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異物鑑定士  作者: くらげ
31/51

31 散歩の終わりといつかの終わり

「今でこそ亜人は世界中で見かけるようになったんだが、当時は研究していたこの国のみの存在だった。まぁ実際は内偵でバレていたんだろうが、驚異になり得るのか誰もが静観を決め込んでいたんだろうね。そんな時亜人が内乱で国を滅ぼしてしまう、その事実を砂漠の隣国が知れば次は我が身かもしれないと黙ってる訳にもいかなくなる」


「あんまり良い発想じゃないと思うんですけど、この国を滅ぼした亜人達なら例え隣国に攻め入られても何とかなったんじゃないんですか?」


 穏便に済むならそれが一番だけど、この状況下ならもう手遅れにしか聞こえない。当時の世界情勢はともかくとしても、隣国を滅ぼし自国の脅威の征伐となれば十分に大義名分となり得る。にも関わらず政治で解決したかった理由とは?


「力でぶつかるだけなら亜人の方が当然強い。でもヒトには数、物量という絶対的な力があった。いくらこの国に勝ったとしても犠牲だって勿論出ただろうし、それに砂漠の隣国はハッキリ言って大国だ。今でこそ関係が悪化してるがそれでも衝突に至って無いのは、攻めるのを好まない主義だからに過ぎない」


 ……情けを掛けてもらっているだけ、か。


「だからこそ当時の亜人達は隣国に向けて危害を加えるつもりは無いと誠意を示す必要があったんだけど、国を叩き潰した張本人が出向いた所で門前払いだろう。と、考えた結果たまたま一つだけ残った貴族の家を担ぎ上げ、敢えてヒトを王にして面倒な政治関係を丸投げにしたのさ」


 残っていたベルファイス家は事の顛末と惨状を知っているから首を縦に振るしか選択肢がなく、かつ亜人のご機嫌を取らなければ今度は自分達の番、傀儡政権を造ったのと同じじゃん。なぁにが奸智に長けてないだ、何処までが狙いなのか……天然にしても恐ろしいって。


「結果、元々大都市だったここを使った方が都合が良いってんで再びここで国を興し、事実上のトップの座にベルファイス家が座る事に。復興してく過程で貴族と奴隷の制度が廃止されたまでは良いんだけど、特需を求めて国王に擦り寄って来た金持ち連中は亜人を非常に恐れ、大して役に立たないにも関わらずあぁやって馬鹿みたいにデカい壁をおっ立てた名残なのさ」


 当時の金持ちの人達の気持ち、分からないでもない。国を滅ぼした連中が城下を闊歩しているとなれば怖くて堪らないのも無理からぬ事だろう。人には心の拠り所が必要、だから防壁(あんな物)を造ったのだろう。例えそれが自業自得だとしても。


「うわぁ、近くで見ると尚更大きく感じますね」


 話し込んでいる内に壁に手が触れる距離まで近付いていたので、怒られるかなと内心ドキドキしつつペタペタと手を触れてみる。すると近くの門扉に居る番兵らしき人物が私をジロジロと見てはいるけど何かアクションを起こすでも無い。それにしても立派な壁だ、どれだけ分厚く建ててあるのか想像も付かないし門扉も頑丈な見た目、さらには番兵用と思われる詰め所まで建ててあるんだから大したものだ。まぁ王城の防備なら当然だろうし、むしろこんな事をしている私の方が馬鹿かもね。


「ま、あたしら亜人がその気になりゃ簡単にぶっ壊せるだろうけどねぇ」


 そう言いながら嘆息混じりに肩を竦めているけど、レダさん……そうだろうけど番兵が居るんだからそんな事言ったらマズいって……あぁほら、さっき私を見ていた人の顔がえっらい渋い顔になってるし。知らんぷりしとこ。


「ところでレダさん、行きたい場所ってここ何ですか?」


 王城も見れたし歴史とか背景とか知れたから割と満足ではある。でもレダさんの感覚と言うか、亜人の心情的にわざわざヒトとの暗い過去がある王城をわざわざ選ぶだろうか。私の考え過ぎ、かな? 変に気を回し過ぎて馬鹿やらないように注意しないとマズいなこれ。


「いんやもうちょっと先だよ。ここはただのついでさ」


 あぁやっぱり本命は他なんだ。それにしても……王城がただのついでとは、いやはやヒトとの関係が普通になっているように見えてその実、まだまだ良好とは言えないみたい。




 王城を囲っている壁に沿いながら次は進路を南東に定め、幾つか詰め所を過ぎていくと何故か一ヶ所だけ防壁にぽっかり隙間が空いているのが見えて来た。壊されたというよりも人為的で、見栄えもきちんとしている……って、ちょっと待って……嘘でしょ!?


 目にした物に驚き、思わず駆け出す。それと街との境界には大きな柵がしてあり、所々に番兵も立っているが……間違いない、鉄道が敷いてある。鉄道、それに蒸気機関技術……まさか蒸気機関車が稼働している? 研究を続けていればいずれ行き着くにしても、本当にまさかとしか言えない位衝撃だ。異物から始まったにしても、正直この世界の科学技術を舐めていたかもしれない。


「やっぱり、エルマにゃあれが何か分かるみたいだね」


「……? 鉄道、ですよね」


 追い付いたレダさんが後ろから語り掛けて来た。そりゃあこれを見れば誰だって分かるでしょ。


「そ、鉄道。それと居ないのを見る辺り多分ヴェイパに向かってるんだろうけど、蒸気機関車なる乗り物の為の代物だ」


 あぁやっぱり蒸気機関車が存在するんだ。ヴェイパに向かってるという事は、これを使えば砂漠越えも簡単だったりする?


「でも田舎から初めて出て来た筈なのに、なぁんで知っているんだろうねぇ」


 ……あっ!? そうだよ、田舎もんが初めて見るような物をあっさり当てられる筈無いじゃん! やっばぁ、興奮してうっかりしちゃった。どうする……誤魔化せるかな……?


「ほら、あれですよ、話には知っていたからもしかしてそうじゃないかなぁって」


「ふぅん? それにしちゃ自信あり気だったよ。それにいくら知識として知っていても果たして一目見ただけで分かるもんか、お姉さん不思議さ」


 ……ですよねぇ。私も知っていて当然でしょ見たいな感じで言っちゃったし。……これはもう、あれだね。年貢の納め時ってやつなのかな。と正直に言うべきか言わざるべきかの天秤で悩んでいると、レダさんが私の頭に手を置いた。


「とまぁ? ちょっと分かってる奴ならこうやって質問攻めするから気を付けた方が良いよ。ほらお姉さんってば優しいし? こうやって身を以て理解してもらったって訳」


「他意は……無いんですか?」


「そりゃあるさ。よしんばポロっと喋ってくれないかなぁって期待してた位だし。でもエルマん中じゃまだ中々踏み切れないようだしね、焦らずじっくり待つさ」


「え、ぁ……」


 困った表情を浮かべる私に苦笑するレダさん。多分ここまで狼狽するとは思っていなかったのかな、真偽の程は分からないけど、レダさんは背を向けながら「さぁて、何処かで腹ごしらえでもしようか。結構歩いたからお腹すいちゃった」と告げ、ゆっくりと歩き始める。


 私は……本当にこのままで良いのだろうか。始まりの出会いこそ最低だったし、今も天秤に掛けて悩む位には信用しきれていない。でも逆に言えばレダさん達もきっと同じだと思う。最初は単なる異物鑑定士だと思っていた人間が、得体の知れない何かを隠していると察すれば……同じヒト同士だったならきっとこんな関係は長く保たない。ヒトは恐怖する生き物だから。


 私って、結構色々な面からレダさん達に助けられているんだなぁって。


「レダさん、一つだけ良いですか?」


 きっとこうして悩んで立ち止まるだろうと思っているから、ゆっくり歩いているのだろう。そんなレダさんの背中を追いかけ、スゥっと一呼吸置いてから隣に並ぶ。


 何処までもレダさんの手のひらの上、でも……今更そんな些末事を気にしなくなった辺り私も居心地が良くなっちゃったみたい。もうちょっと保つかと思ったけど……案外早く毒されちゃったなぁ。


「うん、どうした?」


「今はまだ……正直怖いから本当の事は明かせません。でも待っていてください、必ずいつか打ち明けて見せますから。その……仲間、ですし……」


 最後は何かこっ恥ずかしくなったから変にモニョモニョしちゃった、うひぃ顔があっつい。ヤバい、絶対顔紅くなってるよぉ。……チラリとレダさんに顔を向けると、うわぁ……すんごい目がキラキラしている。


「エルマがそう言ってくれるなんてお姉さん嬉しいよぉ、嬉し過ぎて涙が出そう」


 あ、これは嘘ですわ。涙を拭くような仕草をしている割にえっらい口角上がっているし。……まぁ嬉しいのは本音っぽいけどね。


「良いねぇ可愛いねぇ、エルマがそう言うならあたしはずぅっと付き添ってあげよう。んっふっふぅ」


「わ、わひゃりましはから、ほほをひっはらないへふははい!」


 えぇい嬉しいのは分かったから頬をムニムニしないでってば! 普段割としっかりしている割に意外とチョロい感じかよ。おほぉイテテ……物理的な意味で赤くなった頬を摩りながら来た道を戻っていると「さっきの話、ディドにも言ったげて。あんなデカい(なり)でも意外とそういうの気にする性質だからさ」とレダさんが笑みを零す。


 ん、まぁディドさんにも随分お世話になっているし吝かでは無い……でもまたやるの? 正直恥ずかしいから一回でお終いにしたかったなぁ。それはともかくとして、戻る道中レダさんはこんな事も言っていた。


「あたし達の旅はいつか必ず終わりが来る。せめてその時まで、あたしは一緒に居るよ」


 いつか、か。どんなに運良く全ての旅路を終了したとしても、ヒトとエルフの寿命に差がある以上必ず先に居なくなるのは、私だ。私だって馬鹿じゃない、それ位分かる。……でも、そういうのはあんまり考えたくない。いつか来る終わりに怯えたく無いし、寂しくなりたくないし、寂しくさせたくないから。自分からそういう話を振るなんて、レダさんってば案外センチメンタルな部分があるのかもしれないね。




 その日の夕方頃、宿に戻った私はレダさん監視の元ディドさんにも仲間だ宣言を行なった。これある意味辱める為の拷問では? 実際また顔を紅くしている私と、唐突な事に嬉しさとか困惑が入り混じった様子で「お、おう……そうか」としかリアクションが出来ないディドさんを見ながら、レダさんは必死になって笑いを堪えているし。……私、レダさんのこういう所が大っ嫌い。もうちょっと空気読んでよ、もう。

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