28 亜人街
店を後にした私達は今レダさんの言っていた顔馴染みの宿に向かっている。ちなみに私はレダさんの背中でゆったり揺られて良い気分、ちゃんと約束守ってくれていた。……で、身体を動かさなくていい分周りをじっくり観察出来る訳だけど、これは……どう表現するのが正解なんだ!?
「あの~レダさん、何て言うか……個性的な人がいっぱいいますね」
「どうしたのさ突然。ってあぁ、成る程そう言う事ね。そんなに言葉を選ばなくたって突然怒ったりしないよ」
チラリと視線をこっちに向けたレダさんがそう言いながら苦笑いを浮かべた。すれ違っている人達の風体を見て察してくれたみたい。
と言うのも、何処に視線を向けても立派な毛並みが露わになっていたり、様々な色や形の耳と尻尾が生えていたり、顔が犬のようににゅっとしていたり猫のようにニャッとしていたり。かと思えば腕が羽のようになっていたり、今度は背中から羽を生やしていたり、さらには腕が二対とか三対になっている人もいる。……これが話に聞く獣人族かぁ。
レダさんやディドさんのようにちょっと耳が長かったり、体躯が大きかったりしているだけならまだシルエット的にも人っぽさが残っているけど、これはもうそんな比じゃない。何というか、ある意味魔物を見た時よりも衝撃かもしれないし、あぁファンタジックだなぁって思っている気がする。
「それにしても亜人の人が多いですね」
「これにはちゃんとした理由があるのさ。見ての通り亜人は様々な特徴を持ってるから、何かとヒトと一緒に生活するのも支障が出る」
「別にレダさん達と旅をしていても別段何も思わなかったですけど?」
「そりゃあたし達はかなりヒトに近しい作りだからさ。例えばそこの獣人、モフモフだろ?」
レダさんが顔を向けた先には、一人の獣人がテラスのような場所で座っていた。ぴょんと細長いウサギのような耳を片方折り込み、黒い毛並みが陽の光を浴びて輝いているように見える。正直とっても触りたい。
「はい、気持ち良さそうです」
「こんな暑い時期に触ったらじっとりしてるから止めといた方が良いよ。ってのは置いといて獣人はあぁやって毛深いのが結構多く、そこらに抜け毛を落としていく。あんだけ多いからまぁ分からないでも無いんだけど、そんなのが宿のベッドで寝っ転がったらどうなると思う」
あぁ~……昔家で猫を飼ってた頃があったけど、その時も抜け毛で服が凄い事になっていたからなぁ。理解は出来ても不快感が溜まる気持ち、分からないでもないかも。
「それにディドみたいにデカい奴だの妖精族のように小さい奴だの、色々合わせていたらキリがない。ってな訳でヒトと亜人は仲良く住み分けして亜人街なんて風になってるのさ。ヒトらしい馬鹿な理由だろ? あぁちなみに言っとくけど別に仲違いしてるとかそんなんじゃないよ。どっちの街にもそれぞれちゃんと往来があるし」
多分レダさんは本心から言っていると思う。でも、これが全てかと聞けば、多分きっと違うんじゃないかな。何気なく言ったヒトらしい馬鹿な理由、多分どの亜人にも、人間にも同じ気持ちが奥底に隠れているんだろう。まぁ私もそんな事とやかく言うつもり無いけど、こうして第三者的に見てしまうのは別の世界から来たからなのかな。
さっきのドレーフさんの所から大体十分位東に進んだ所で、レダさんはピタリと足を止めた。多分着いたんだと思う。私も大分回復出来たし、ちょっぴり名残惜しい背中とおさらばして壁に掲げてある看板に目を向ける。
「妖精の、止まり木?」
「そ、ここがあたしの顔馴染みがやってる宿屋さ。まぁあたしらは長ったらしいから妖精亭って呼んでるけどね」
レダさん達って略すの好きだね。まぁ私も何となく四文字とかに略すの好きだったから何も言わないけど。
「でもここも結構人が居そうですけど……」
扉を少しだけ開けて覗いてみると、一階の酒場っぽい場所でたむろしている人達の姿が見える。
「まぁまぁ、そんなの聞いてみてから考えようじゃないの。ほら行くよ二人共」
レダさんに手招きされる形で中に入ると、おぉ、さっき覗いた時もそうだけど改めて見ると色々な見た目の人達が多いなぁ、むしろ私の方が浮いている気がしてならない。キョロキョロと物珍しそうにしていると、ディドさんに促されるように背中を叩かれたので急ぎ足でレダさんの背中を追って受付けまで向かった。
「お~い、フェリス居るんだろ~?」
手で振るタイプのベルを若干やかましく覚えるレベルでレダさんが鳴らすと、何故かカウンターの下辺りから「うるさい!」と怒鳴り声が。うん? 姿が見えないけどしゃがんでいたのかな、それとも私みたいにちょっぴり背が小さいとか、何てね。お、出てき……たぁ!?
「誰ださっきからチリンチリン鳴らしてる馬鹿野郎は! 一回鳴らせば分かるわ馬鹿!」
声はとっても大きいのに、カウンターの下からにゅっと出て来たのはそれは小さい女の子だった。と言うかもう背が小さいとかそんな次元じゃない、もはや縮尺が違うし何より……見た感じ薄いのに煌めく羽が四枚背中から生えていて、今もパタパタさせながら宙に浮いている。
「や、久し振りフェリス元気してた?」
「……あぁ~レダじゃん! 久し振り過ぎて一瞬誰だか分からなかった!」
四枚の羽根を器用に動かしながらフェリスという、妖精族、で良いんだよね? 見た感じそうにしか見えない女の子がレダさんの顔の周りをグルグル飛び回ってみたり肩に乗ったり、随分仲睦まじい雰囲気だ。しっかし顔と同じ位の大きさしか無いなんて、どっかのアニメーションを思い出す光景だわ。
「それで今日は何しに来たの? もしかしてアタシに会いに来たとか?」
「まぁそれも多少あるけど、宿に来たんだから理由は一つでしょ?」
「うん知ってる。けどねぇ見ての通り人がいっぱいでさぁ……えぇとちょっと待ってて」
そう言うとカウンターに置いてある帳簿のような物を開いて中を確認し始める。自分よりも大きい物にも関わらず、器用にページをめくるものだと感心するわ。
「う~ん、と。あぁあった、運が良いねレダ。今日の午後過ぎって言ってももうじきだけど三部屋空くよ。レダとディドの二部屋分取っとく?」
「いや三部屋借りるよ。今回は一人多いからね」
「一人って、このちっこいヒトレダの連れだったの? アタシはてっきりどっかの迷子かと思ってた」
ちっこいって……どう見てもそっちの方が小さいんですけど。
「でアンタ、レダのなんなのさ?」
「えっと、何って言われても旅の仲間的な?」
何でそんな敵意剥き出しで睨んで来るの……? しかも顔の周りを行ったり来たり、何か品定めされている気分。でも不思議な良い香りで悪い感じはしない。
「ほらフェリス、あたしの仲間に睨み利かせてないで早く手続してよ」
「な、仲間……ちぇ、はいはい分かりましたよ~だ」
嘆息混じりにレダさんが告げると、これまた何故かショックを受けたらしくさっきのキレの良さは何処へやら、ヨロヨロと変な風にカウンターへ着地した。
「は~ぁ、で、うちは一泊五シルだけど何泊すんの?」
あからさまにテンションが低くなっているフェリスさんはさておいて、五シルかぁ。別に高くも安くも無い至って普通の価格設定だけど、二人はどれ位居るつもりなんだろ。
「レダさん、何泊する予定なんですか?」
「ん~? エルマが決めて良いよ」
「えぇっ? じゃあディドさんは?」
「右に同じく。お前が決めると良い」
何じゃそりゃ、まさかこっちに全部丸投げするとは思わなかったよ。う~んむむむ……じゃあ、こうしようか。えぇと、あったあった。一ゴルを懐から取り出してカウンターに置く。
「取り敢えず一ゴル分部屋の確保お願いします」
「アンタ二人の分も出すなんて案外金持ってんのね。まぁ良いや、じゃあ六日分ね。お釣りは部屋を引き払う時にするわ」
「分かりました」
「じゃあまだ部屋の連中が出るまでもう少しあるから、そこらで適当にブラブラしてて。まぁ別にここで待ってても良いけど、好きにして。っと荷物だけならそこらの隅に置いといても良いよ、見ててあげる」
フェリスさんが荷物を預かってくれるという事なので、折角だからご厚意に甘えてカウンターの脇に下ろしてまとめた。
「じゃあフェリス、ちょっと外出て来るわ」
「は~いよ~、夜はアタシと飲むの付き合ってよ~」
「気が向いたらね~。……んうぅん~っと、これでひっさしぶりにのんびり出来るわぁ」
大きく伸びをしながら空を見上げるレダさん、何だか顔も晴れ晴れとしている。
「って言ってますけどもし私が一泊だけにしたらどうするつもりだったんですか?」
「ん~ふっふぅ。そうならないって確信してたからねぇ」
このニヤ付いたレダさんの顔、何か馬鹿にされているみたいでちょっぴりイラっとする。結局、ドレーフさんの所で既に見透かされていたんだろうなぁ。
それはさておき、何となく二人の後を付いて行っている訳だけど何処に向かっているのだろう。ただの散歩にしてはどの路地も全く悩む素振りを見せていないけど。
「所で今何処に向かっているんですか?」
「エルマが行く先々で探してた場所だ」
ディドさんが後ろを振り向きながらそう言うと、少しだけ笑みを零した。ふむん? 私が行く先々で探していた場所……場所? って思い当たるのは、まさか……!?
「そこってもしかして……!」
「フッ、湯屋だ」




