26 中央都市セントネルズ
私達は異物の乗り物、ケッテンクラートと呼ばれる物をちゃっかり獲得し、つい先日までと比較にならない早さで街道を進んでいる。あ、ちなみに他の二人は長ったらしいだの何だのって理由で縮めてクラートだとかって呼んでいるけどね。
さて、今日も今日とて見事な晴れ模様。さらに八月も目前となれば、いくら四季という概念が無い世界だろうと日差しは強さを増し、ジリジリと容赦なく降り注ぎ結構暑い。でも荷馬車では到底出せないスピードが生み出す風は案外心地良く、冷房の無かった昔はこんな風だったのかなってノスタルジックな気分に浸れた。
「あぁ~楽ちんだねぇ」
「そうだな」
当然後ろで寛いでいるお二人もこの優雅さ余す事無く教授している。特にディドさんに至っては余程あの荷台の狭さがお気に召さなかったらしく、あの後すぐに近くの村で身銭を切ってでも、通常価格の数倍を出してでも四輪の荷車をごり押しで購入していた。
ついでに残っていた牧草だか何だかを譲ってもらい、適当な布を敷いてロープで適当に繋げばもう立派な移動式ベッド。寡黙なディドさんから度々気持ち良さそうないびきが聞こえている。
……ただ、足を得た代償はそれなりに大きく、今セントネルズを目前に控えさらに顕著になっている。
「……ま~た来た」
「エルマは動かすのに集中してなよ。いつも通り対応はこっちでやるからさ」
「分かっています。くれぐれも荒事は控えてくださいよ?」
「それは相手次第さぁ」
都市に近付いているという事はその分人に出くわす機会が増える訳で、こんな物に乗っていればそれはもう注目の的、もはや悪目立ちレベルだった。しかも人や馬車が増えているせいでろくにスピードも出せやしない、だからこうして興味を持った連中が次々近付いてきちゃうのよね。
で、その度にレダさんとかディドさんが適当にあしらっているんだけど、たま~に業突く張りな奴も居て剣を抜くか抜かざるかの一色触発みたいになるからもう本当に心臓に悪い。あ、今さっき近付いて来たのは談笑で済みました。済んで良かったですはい。
「あの~レダさん、流石にこれに乗ってセントネルズ入りするのは悪目立ちが過ぎると思うんですけど」
「そうだねぇ。蒸気機関なんて出来たから少しは耐性が付いていると踏んだけど……ちょっと甘かったわ。けどどっかに放置してくのはいくら何でも勿体無いし……」
うん分かるよレダさん、一度楽を覚えると勿体無くて手放すのが惜しくなるよね。
「ならもう少し近くまで寄せたらこの荷車に乗せれば良い。これ位の距離なら何とか運べるだろう」
おぉ、ディドさん頼もしい発言素晴らしいです。
「でもディドその後はどうすんのさ。まっさかずっと宿に置いとく訳にも行かないだろ。下手したらしれっと盗んでいく馬鹿が出て来るよ」
あぁ~……居そう。そんな事有り得ない、なぁんて第一に思わなくなった辺り毒されたなぁって自分でも感じるけど、冗談でも何でも無く有り得そうなのが余計に困る。
「じゃあ亜人街に知り合いが居るからそこに置かせてもらえば良い。ちょっと性格に難はあるが信用は出来る」
「あんたの知り合いってえと……あの色ボケ爺か。あたしあいつの事好きじゃないのよねぇ」
「この際言いっこなしだ。正直俺だって顔を合わせなくて済むならそうしたい」
二人がこんな渋そうな顔をしているの初めて見たかも。この二人を躊躇させるなんてよっぽど癖の強い人なんだろうね。それにしても……亜人街? わざわざそう言うって事は人と亜人の住む場所が分かれている……? な~んかそういうのって後ろ暗い何かがありそう。
「まぁ不格好だがこんなもんだろう」
正直今更感があるけど一応人目に付かないよう街道を外れ、一旦荷車に乗せている物を全て出してからクラートを乗せた。……正直底が抜けないか心配になるレベルで軋んでいたけど「何とかなるでしょ」とレダさんのお気楽な一言で作業は続けられる事に。で、最後に牧草やら敷布やら荷物やらで申し訳程度にカモフラージュして完了。う~んこの……怪しさしかなくていっそ清々しいわ。
「ま、後は番兵に色付けて金握らせときゃ大丈夫でしょ。どっちにしたって入市料払わなきゃいけないんだしさ」
入市料、かぁ。そう言えば最初の町に居たあのおじさん、元気にしてるかな。まぁあのがめつさならそんな簡単にくたばりそうにも無いけどね。
「良し、じゃあ行くか。……ムンッ!」
「ほらディドがんば~」
まるで他人事のように応援しているレダさんに、ディドさんは鬱陶しそうな視線を無言で向けている。流石のディドさんも結構キツそう。そりゃ当然だよね、何十何百キロもありそうな重量物を一人で引いている訳だし……良し、ここは一つ私も根性見せますか!
「私も手伝いますディドさん」
そう言いながらディドさんの脇に立って力いっぱい……踏み込む! うおぉ、これは確かにキッツい……私だけじゃ一生掛かっても辿り着けないわ。
「いや気持ちは嬉しいが……大丈夫か?」
「私も、この旅路で少しくらい力は付いた筈、です……! だから、頑張り……ますぅ!」
「そうか。まぁ無理はするなよ」
「は、いぃぃ!」
「おぉおぉ、ほぅらエルマもがんば~」
「レダさんも、少しくらい、手伝ってくださいぃ!」
「えぇ? やぁだ。ほら、あたしに力仕事は向かないし?」
ほんっとにこの人は調子が良いんだから。なぁにが力仕事に向いてないだ、私よりも力持ちの癖に。私もディドさんと同じような視線を送りつけながら必死に押す。……それにしても、四輪の方が安定するからって言ってたけど、その分変に動かし辛いのどうにかならないのぉ……?
「ふひぃ……やっと着いたぁ……」
「大丈夫かエルマ? 無理するなと言ったんだが、まぁ助かった。あの馬鹿女と違って十分役に立ってくれたぞ」
流石にキツくてへたり込んでいると、ディドさんが私の背中をポンポン叩いて労ってくれた。……ウヘヘ、嬉しい。……で、その役に立ってくれなかった方は何処に行ったのよ全く。
「あの、レダさんは?」
「門の近くにいる番兵と話している。っと、噂をすれば終わったみたいだ」
私もチラッと視線だけ向けてみると、確かにレダさんと一人の番兵が軽く手を合わせて挨拶を交わしていた。しっかし、中央都市って言われているだけあって人の通りが多い。今こうしているだけで何十人もすれ違った気がする。
「はぁいお待ち~」
「話は済んだか?」
「誰が話に行ったと思ってんのよ、当然でしょ。ま、ちょっとだけ出費が嵩んじゃったけどねぇ」
「それ位で余計な詮索をされないなら安いもんだ」
「そう言う事。さぁエルマ、ヘタってないで中に入るよ~」
よぅし、最後にもうひと踏ん張りしますかっと! 額から垂れる汗を何度か吹き、深呼吸して今一度力を振り絞る。門扉ではレダさんが番兵に向かって手をヒラヒラさせているけど、お相手さんは割と素っ気ない。まぁいちいちリアクションなんてしたられないだろうし、こんなものか。
門扉をくぐったらそこは……と見ている余裕なんか今の私に微塵もありゃしません。……後でじっくり散策しよ。とにかく今は、この馬鹿みたいに重い荷物を預けるのが先決……!
「ディドさん、その預け先って、何処なんですか?」
「安心しろ。こっからそんなに遠くないさ」
良かったぁ。……と、安心したのも束の間、ディドさんが指を指したのは街の北の奥の方。……なら最初からそっち側の方から入れば良いじゃんと心の中で呪詛を漏らしながら、すっからかんになるまで力を使った。使い切った。
「ぐはぁ……もう駄目、死ぬぅ……」
「はいはいお疲れ。後はあたしがおんぶしてあげるから」
「ホントですかぁ……?」
「ホントホント、あたしが嘘を言う筈無いじゃない」
いや……正直胡散臭さで言ったらそこらの詐欺師並みに臭いよ。とにもかくにも私達は無事ディドさんが言っていた預け先に到着した。疲れてあんまりまじまじ見れないんだけど、石や木で作られた家々が混在していて、とにかく人の往来も多い。今まで立ち寄ったどの町よりも活気を感じる。さっすが中央都市って何回も言いたくなる。
「待たせたな」
「あの色ボケ爺生きてた?」
「あぁ、残念ながらピンピンしてたぞ。まぁそれは後にしてひとまずこれを裏の工房に置いてくる」
工房? あぁ確かによく見るともうもうと煙突が煙が立ち上っているのが見えるし、カンカンと叩く音も聞こえる。ふむ、という事はここって鍛冶屋とかそういう感じなのね。……最後の手伝いをしたかったんだけど、もう碌に身体が動かない為あえなく断念。ディドさんにも「お前はもう休んでいろ」とお達しを受けてしまったので尚更そうせざるを得なかった。まぁ工房もこの建物のすぐ裏手みたいだしお言葉に甘えよう。




