22 同業者とのお付き合い好例編
私が異物の記憶に呑まれかけてから早一週間とちょっと。相も変わらず遺跡に潜っては異物巡りをしている訳だけど少し変わった事もある。流石にレダさんも適当に鑑定させるのはマズいと思ったのか宝石等々はともかくとして、以前の短剣の事もあり特に武具に関しては慎重になった。
私としても何処の誰かも分からない記憶なんかに身体を明け渡したくないし、願ったり叶ったり。ただ、暴走されてもすぐ対処出来るようにって手足を縛られるのは……何とも奴隷みたいで萎えるのよねぇ。
その日も日課の遺跡探索に赴いていたんだけど、何だろう、レダさんの表情がピりついている感じがする。ディドさんもそんな雰囲気を察したらしく小声で話しかける。
「何か居たか?」
「話し声が聞こえて来た。多分この先に誰か居るよ」
耳を澄ましても聞こえてくるのは少々不愉快な耳鳴りだけで、当然の事ながら私にはさっぱり。耳聡いレダさんだからこそ出来る芸当なのである。
それはともかくとして遺跡内に人が居たのは今回が初めてで、みんなの話を聞く限り同業者もそれなりに居るみたいだから恐らく今まで運が良かっただけなんだろう。多分二人は慣れっこなんだろうけど、こっちにはお荷物の私が居るから随分と慎重になっているようで、一旦しゃがんで作戦会議を開催する運びとなった。
「そいつらはこっちに気が付いていそうか?」
「いんや、詳しくは聞き取れないけど多分それは無いと思う。今も異物探しに夢中みたいだし」
「って事は同業者か。どうする? まだ入り口も近いから引き返す手もあるが」
ディドさんの提案にレダさんは逡巡しているらしく、少しの間顎を撫でながら思案に耽る仕草を見せていた。良く分からないんだけど居るのは魔物じゃなくて人間なんでしょ? ならいきなり襲って来るなんてそんな馬鹿な事起きるとは思えないんだけど、どうなんだろう?
「良し、先に進もう」
背筋を伸ばしながらレダさんがそう言うと、ディドさんは意外だったらしく少し驚いた様子で目を丸くした。むしろレダさんなら考えるまでも無く進むのを決めそうなもので、私にとっては長考した方が意外なんですけど。
「良いのか?」
「あぁ、遺跡探索なんてやってりゃ遅かれ早かれ同じ事が起きる。なら早いうちにエルマに同業者が居た場合の対処法を実践してやった方が良いだろうさ」
「まぁ、な。確かにいずれはぶち当たっただろうし、行くとするか。エルマも良いな?」
「お任せします」
「じゃ、話もまとまった所で行くとしますか」
そんな訳でレダさんを先頭、ディドさんが後方、その間に私といつもの布陣で再び進み始めた。同業者に対処法が必要なのか疑問なんだけど、予め説明してくれない辺り習うより慣れろって事なのかね。集中しているのかディドさんはともかく普段飄々としているレダさんですら一言も発さない。
足元に残っている水たまりがパシャンと音を立てる度に変な焦燥感に駆られる中、ついに私の耳にも誰かの声が届いた。聞いた感じ若めの男が三人って所かな、それにしても随分と楽しそうにしてるなぁ。分かる、分かるよ。異物探し楽しいよね。
うんうんと頷きながらそんな事を考えていると、不意に立ち止まったレダさんのバックパックに顔を埋めてしまう。
「わぷっ!?」
「シッ」
レダさんが口に指を当てながら振り向くと、私も両手で口を塞いでコクコクと頷く。どうやらすぐ近くに居るらしく、レダさんがそっと覗き込むと大きく頷いた。多分大丈夫だったぽいけど、そんなに用心しなきゃ駄目なの?
そして一呼吸したレダさんはディドさんと頷き合い、部屋の中に居るであろう彼らに姿を見せた。
「はぁい、調子はどう?」
「誰だ!?」
わぁお、いきなり全員揃って腰の剣を抜くとは思いもよらなかった。……ちょっと待って、同業者がかち合うとこんなにギスギスしちゃうの!? その割にはレダさんの様子に変わりがないみたいだけど。
「おっかないねぇ、いきなり抜かなくても良いじゃないか」
「そう言ってこっちを油断を誘う奴も居るからな」
「おぉ怖い怖い。それはともかく成果はどうだい?」
「……まぁ普通だ」
「そいつは良かった。じゃああたしらも適当に探してるから、お互い頑張ろうじゃないの」
「まぁ……そうだな」
話の済んだレダさんがこっちに向かってウインクをしたので、もう一回部屋の中を覗いてみると、おぉ、すっかり敵対心が無くなったのか剣を収めている。
「さぁて、じゃああたしらは奥に行くよ」
レダさんの背中に付いて行こうとしたとき、偶然同業者の一人と目が合っちゃったので会釈すると、意外とちゃんと返してくれた。何だ、普通の人達じゃん。これじゃ尚更用心する必要があったのか分からないんだけど。その先の角を曲がれば答えてくれるかな。
「レダさん質問です」
「はいどうぞエルマ」
「こんなに用心する必要あったんですか?」
するとレダさんはチラリと後ろを見てフフッと小さく笑うと「大いにあったよ」と答える。
「ディドなら気が付いてたろ?」
「あぁ。あいつら俺達が背中を向けた後、弓を弾き絞っていやがったな」
まさか!? あんなの普通の人達に見えたのに……
「意外そうな顔してるねぇエルマ、でも実際はそんなもんさ。相手からすりゃさらに油断させて襲ってくるかもしれないって考えるし、こっちも背中を突然斬られるかもしれない。同業者は敵じゃ無いけど味方でも無い。ここが町中なら馬鹿な事やってらって笑われるだろうけど、いざ遺跡の中で出会っちまえばお宝を奪い合うライバル同士なのさ」
……確かにそうだよね。異物収集なんて要するにお宝の奪い合い、先に取ったもん勝ちだし。なら力ずくでって考える奴が居ても全然おかしくない、甘い考えを持った私の方が馬鹿だ。だからこそ、この後のレダさんの言葉は酷く胸に来た。
「良く覚えときなエルマ、今日は運が良かったんだってね」
「それにしても、見た感じあいつら駆け出しっぽかったな」
「手練れじゃなくて良かったねぇ、もしメイスなんて持ってる奴が居たらヤバかったんじゃない?」
「そこまで入念に武装してる奴なんざそう居ないだろ」
この時私は、レダさんの言葉の真意を勘違いしていた。同業者が居ても異物収集が出来てラッキー、そんな程度にしか考えてなかった。真意を身を以て理解したのは、それから一月程経った後だった。




