズの中に持ち込んだ時も少なからず視線を感じていたし、安全策を取るのは私も賛成だ。
「ディド、あんたもそれで文句無いだろ? というか聞いてたんだろうね?」
「あぁ珍しく起きていたからな。俺も文句無いが日が暮れる前にさっさとやった方が良い。誰かに見られるのは考えにくいが、下手に暗くなってからだと逆に目立つ事もある」
木を隠すなら森の中……ちょっと違うか。まぁあ私の元居た世界でも暗くなった頃に出歩く人を見るとちょっとドキッとする事もあったし、そういうのと同じ感じか。まぁそんなのはどうでも良いとして。レダさんが指定した場所に到着してすぐに、いつもと同じように準備を済ませてクラートを砂の中に埋めて隠した。何回もやっていれば流石に慣れたものだわ。
「さぁて二人共、忘れ物は無い?」
「多分ありません」
「同じく」
「もしあったらいちいちここに戻って来なきゃいけないからね、その分人目に付くから極力それは無しだよ」
「もし何かあったら……その時はその時考えましょう」
「ま、それもそうだ。んじゃま街に行ってみるとしますか」
おぉと意気揚々に腕を上げるでもなく存外淡白に移動を開始。陽も準備とかしている内に結構傾いていて、空も薄暗い色に変わっている。日没までには何とかって感じか。というかさ、そもそも私達みたいなごく一般人が普通に入れるのかね、あそこって軍事拠点にもなっているみたいだけど。
「ところでレダさん、街の中って普通に入れるんですか?」
「変な事にさえなってなきゃ入れるよ。ほら、セントネルズに入る時門番に金払ってたでしょ?」
「あれって単に口止め料じゃないんですか?」
「勿論それもあるけど本来は所謂入市税なのさ。あたしらみたいな根無し草の旅人はそれを払う事によって、その場所限定で身分証明が出来るって訳さ」
つまり身元保証を金で買っているって事か。正直それってどうなのって感じがすんごいするけど……まぁそれで成り立っているならとやかく言う筋も無い、か。変なもやもやを抱えたままでよろしくないと思いつつ、街への距離を詰めていく。




