34 決断は自分の意思で
……翌日、案の定二日酔いになったので一日中寝ていたので何にもありません。強いて言うならいつも通りしこたま飲んだレダさんの様子はまるで変わらず、ディドさんもしれっとしていた位です、はい。……あぁ気持ち悪い。
という訳で三日目を棒に振り、もうそろそろ次の予定を決めなきゃなぁと思い始めた四日目。その打ち合わせも兼ねて我々三人と、何故か乱入して来たフェリスさんも混じって朝から酒場に入り浸っている。
「ヴェイパの今現在ってどうなんでしょう」
「客から聞いた話だと良くは無いね」
「客、という事は行き来自体は出来るんですね?」
「そりゃまぁ特別制限が掛かっている訳じゃないし。でも砂漠越え自体結構キツいし、そもそもこの時期は魔物狩りの方が実りが多い。となりゃ遺跡狙いで砂漠を旅する奴、もっと言えばヴェイパに行く奴なんか余程の物好きだ」
「あっちからここに来る人は居ないんですか?」
「あんまり居ないね。そもそもの始まりが行商人が休憩で使うような単なるオアシス地帯だったから定住してた奴自体ほぼ居ない。それに加えて蒸気都市と銘打ってても実質軍事拠点みたいなもんになってるらしいから尚更近寄りがたい雰囲気になっちまったって訳。ちなみに蒸気都市って基本はこっちからの輸送で保ってるってらしいんだが、少し前まで何日か休みもあった機関車も今じゃひっきりなしで動いているせいか、こりゃいよいよおっ始まるんじゃないかって噂も出て来る始末さ」
昔は大規模な隊商がヴェイパに物資を輸送していたようだが、今は機関車がその任を受けている。その為若干の空白期間があったとしても輸送自体は定期的に行なわれている。しかしながらその輸送がひっきりなしともなれば、何かしら理由があるのはちょっと考えれば誰にでも分かってしまう。真偽はともかく、様々な噂が飛び交うのも無理は無い。
「でも実際本当に隣国との戦争なんて起きるのかねぇ。まだ壁の中に居る金持ち連中に動きは無いんだろ?」
「うん、近くに住んでる仲間も音沙汰が無いって言ってた」
チビチビとジョッキの中身を飲みながら話すレダさんに、フェリスさんも「そこが不思議なんだよね」と腕を組みながらヒラヒラ舞う。
「……? 何が不思議なんですか?」
「だってあの金持ち連中の先祖って、大昔の内乱で金だけ持って逃げてたような連中ばっかりだって話だし。なら子孫だって同じようになって良い筈でしょ? まぁ田舎もんのアンタにゃ分からないか」
フフンと得意気に鼻を鳴らすフェリスさんは置いておくとして、確かに理屈は分からないでもない。でも戦火から逃げたいと思うのは金持ちとか関係無いと思うけどね、私だって巻き込まれるの嫌だし。逃げて済むならそうするべきだと思うよ。
「なら隣国との行商はどうだ? もし本当に始まるなら国営民間問わずしていられないだろ」
「あぁ~どうなんだろ、そんな上等な連中との付き合いなんて無いから分からないや」
ディドさんの疑問に肩を竦めながら答えるフェリスさん。う~ん……私の知っている戦争も始まりを見れば貿易の締め出しとかだから考えられなくも無い。でもあれと比較するには状況が違う。経済の発展の為とは思えないし、この国は自活出来ている。
ちなみに聞く所によると隣国はこの国よりも遥かに広く、農業地帯や鉱石資源等あらゆる面で文字通り次元が違うレベルだそうで、領土拡張を目指すかつての帝国主義でも無ければそれこそ攻め込む理由が無い。戦争にはお金も掛かるし痛みも伴う、そこまでしてこの国に攻め込むうま味があるのか、正直私も分からない。
「……王様から何かしら発表があれば、多少すっきりするんですけどね」
「無理無理。歴史を後ろ盾にして惰性でやってる連中がそこまで気が効くか怪しいもんだわ」
フェリスさんに鼻で笑われたけど、仮にも国王、しかも大昔自身の先祖達が決めた事の筈なのに結構不躾なものだ。ここまで民衆の信頼が薄いのに国の体裁が保っているのは、現代のヒトによる部分が大きいからなのか、それとも亜人が事なかれ主義に変わったのか。まぁどっちにしたって私には関係無いし、今はヴェイパに行くか否か、そっちの方が重要な訳で。
「ヴェイパに行くのってアンタの提案なんでしょ? ならハッキリ言うけど現状とてもじゃないけどオススメしないよ。噂を確かめに行くにしたってもどんな危険があるか分かったもんじゃない」
「心配、してくれるんですか?」
随分お優しくなってもので……って、いったぁい! いきなり鼻を蹴っ飛ばさないでよ!
「だぁれがアンタの心配してるって言ったのよ! アンタが行くって言ったら絶対レダ達も付いて行くって言うに決まってるから、敢えて教えてやったのよ!」
はぁ……さいですか。そう言いながら私の目の前でビシッと指を指しているフェリスさんは、あえなくレダさんに片手で鷲掴みされ締め上げられている。
「こぉらフェリス、暴力はいけないんじゃない?」
「だって、もしレダ達に何かあったら困るし……ハァん……!」
何で締め上げられているのに嬌声が出て来るのだろう……フェリスさんって予想以上にヤバい嗜好の持ち主なのか……? まぁそれはさておきフェリスさんは間違った事を言っていない。私が行くと決めればきっと二人も付いてくるだろう。もし二人の身に何かあったら……私はどう償えば良いのか。正直背負うには余りにも重すぎる。
「エルマ、あんたちょっと勘違いしてるみたいだね」
手で口を押えながら悩んでいると、レダさんが唐突にそんな事を言ってきた。……勘違いって、何を?
「どういう意味です?」
「いっちばん最初に聞いたよね、何処に向かっているのかってさ。そしたらエルマはヴェイパに行くと言った。危険かもと十分教えたつもりだけど、その上でエルマとあたしらは行くと決めた。あとは覚悟を決めて自分のケツを引っ叩くだけさ」
「それはそうですけど、状況が変われば判断も変わります。それに私の我が儘でレダさん達を危険に晒す訳には……あイタっ」
ゴニョゴニョと話していると、レダさんが身を乗り出し私の額目掛けてデコピンを勢い良く放った。どうやらウジウジしているのが気に入らなかったらしく、唇への字に曲げている。
「それこそ勘違いだよ。あたしらは自分の意思でエルマに付いて来たんだ、心配されるのも悪かないけどエルマに心配される程落ちぶれちゃいないっての」
「とは言うが機を伺うのも立派な手段だ、一旦止めて他を見て回るのも良い。何処へでも付き合うぞ」
ちょっと口が悪いレダさんと別の道を模索してくれるディドさん。……何だかんだ文句があっても、頼もしい仲間だよ本当。二人もこう言ってくれているんだから、私も自分のケツ叩かないと!
「……良し、決めました! ヴェイパに行きます!」
テーブルをバンと叩きながら声高に宣言すると、レダさんがヒュウと口笛を吹き、ディドさんがフッと目を閉じながら微笑んでいる。ただ一人フェリスさんだけ開いた口が塞がらないみたいな様子で一瞬固まったあと、レダさんの手を振りほどいて私の正面に飛んで来た。
「ちょ、今のって行かない感じの流れじゃないの!?」
「い~え、決めました。行きます、行って何が起きているのか確かめてきます」
「あぁもう、これだからヒトは馬鹿だからヤなのよ! ちょっとレダ達も黙ってないで何か言ってやってよ!」
「アハハ無理無理。エルマがそう決めたんならあたしらも付いて行くし」
とてもあっさり風味で告げると、フラフラと漂いながらテーブルへとへたり込む。……結構口は悪いけどやっぱり心配しているんだろうな、と若干の罪悪感が生まれたのも束の間、フェリスさんのギラリと光る眼がこっちに向いた瞬間勢い良く飛び立ち、私の顎目掛けて思い切り突撃をかましてくれやがりました。
「ぐほぁ……」
「ちょっとフェリス、いくらあんたでも本気で怒るよ」
「……フンだ、さっさとこのチビ助とどっか行っちゃえ!」
手で押さえながら痛みを我慢している私を尻目に、フェリスさんはそのままカウンターの方へ身を隠してしまった。暴力に訴えるのは良くないけど、レダさんが私を選んだのが余程こたえたんだと思う。
「ったくフェリスの奴あとで説教してやらないと」
「……いや、止めておきましょうレダさん。きっとフェリスさんも寂しいんだと思います」
するとレダさんも渋々ながら承諾してくれたようで「やれやれ」と肩を竦める。どんなに歳を取っても寂しさを操れるなんてことは多分無いからね。今はそっとしておくに限る。
兎にも角にも私達は改めてヴェイパに向かう決意を固めた。砂漠越えともなれば今までよりも遥かに厳しい旅路となるだろう。それでも、まだ見ぬ異物と蒸気都市を思うと何となく楽しみである。




