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異物鑑定士  作者: くらげ
27/51

27 預かってください

「お邪魔します」


 少々建てつけの悪そうな音を出すドアを開けると、中には包丁や鍋等の生活雑貨、かと思えば大小様々な剣や胸当てみたいな物が雑多に置かれている。最初は売り物かと思ったけど多分違う、だってどれを見ても結構痛んでいて、売り物に向いていなさそうだし。


「何でこんなに色々置いてあるんだろ?」


「ここは鍛冶屋だからな。こうして冒険者とか軍関係の武具、界隈の痛んだ生活用品の修理の依頼が来るんだ。……まぁこんなにゴチャゴチャしているのはここの親方がガサツなだけなんだが」


「へぇそうなんですか」


「で、そのガサツ野郎は? 一応迷惑料の一つでもやっとかないと」


「奥で仕事してるから少し待ってろってさ」


 ここに入ってからというもの、さっき外から聞こえていた音が倍以上うるさくなっていて、加えて何だか蒸し暑い。私工房とかそういうのはあんまり詳しく無いけど、多分堅牢そうな石壁の向こう側では炉みたいなのがあったりするんじゃないかなって思う。


「よぉ、まだ居たのかお前」


「待ってろって言ったのはお前だろうドレーフ」


 やけに分厚い石の扉が開かれ、そこから汗だくの男が首にかけているタオルで顔を拭きながら出て来た。ディドさんと比べると頭一個半位小さく、髪も真っ白で頭頂部の地肌が見えている。それだけ見れば老人なんだけど、身体つきはとにかくムッキムキでディドさんと遜色無いかも。


「おひさ~ドレーフ」


「おぅおぅレダか、久しいな。相変わらず男好きしそうな身体してんな」


 んなっ!? このドレーフとかいう老人平気な顔でレダさんの胸鷲掴みしたやがるんですけど!? ……ひえぇ、レダさんが肩を震わせて怒ってるのなんてそうそう見ないからすんごく怖い……あぁ、案の定レダさんの鉄拳がドレーフさんの腹に突き刺さった。


「毎度毎度ぉ……顔合わせるたんびに胸揉みしだくの止めろって言ってんだろ!」


 いや……そりゃ怒るよ。正直私もざまぁみろって思ったくらいだしね。突っ伏して悶絶するだけ済んで有り難いと思った方が良いよホント。


「おぉイテテ。ったくこれ位の挨拶で怒ってたらしわくちゃのババアになるぞ」


「ハン! 余計なお世話だクソ爺」


「おいドレーフ、いつも思うんだがまさかそれそこら中でやってないだろうな」


「馬鹿だなおめぇ、いくら儂でも分別位つく。やるのは娼婦街だけよ」


「……こんなのが同族だとは思いたくないもんだ」


「やっかましいわクソガキ。女の一つでも知ってから言いやがれってんだ」


 怒りが冷めやらない様子で拳を握っているレダさんに、呆れた様子で上を見上げるディドさん、そしてガハハと上機嫌そうな高笑いをしているドレーフさん。……何だこの混沌とした状況は……って、ヒェッ!? あの爺さんと目が合っちゃった。ヤバい、私もレダさんと同じ目に遭っちゃう!?


「おぉん? 誰だこのちんまいのは」


「おいドレーフ、流石にこの子に手ぇ出したらいくらあたしでも本気で怒るからね。っていうかぶっ殺すから」


 レダさん……有り難いけどぶっ殺すのはちょっと言い過ぎじゃ……?


「馬鹿か。こんな壁触って何が楽しんだよ」


 前言撤回、殺そう。これは私の、ひいては女の敵だから大丈夫。


「わぁぁエルマ!? それは流石にマズいって!?」


「退いてくださいレダさん! すぐに済みますから!」


「すぐ済んじゃうからマズいんだろぉ!?」


 脇の銃を抜こうとした途端、流石のレダさんも慌てた様子で私を羽交い絞めに掛かる。こうして取り乱した私が落ち着いたのは、ディドさんに窘められドレーフさんが鉄拳制裁でボッコボコにされてから少し経ってから。……フゥ危うく過ちを犯す所だった、残弾が少ないのにこんな場所で貴重な一発を消費しそうになっちゃったよもう。


「おぉイテテ、死ぬかと思ったぞ。で、えぇと何しに来たんだっけか」


「いよいよボケでも始まったかドレーフ、工房の裏に止めたアレだ」


 殴られて赤く腫れあがった顔を摩るドレーフさんに、ディドさんが嘆息を漏らす。……本当にこの人に預けて大丈夫なのかなと思っていたら、不意に顔つきが職人のそれになり不覚にもちょっと驚いた。


「ボケてねぇよ、てめぇらが容赦なくぶん殴るからだろが。それはともかく、ありゃ何だ? 儂もお偉いさんに頼まれて蒸気機関の部品製作をやったもんだが、あんなの見た事ねぇ。まさかどっかで盗んで来たんじゃねぇだろうな」


「いっくらあたし達でもそんなのしない。ってかディドから異物って聞いてないの?」


「いや聞いた。そんでも鑑定済みの物ならあり得なくも無いだろ? 盗んでも無いならあんな異物誰が鑑定したんだよ」


 あぁ~……まぁ当然気になる所だよね。無論正しい手段で手に入れたのは間違い無い、でも傍から見れば蒸気機関よりもさらに進んだ技術が使われた非常に貴重なお宝だ。そんなの誰もが欲しいに決まっているし、逆に言えば持っているだけで狙われるリスクにもなる。……預かってもらうだけっていうのも虫が良過ぎる、か。


「私です」


 軽く手を上げながら正直に答えると、レダさんとディドさんがあ~ぁみたいな感じで肩を竦める。多分知られたくなかったんだろうね、でもどっちにしたって誰がの部分は探りを入れられただろうし、遅かれ早かれバレてたと思うよ。


「あんた確か、エルマ、とか言ったか。あんまり信じられねぇがな」


「……ハァ、エルマは嘘なんかついちゃいないよ、それはあたしとディドが保証する。この子は間違い無く鑑定士だ。ただ……万に一つこの事が漏れたら、次は本気でボコボコじゃ済まなくなるよ」


 異物を鑑定する時、最低限それが何か理解していなければならない。つまり、あれが何か理解出来る時点で私も同程度以上の価値があるという事になる。……自分で言うのも何だけどね。だからこうしてレダさんも本気で脅しをかけなきゃいけないのだろう。例え打算が主だとしても、ちょっぴり嬉しくなるのは人の性か。


「ハッ、てめぇに言われなくてもんなこたぁしねぇ。口が堅いのが儂の売りだからな」


「ど~だか」


「まぁ話は大体分かった。で、ここに置いとくのも構わねぇんだが、お前らいつまでここに留まる

予定なんだ? 一日二日なら適当な宿屋の併設酒場でも泊めてくれるだろうが、長く居るつもりなら結構難しいぞ」


「あぁ……そういえばもうそんな時期か」


 時期? この暑い時期になると何かあったっけ。それともセントネルズ独特の風習みたいなのがあるのかな。と思って聞いてみたら……もっと殺伐とした理由だった。


 曰く、暑い時期になると何故か魔物の数が増加するらしく、偶然繁殖の時期と被っているからなのかそれとも別の要因があるのかは未だ判明されていないみたい。じゃあそれとセントネルズにどんな関係があるのかって話だけど、まぁ簡単に言えばお金になるから。


 以前私達も一角狼の角を回収して金に換えたように、魔物の素材はそれなりに金になる。となれば交通の要衝でもあるセントネルズに人も集まるし、こうやって鍛冶屋に武具の修理がいっぱい来るって訳らしい。


「でも道中あんまり魔物の姿を見ませんでしたよ?」


「街道は何だかんだ人通りがあるからね、道すがら小遣い稼ぎにぶっ倒されてるだけで他に行けば纏まった数で居るもんさ」


「それこそあの時の一角狼の群れみたいにな」


 ははぁ成る程。言われてみれば確かにセントネルズへ近付く程人の多さが顕著になっていたけど、それ以前も別段少なかった訳でも無い気がする。


「で、どうなんだ?」


 あぁそうだった、宿はこれから考えるにしても滞在期間は何にも決めてないや。正直私としては旅の疲れをゆっくり癒したいなぁ、なんて視線をレダさんに送ってみたり。……今レダさんと目が合ったけど、あのニヤリ顔は一体何なの?


「そうさねぇ、確かにこの時期は何処も混んでいるだろうし早めに──」


 やっぱりそうなるかぁ、残念。せめてちょっとでも観光したい気分だったのになぁ。


「──と思っていたんだけど、あたしらも結構疲れが溜まってるからまぁそれなりに居るつもりさ」


 この人……絶対私で遊んだな? だってさっきから私のチラチラ見てたもん、反応見て楽しんでいたよ絶対。本当に良い性格性格してるよ全く。でも……やった! 暫くのんびり出来そう!


「まぁ儂はどうでも良いが宿のあてはあるのか?」


「ひとまず顔馴染みの宿に顔を出してみるさ。駄目ならそん時考えりゃ良い」


「分かった。じゃあ例のブツは儂が責任を持って預かっとくから、ちゃんと取りに来いよ」


「あんたこそこっそり売り飛ばすんじゃないよ」


 取り敢えず話も済んだのでレダさんの言う顔馴染みへ……って、そう言えば忘れてる事があった。


「ディドさん、迷惑料的なのってあげました?」


「いやまだだ。取りに来た時で良いって言われたが」


「一応面倒見てもらうんですからそれじゃ駄目だと思うんです。という訳で、はい、ドレーフさん受け取ってください」


 クルリと振り返った私は懐から財布用の袋を取り出し、中から一ゴルを拾ってドレーフさんに差し出した。後で良いと言った手前最初は受け取るべきか否か迷ったみたいだけど、私の無言の圧力に屈してくれたのか渋々な様子で受け取ってくれた。


「一ゴルとは随分気前が良いなちんまいの。それも鑑定士のお陰って訳か」


「ちんまいのじゃなくてエルマですって。一応口止め料も入ってますけど、万が一……本当にどうしようも無くなったらあの異物は手放して良いですからね」


「エルマ、そりゃ流石に勿体無いんじゃないの?」


 若干不愉快そうに顔を顰めるレダさんだけど、私はいいえと顔を横に振った。


「アレの為に身体を張るのは私達だけで十分です」


「フハ……! 面白れぇなちんまいの、そう言われると尚更やりたくなるのが儂の性分だ。安心しな、誰が何と言おうとお前ら以外に触らしゃしねぇ」


 バンバンと私の背中を叩くドレーフさんの顔は、やけに楽しそうな笑みを浮かべていた。……正直目ん玉が飛び出るかと思う程痛い、でも空気を読んで愛想笑いしておきました。後ろのレダさんとディドさんも少々呆れた風に笑っていたけど、これが私なんだから文句は無しだからね。


 ちなみにクラートはというと、工房の裏手にある小さな小屋、まぁトイレなんだけどその脇に敷布を被せた状態で埋められている。ディドさん曰く「あのまま荷車に積んでいたら一目に付くし、そもそも荷車が駄目になる。だがこうして土の中に埋めて置けば見つかる心配もないし、上に荷車を置いておけば万全だ」との事。


 すぐ隣がトイレなのがすんごく気になるけど……この際文句は言えません、はい。流石ディドさん、土の魔法万歳。

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