23 同業者とのお付き合い悪例編
「エルマ~そっちの方はどう?」
「これといって見つかりませんね」
「ディドは~?」
「こっちもだ。この遺跡は外れだな」
その日も変わらず遺跡探索。特に代わり映えしない風景だけど、いつもと違って今日は雨が降っている。だから雨宿りがてらやっている訳だけど成果は無し、まぁ別に珍しい事じゃ無いんだけど……なんか気が滅入るのは雨が降っているせいかも。
しゃがみながらゴソゴソしていたら、ふとレダさんが立ち上がり目を細める。……突然レダさんが反応する時って、大抵嫌な事が起きるんだけど今回は何だろう。
「ディド気を付けな、この足音ヤバいかもしれない」
「分かった。エルマ、お前は部屋の隅で静かにしていてくれ」
こくりと頷き、ランタンだけ預けて部屋の奥へと身を隠した。まぁ隠したとは言っても身を丸める位しか出来ないんだけどさ。
曰く、今近付いてきている人達は巧妙に足音を消そうとしているみたい。普通の同業者なら流石にそこまでしないらしく、要するに初めから襲い掛かるつもりでやっている可能性もあるとの事。まぁ余程慎重ならやるかもしれないけどねぇ、とは言っていたけど……実際会ってみない事には分かる筈も無い。そして──
「──あれ、先に入っていた人が居たとはビックリだ」
あんまり良く見えないけど飄々とした優男が一人、次にちょっと歳がいってそうな女が一人。で、後はディドさんよりは小さいけどゴリマッチョの男が一人と、荷物持ちっぽい男が二人の計五人。ゴリマッチョの人以外はまぁ普通に見えるけど……まさか、ね。
「あんたらも雨宿りかい?」
「うん、まぁそんな所かな。ところで調子はどう?」
「いや、全然さ。多分先に入った同業者が居たんだろうねぇ」
「そうなんだ。……でもそれって──」
ヒュンと風切り音と共に優男が「──君達の事じゃ無いの?」と変わらない調子で告げる。あの人……いきなり剣を抜いた!? レダさんは咄嗟に避けて無事みたいだけど、脅しでも何でもなく初めから殺す気だなんて……!?
「おいおいご挨拶だねぇ、ヒトの間じゃそういうのが流行ってんのかい?」
「そうだよ耳長。だから大人しく、死んでくんない?」
「ディド!」
「おう!」
レダさんは剣を構え、ディドさんも詠唱を済ませて万全の態勢を取っている。まさか本当に始めちゃうの!? 何とかして止めなきゃ……と思った矢先、足元の土がどんどん隆起して私を覆い隠していく。え、ちょ、何これ!?
「エルマ、終わるまでここでジッとしていろ。間違っても外に出ようとか思うなよ」
近付いて来たディドさんが小声でそう言うと、私の有無を関係無しに完全に覆い隠されてしまった。一応空気穴っぽいのが横に空いているけど……これじゃ外の様子が見え辛くて堪らないよ。多分これから起こる事を見せたくないからって優しさだろう……でも逆に気になり過ぎておかしくなりそう。
「ところで、今謝れば許してあげるけどどうする?」
「……フハ、面白い事言うね耳長。むしろそっちが命乞いしてくれたら金目の物だけで許してあげるよ」
「ハッ、誰があんたみたいなクソ男に頭下げなきゃなんないのよ。それなら外の畜生に媚び売った方が余程マシさね。……それにさぁ、さっきから耳長耳長って舐めてんの?」
「別に舐めて無いさ、事実だろ? あぁ、忘れてた。そういえば君達エルフ族って昔その見た目のせいで迫害を受けてたんだっけ?」
口調は軽くても明らかに雰囲気がヤバい……どうしよう……って言っても私一人増えた所で足手まといにしかならないし……
──ギィン!
……ってあぁ! 始まっちゃった!
「さっすが耳長、もう二回は殺せた筈なのに捌き切るなんて凄いね!」
「ハン、伊達に長生きしてないんだよ! さっさと死ねクソガキ!」
「死ぬのはそっちだアバズレ!」
「だぁれがアバズレだぁ!」
ヒイィ!? さっきから罵声とガンガンギンギン打ち合う音が引っ切り無しに聞こえてきて怖いぃ……レダさんも心配だけどディドさんは!?
「俺の相手はお前か?」
「やぁねぇ。私があんたみたいなデカブツ相手に出来る筈無いでしょ? おい」
「ガハハハハ、任せろ姉御!」
凄い見辛いけど……何か女の人がゴリマッチョを呼びつけたみたい。……何あのゴリマッチョの武器!?
「ディド気を付けな! あんたがメイスの一撃なんかもらったら一発だよ!」
「おっと、余所見なんて酷いなぁ」
「しつっこいねぇ! そういう男は嫌われるって教わらなかったのかい!」
何がどうヤバいのか分からないけど、とにかくあのゴリマッチョが構えているハンマーみたいな武器はディドさんと相性が悪いらしい。
「ガハハハハ、土人形よ! 抵抗さえしなければ一撃で屠ってやるぞ!」
「生憎そんな簡単に命をやれる程安いと思っちゃいない。それに俺は土人形じゃない、人間だ!」
あぁぁ……ディドさんの方も始まっちゃった。どっちも見た目とは裏腹に機敏な動きで、どっちも一撃もらったら昇天しそうな暴風と勘違いする程の風切り音が鳴り響いている。……祈る事しか出来ないなんて、いや……いざとなったらアレを使うしか……!
脇に隠してある銃を抜こうとしたその時、土壁をコンコンと叩く音が聞こえた。ディドさん達はまだ戦っているし、まさか……
「あら子猫ちゃん、こんな所に隠れていたなんて……これはお仕置きが必要かしらね」
穴に視線を向けた瞬間、あの女と目が合ってしまい私は声にも出来ない悲鳴を上げた。でも大丈夫……この壁が守ってくれる筈……って、嘘でしょ!? 壁が、崩れ始めてる!?
「んもう、ゴレム族ってやたら土の魔法の質が良いから面倒よねぇ。でも、私にかかればほらこの通り。さぁ子猫ちゃん、遊びましょ? 心配しなくても大丈夫よ、後からお友達も付いて来るわ」
ヤバい……この人本気だ! 止めて、触らないでよ……そんなもの近付けないでよ!
「いやあぁぁっ!」
「おい! 誰が手を出して良いって言った!」
短剣の切っ先が私の胸に触れようとした瞬間、女の身体は宙へと浮いた。……ディドさん、助けてくれたんだ。ゴリマッチョも後ろでぶっ倒れてるし、強いなぁ。
「おい馬鹿離せ! あいつは、おい!?」
片手で頭を鷲掴みにされている女は何とか抜け出そうと両手両足を振り回し、短剣を突き刺そうとするが硬質化したディドさんには先端のごく僅かすら届く気配も無い。石ころにさえ刃が入る筈も無いから、当然と言えば当然の事だけど。
「ヒトにしては随分強かったが、あっちでくたばっているぞ」
「チ、クショウがぁ! な、なぁ謝るよ、だから許して──」
「馬鹿か。仕掛けて来たのはお前らの方だろ、詫びは死んでからだ」
「な……ああぁぁぁぁ! ……ぁ……」
絶叫にも似た悲鳴が部屋中に轟いた直後、酷く鈍い音が静かに響いた。多分……地面に落とされた女がピクリとしないって事は……もう生きていないんだろう。
「エルマ大丈夫か?」
「私よりもレダさんを……ってディドさん後ろ!」
「ガハハハハ、まさかそ奴がくたばるとはな。存外驚いたぞ土人形!」
「こいつまだ生きていたのか!?」
ゴリマッチョが天高くメイスを掲げ、ディドさんも間に合わないと思ったのか両手で防御態勢を取ろうとしているが多分、間に合わない。
「そ奴の手向けに二人揃って逝けい!」
振り下ろそうとゴリマッチョが力を入れた瞬間、私は頭よりも先に身体が動き脇に手を伸ばす。そして──
──バァァ、ン……
耳をつんざくような乾いた爆音が鳴り響くと、ゴリマッチョの眉間からドロドロと何かが流れ、何も口にする事無く後ろへ倒れ込んだ。
「何だよ今の音!? あいつ何しやがった!」
「おやおや余所見なんて酷いねぇ」
「……クッ!」
「遅いよクソガキ」
優男とさらに逃げようとしていた荷物持ちの男達の首を一息に掻っ切った……んだと思う。今の私には……そっちを向く余裕なんて少しも無い。……私、初めて人に向けて引き金を……感触も感覚さえも無いのに、酷くムカムカして心臓が壊れそう……!
「エルマ……もしかしてお前」
「ディド、あたしに任せて。あんたはすぐここを出る準備、追手が居ないとも限らない」
「分かった」
「さぁ、て、と。エルマ?」
レダさんだと分かっていても……怖い。何故だか無性に怖くて前を向けない。……って、この感触……お母さん……?
「これで少しは落ち着いてくれるととっても嬉しいんだけどねぇ」
……そうだよね、こんな所にお母さんが居る筈無いし。でも……ちょっとだけ落ち着くかも。
「レダさん……私は──」
「──あんたがやったのは、ただの獣さ」
「獣……?」
「そ、獣。たまたま機嫌が悪かったもんで、運悪く絡まれただけさね」
いつだったか聞いた、運が良かったという言葉の意味。運が悪ければこうなる、それを初めて身を以て知る事になった。……この世界は予想以上に、危険だ。
「ディド、前を頼んだよ。入り口に待ち伏せが居るかもだし、くれぐれも慎重にね」
「任せろ、お前程じゃないが上手くやる。そっちはエルマを頼むぞ」
それから少しして、私はレダさんにおぶさりながら部屋を後にする。部屋を出る時凄まじい鉄の匂いが吐き気を誘い、とてもじゃないけど……目を開けなかった。
「ねぇエルマ、今のあんたには厳しいだろうけどハッキリ言わせてもらうよ。こういう事は異物収集なんかやってりゃ必ず経験する、良くある事なんだよ。今後、同じ事してたら絶対に同じ事は起きる。次は獣かもしれないし、人かもしれない。もし今ので耐え切れないなら──」
「──行きます。レダさん達に付いて行きます」
「……田舎に帰った方がって言おうとしたんだけどねぇ。あたしらの手もさ……エルマが思っている程綺麗じゃないよ。それこそさっきの獣みたいな奴らの返り血でベットリだ、それでも良いんだね?」
それでもです、と私は答えた。お父さんとお母さんが知ればきっと悲しむだろう、でも……この世界で生きたいと思ったからには甘えた事なんて言いたくない。例えこの手をさらに汚しても。
「エルマ、何でゴレム族がメイスを苦手とする理由を知っているか?」
……ん、ディドさんが自分から話を振るなんて珍しい。
「いえ……知らないです」
「自身を石のように固くする魔法は剣とか鋭い物には強いが、メイスやハンマーみたいな衝撃を与える物にとにかく弱い」
確かに、いくら剣で切りつけようとも刃こぼれするだけだけど、金槌ならいつかは石を砕ける。でも、今何か関係あるのかな?
「もし仮に俺の身体の何処かが砕けた場合、そこはもう一生治らん。失ったままでくっつく事も生える事も無い」
じゃあさっき一撃でも貰ったらって言っていたのは、誇張でも何でも無く本当に死ぬかもしれなかったんだ……
「だから、礼を言わせてくれ。お前があの時助けてくれなかったら俺は死んでいた、有り難う」
……助けてもらったのは……私なのに……! 私の方こそ、私を私でいさせてくれて有り難う、ディドさんがそう言ってくれなかったら、一生悩んだまま生きて行かなくちゃいけなかった。
レダさんは案外優しいからああやって言ってくれたけど、私はこの手で人を殺した。今でも手が震えるし胸が痛い、今日の事は絶対に忘れられないと思う。でも、これがこの世界でのルールなら甘んじて受け入れよう。私はもうこの世界の住人なのだから。……でもなるべくそうならないように祈っておこう。




