30 国の歴史
「おはよ~エルマ。良く眠れた?」
昨日ドン引きする程飲んでいたレダさんだが、その顔はいつも通り、むしろいつも以上に艶があるように感じる状態で一階にある酒場にやってきた。私も最初起こしに行こうかなとは思っていたのだけど、流石に二日酔いで寝てるだろうと思って放って朝食を食べようとしていたら、この晴れやかな顔が近付いて来た次第。正直ドン引きですはい。
「レダさんおはようございます。何だか久し振りに熟睡出来た気がします」
結局旅に出てからセントネルズに着くまでの間、ベッドで寝たのなんてそれこそ片手の指でも余裕で足りる程だった。それに流石中央都市となっているだけあって大衆向けの宿屋でも割と上等で、今までの宿屋と比べても寝心地が良いともあればそれはもう朝までグッスリですわ。あといくらディドさんの魔法で周囲を壁で囲われていたとはいえ、動物の鳴き声にビクつかなくて良いのもかなり大きいと思う。
「ところでディドさんはどうしたんですか?」
「ディドならちょっと調子が悪いって部屋で寝てるよ」
「……レダさんは大丈夫なんですか?」
「うん? まぁ昨日はちょぉっとだけ飲み過ぎたから少し残ってる感じがするけど大丈夫、エルマと街を見て回る位なら出来るよ」
化け物かよこの人。ディドさんも十二分にお酒に強い筈なのに潰すとか、この人一体どんな身体しているんだか。そんな表情を向けても、レダさんは素知らぬ顔でウサギの耳を生やしたウエイトレスさんに注文を言っている。
そんなこんなで私はレダさんと一緒に朝食を頂く事に。ちなみにいくら異物でお金稼ぎをして人よりちょっとだけ小金持ちだとしても限度があるので、朝食は旅の道中で食べていた保存食を少しだけマシにしたような感じの物に留める事にした。
「ふぅ食った食った。さぁて、朝飯も食った事だし街でもぶらついてみる?」
ポンポン満足そうにお腹を叩くレダさんに、はいと頷いてそのまま宿屋を後に。したのは良いんだけど店主のフェリスさんだったっけ、その人が何故か私の方をジッと睨み付けていた。私何もしてないんですけど、それとも知らない内に変な事でもしたのかな。
今朝も快晴、時折見える白い雲が一層空に映えて見栄えが良い。それに今日も多くの人というか亜人が行きかい、活気の良さに思わずつられそう。
「そういえばエルマ、さっきもフェリスに睨まれていたねぇ」
「気が付いていたんですか?」
「そりゃまぁ長い事旅をしてりゃ視線に敏感になるもんさ」
フフっと小さく笑みを漏らすレダさん。でも気が付いていたのなら言ってくれたら良いのに。
「でも何でフェリスさんは私を睨んでいたんでしょう。何もしたつもりは無いですよ?」
するとレダさんの表情を何とも言えない感じに眉を顰め、「あぁ~……」と苦笑を浮かべる。リアクションを見た感じ多分何か理由を知っていると思うけど、何故にそこまで微妙な表情に?
「あいつって昔あたしと一緒に旅したいって強請って来た事があったんだよ」
「へぇそうだったんですか。でもだからと言って睨まれるのも分からないですけど?」
「妖精族はあんな形でも作りは人とほぼ同じ、飯も食えばクソだってする。だからなのか気候の厳しい場所にはめっぽう弱くてね、死なれちゃあたしも目覚めが悪くなるから断ったのさ」
そういえば子供の方が熱中症とかになりやすいとかって雑学を聞いた事があるような気がする。フェリスさんも多分子供と言える歳じゃないとは何となく思うけど、そういう面があるのかもしれない。
「ま、簡単に言えばエルマに嫉妬してんのさ。本当はあたしも行きたいのにってね」
成る程ねぇ、で済ませて良いのか分からないけどとばっちりも良いとこだよ全く。そもそも私とレダさん達が出逢ったのなんて本当に偶然なんだし、むしろあっちが最初に声を掛けて来たんだし。
「さぁてフェリスの事はまぁ置いとくとして、やっぱりこの街に来たからにはあそこに行かないと」
「あそこ? 何処ですか?」
「ふふん、それは着いてからのお楽しみ」
隣で得意気に笑顔を浮かべているレダさんと共に、どんどん街の中央へと向かっていく。するとどうやら目抜き通りと思われる道に合流し、荷馬車やら何やらが石畳の道を走って行く。はぁ~これはまた凄いなぁ。今通って来た路地だって人が結構出歩いていたのに、まぁこっちは特に幅が大きく整備されているみたいだからそう見えるのかも。それにしても東の奥の方に見えるあれ、やけに大きい。まるで、というかそのまんまお城?
「レダさん、あのお城って何ですか?」
「あぁあれ? この国でいっちばん偉いベルファイス国王の居城だよ」
はえ~すっごぉい、実際にお城に住んでいる人なんて初めてかも。あとでもうちょっと近付いて見てみよう。
と、遠目で王城を見ながら町の中心地に到着。そこには東から流れている川がきちんと石積みで整備されており、北と南に跨る橋も完備、いちいち何処かに迂回する必要が全く無い。案外建築や土木技術が高そうなのが意外と思うのはちょっぴり失礼か。
「本当に街のど真ん中に川があるんですね」
「この川の水が無きゃ住人は生きていけないだろうね。だから水をふんだんに使う湯屋の料金が結構高いのさ」
アーチ橋の中央辺りから川を覗いてみると所々で洗濯や食器洗いをしていたり、かと思えば裸の人や下着のみの人が身体を洗っている。文字通りこの水があってこそ成り立つのだろう。飲み水とかにも使われている筈、でも当然そんな風に使えば水が汚くなるのにどうしているのかというと。
「あぁやって使う分だけ桶とかで汲んで、終わったら魔法で浄化して流すのさ」
曰く、水の汚れは魔法で分離出来るらしい。正直まさかねと思って洗濯している人を見ていると、おぉ本当だ。桶の中で石鹸と混ざり合っていた水が宙に浮かぶと、川の上でパチンと弾けた。そして桶の中には石鹸のカスと思しき白い物が固まっている。魔法便利すぎか。
街での生活風景を垣間見た所で再び移動、今度は東進を始めた。お城をもっと近くでも見たかったからこれは丁度良い、願ったり叶ったりだ。
川沿いを進むに従いどんどんお城の姿も大きく見えるのは良いんだけど、進行方向に何やら非常に大きな壁がそそり立っているのが見える。王城があるから防備の為に、というのは察しが付く。でも街の一番外周にある壁は正直防壁というよりも、どちらかといえば塀に近い物だった。
「あの壁って何ですか?」
「あの中には国王のお城ともう一つ、お貴族サマが住んでいるのさ。まぁ厳密には貴族じゃ無いんだけどね」
「……? どういう意味です?」
首を傾げているとレダさんが人差し指を上に立てながら「それにはちょっと歴史の勉強をする必要がある」と言い、さらに続けて喋り始める。
「その昔、前にも言った獣人とかの研究をしていた頃この国は今よりももっと大きかったらしい」
獣人とかって言うと非人道的な研究で人と獣の交配をしていたとか何とかってあれか。
「獣人を始めとした亜人の研究は、やり方こそ過激だったものの人類の発展の為って言う大義があった。で、目論見通り亜人達はヒトよりも強い力や様々な能力を得られ、より発展してく筈だった」
「だった……?」
「初期の頃はヒトと亜人の立場は対等だった。でも日々を過ごす内にヒトは恐れを抱くようになる、このままでは世界が亜人に取って代わられてしまうのではないか、ってね。そこからヒトと亜人の関係が大きく様変わり、力で抑えつけ冷遇した結果、奴隷という身分が生まれちまった」
本来奴隷というのは人が思っているような悪いイメージだけでは無い。所有物だとしても冷遇すれば奴隷すら満足に扱えない愚か者として見られ、その為待遇も良かった時代があった程。今レダさんが言っている奴隷は……ほぼ間違いなく悪いイメージそのままだろう。自らで生み出したにも関わらず恐れる、馬鹿な人は何処にでも居るみたい。
「力で抑えつけりゃ当然反発する。耐え切れなくなった亜人の祖先達は完全にブチ切れ、そっから国を相手取った大規模な内乱に発展した結果──」
「──国が負けた」
多種多様な動物や魔法生物の能力を得た軍勢が相手となれば、正直容易に想像出来てしまう。
「そう言う事。数だけならヒト側が多かったようだが、当時の亜人達はよっぽど強かったらしい。あえなくこの国は滅亡の道を辿る羽目になりましたとさ」
「いや……そこで終わらないでくださいよ、まだ何にも解決してません」
一度国が滅んだにも関わらず何故再びこの地に国を建てたのか、貴族のくだり、それにあの防壁だって。
「まぁそう焦らない焦らない、こっから今に繋がる話なんだからさ。えぇと何だっけ」
「国が滅亡したとかって今言っていたじゃないですか」
「そうそれだ。で、内乱の時には国軍だけじゃなくて貴族の私兵とかも参戦していたんだけど、ただ一つだけ残して皆綺麗さっぱりぶっ殺された。それがベルファイス家、今の国王さ」
「どうしてその家だけ残ったんです? それに……ヒトの抑圧に耐えかねて起こした内乱なのに何でまたヒトを国王に?」
そこまでやったのなら亜人達の国が造られても良い筈なのに、ちょっと行動がちぐはぐでは?
「ベルファイス家は唯一内乱に参戦しなかった。理由は知らないけどまぁ良く言えば先見出来た、悪く言えば日和ってたってとこじゃない? ベルファイス家はひとまず置いといてそんな圧倒的な力を持っていた亜人な訳だけど、唯一ヒトに叶わない部分が出て来てしまったのさ」
「そんなのあるんですか?」
「奸智、もっと言えば政治だね。長い事奴隷をやってた亜人達は良くも悪くも全て与えられる側だったから、力で勝っていても思考だけはすぐに超えられない壁だった訳だけど、どうしてもすぐに何とかしなきゃいけない理由があった」
確かに一庶民、この場合庶民ですら無いけどそれにしたっていきなり施政をやるなんて無謀過ぎる。どんな悪政だとしても相応の知恵も必要だし、何より政治は自国だけで済む話じゃない。そういう意味で奸智と言ったのだと思う。




