35 砂漠に突入
「あ~ぁ、もう少し長居しておけば良かったかなぁ」
六日間の優雅な休暇を終えた私達は、なるべくクラートを人目に付けない為に早朝から出立し街を離れた。まだ見ぬ新境地に胸が躍っているのは紛れもない事実だけど……いざこうしてミラーに写る街を見るとちょっと勿体無い気がしてくるのはきっと人の性だろう。
「もしなんだったら戻っても良いんだよ?」
荷台に乗っているレダさんが私の頬を突っつきながらフヒヒと笑っている。ちょっと止めてよ、そんな事言われたら引き返したくなっちゃうじゃん。
「……あんまり決意をブレさせるような事言わないでくださいよ」
「ん~? あたしは一向に構わないけどねぇ。とは言っても宿賃も飯代もかさんでくから、そろっと稼がなきゃいけないってもんさ」
「まぁ……そうですよね。お金結構使っちゃいましたもんね」
宿代はともかくとしてもレダさんとディドさんは飲み代が尋常じゃないし、私も割とお風呂で使っちゃったから意外とお財布の中身が寂しくなっていた。……ハァ、貧乏暇なしとは良く言ったもんだよ全く。
「そういえば本当に良かったんですか? わざわざ線路から離れちゃって」
「大丈夫だって安心しなよ。あたしもディドもヴェイパに行った事あるから滞りなく道案内してみせるさ」
今はまだ砂漠地帯では無いから街道っぽくなっているけど、いつかきっと辿り着く。そうなれば目印となる線路に伝って行けば安全なのはレダさんとしても百も承知。にも関わらずこうしてこっちの道を選んだのは、遺跡を巡って異物を探す目的が一つ、そしてもう一つが人目に付かない為。
当然の事ながら線路は非常に重要な為至る所に物見櫓が立っているらしく、そんな所をクラートなんかで走っていれば嫌でも目について厄介事になるのは目に見えているから。でも行き先が砂漠の先っていうのはどうにも……心配になるよね。そもそも私砂漠なんか行った事無いし。
と、進んでいく内に後ろから二人分のいびきが聞こえ始め、羨ましいなぁとか思いながらひた走る事三時間位。日差しも徐々にきつくなってきたのもそうなんだけど、何だかやけに地面がサラサラの砂に変わって来た。これはいよいよ来たか。
「レダさん、ちょっと起きてください」
一旦クラートを停めてレダさんを起こすと、「うぅん……む。どうかした?」と寝惚け眼を擦りながら大きく背筋を伸ばす。……ここまでぐっすり出来るとは、本当に羨ましい。
「大分地面が砂っぽくなってきましたよ」
「う~ん? おぉほんとだ、こりゃサウラ砂漠地帯に入ったね。となりゃ、ほらディド起きな。いつまでも寝てんじゃないよ」
荷台から降りたレダさんがディドさんの頭をペシペシと文字通り叩き起こす。正直どの口が言ってんだかと思ったのは胸にしまっておこう。
「……む、朝早かったからつい寝てしまったか」
「ったく、エルマが眠い目擦ってまで運転してくれてたってのに呑気なもんだよ。分かったらさっさと荷車から降りな」
うん、ど~の口が言ってんだかって感じ。まぁ良いけどさ、正直人に運転を任すのっておっかないし。ディドさんはそもそも運転席に入らないから除外するにしても、レダさんに運転を教えて任せようなんて、そこまで心臓が強くないよ私。
そんな愚痴を脳内で浮かべながらストレッチする事およそ十分ちょっと。どうしたって同じような姿勢になっちゃうから身体が凝るのでほぐしていると、ずっと聞こえていたガチャガチャという作業音がいつの間にか止んでいた。お、終わったかな?
「終わったみたいですね」
「あぁバッチリだ。これで荷車も砂漠を行けるだろう」
うむと満足気に頷くディドさんの目線には、改造、というより変形の方が正しいのかな? どっちでも良いか。それより車輪は外されて車体外部に固定され、下部にはさながらスキー板を大きくしたような物が二枚骨組みと共に取り付けられている。
というのも戦車みたいなキャタピラが付いているクラートなら砂漠も平気だとしても、荷車だと車輪が埋まってその内走行不可能になるだろうって懸念が前々からあった。その為変態スケベ爺のドレーフさんに改造してもらい、砂上でも走破出来る仕組みにしてもらったのである。
ちなみに発案者はディドさんとレダさんで、なんでも以前ヴェイパに行った時こういう物を使っている隊商を見かけたとかなんとか。まぁ超ざっくり言うと犬ぞりだね。
「じゃあ最初はゆっくり行きますんで何かあったら早めに言ってくださいね」
「分かった。俺も砂漠で置き去りなんざ願い下げだからな」
作業の為に外していた鎖を再び取り付けディドさんも乗った所で、いざ砂漠だ!
ちょっと前輪のタイヤが埋まる感じがしないでも無いけど、キャタピラが付いているからなんのそのと結構スイスイ進んでくれている。それに荷車も予定通りの働きが出来ているらしく、ミラーに写る景色もひとまず支障無い。
「いやぁ歩いて砂漠越えなんてってちょっと思ってたけど、こりゃあ快適だ。良い拾いもんしたってつくづく実感するよ」
「そうですね、これがあるだけで凄い楽になりました。ただ排気熱が気になりますけどね」
「ま、それ位我慢ってもんさ」
排気熱で余計に暑さを感じるのはこの際私も我慢する。でもこの熱で何処かに異常を来したなんて事態になればとってもヤバい、こんな楽を一度味わってしまったらもう元に戻れるか分かったもんじゃない。運転技能はまだクラートに残っていた記憶で何とかなったけど、修理となると殆ど無理。
修理に関する記憶も僅かにあるっちゃあるけど、まともな工具も無ければ代替部品も無い。壊れたらそのままご臨終とせざるを得ないと思う。まぁヴェイパに行けばもしかしたら希望もあるかも……そこまで引っ張っていく労力に目を瞑ればね。
「やっぱり砂漠ってだけあって何処を見ても何にもありませんね」
「ぱっと見はね。実際の所砂の下に遺跡が眠ってるってのも珍しくないよ」
「へぇ~、だからさっきからキョロキョロしているんですか?」
「そういう事。砂漠って今こんなに暑いにも関わらず夜は結構冷えたりするから、出来るだけ遺跡の中で夜を越したいのさ」
あぁそう言えば聞いた事あるかも。確か砂漠って遮る物が無いから暑くなりやすいし冷えやすいとかだったかな。私は運転に集中しなきゃいけないから、その辺りは後ろの二人に任せよう。
うだるような暑さに頑張って耐え、何度も水分補給を繰り返すながら進む事数時間弱。無意識に「あっづぅ……」と唸っていると不意にレダさんが肩を叩いて来た。
「どうしましたぁ?」
「エルマ、あれ見える?」
「あれぇ?」
レダさんが右前方を指差したので私も目を凝らしながらそっちに視線を向ける。すると砂色の地面の一部がぽっかりと穴が開いているかのように黒くなっていた。あれって遺跡の入り口だよね? って事は……日陰に入れる!
「行くんですよね、行くんですよね!?」
「そりゃ勿論、あんまりお日様の下に居るもんじゃないし今日は──」
「──よぉし、ぶっ飛ばすぞぉ!」
熱気で低下していた思考が一気に遺跡へと振り切った私は、レダさんの話も程々に砂を思い切り巻き上げながらクラートを走らせる。こんな炎天下、もう嫌だってのよ。
「は~着いた。じゃあ早速中に……って何でレダさん達そんなフニャフニャになっているんですか?」
運転席から降りてレダさん達に目を向けると、何故かげんなりした様子で縁にもたれ掛かっている。はて、何かあった? もしかして私と同じで暑さに参っているとか?
「ちょ、ちょっとエルマ……スピード出す時はちゃんと言ってもらわないとさ……死ぬかと思ったよ」
そんな大げさなと思ったけど、よくよく考えたらこんなスピード出す事まず無いから慣れてないとこうなるか。
「あぁごめんなさい、でもスリルがあって意外と楽しかったんじゃないですか?」
「冗談……緊急時以外願い下げだってぇの」
降りて早々仕返しと言わんばかりに私の頬をムニムニと揉みしだくレダさんに次いで、ディドさんもやれやれと空を仰ぐ。
「二人共遊んでないで手伝え」
そう言いながらディドさんが荷車から取り出したのは、動物の皮を加工した大きな布。見てくれこそ継ぎ接ぎだらけで悪いもののとにかく頑丈、これを取り出したって事はクラートを中に持ち込まないという事だろう。
「やっぱり中には乗って行かないんですね」
「中に何が待ち受けているか分かったもんじゃないからな。重さに耐え切れなくて崩れ落ちたりしたら一大事だし、何よりこいつから出るガスが臭いから狭い場所では控えたい」
そっか、そうだよね。乗り物として見れば馬車よりも小さいけど、こっちは鉄の塊だから当然重い。遺跡内部だって大抵石畳か締まった土な訳で、こんな重量物が通る事を想定しているか甚だ怪しいもんね。
という訳でクラートと荷車は布で覆われ、ディドさんが魔法で砂の中へと埋めた。セントネルズでやったのと同じ、まぁあの時は人目に付かないようにっていうのが一番だったけど、今回は防犯の為に。盗むような人がそもそも居るか分からないにしても、用心するに越した事はない。




