21 眠りし狂気
「ま、そこまで知ってるなら話が早い。このプルトン教団ってのは少し過激でね、何とか異物の力を以てプルトンを復活させられないか本気で考えている連中なのさ」
……うわぁ、いつの世も宗教に熱心な人って居るもんだけど、この世界にも居るのかぁ。
「こいつら鑑定済みの異物にゃ大して興味が無いみたいだけど、とにかく未鑑定の異物をあの手この手で強引に回収しようとするもんで、あたしらから見れば商売敵なのさ」
「鑑定済みには興味無いなんておかしな話ですね」
「詳しい事は知らないけど、珍品とはいえ基本的に店頭に並ぶような異物は普遍的な物が多い。変な絵が入った本だとか武具がそれさ。だから未確認の物を求める、もっと言えば新しい知識が欲しい、そんな所だろうねぇ」
「そんな事ばかりやっているにも関わらず、教団員程でないにしろプルトンを信仰している連中は人、亜人問わずそれなりに居る。だから国としても手を出しにくいから、通称迷惑教団って言われてる」
過去にどんな事があったか分からないけど、あの寡黙なディドさんがわざわざ口に出す辺り余程面倒な連中なんだろう。
「ところでお二人はそのプルトン神を信仰していないんですか?」
「あたし自分の目で見た物以外信じないし」
「俺も興味無い」
わぁお現実的。まぁかくいう私もあんまり信じて無いけどね。謎の超常的な力? でここに居る奴が何言ってんだって感じだけど、あくまで歴史的背景しか興味無い。
「まぁ迷惑教団はどうでも良いとして、植人はまだ居そうか?」
「う~ん……今の所は、反応無さそうだねぇ」
周囲を警戒するような様子で耳を澄ませるレダさんだけど、どうやら打ち止めらしい。なんだ、意外と楽勝だったじゃん。ビビッて損した。
「エルマ、居ないに越した事は無いが一応気を付けろ。何処からともなく現れてガブリとやられるかもしれん」
あくまで善意で注意してくれているんだろうけど、脅かすの止めてよディドさん。そんな真顔で言われると怖いです本当。まぁビビッた所で何かあるでも無し、私達はそのまま異物収集を始めた。
これは陶器の欠片かな? でも欠損が激し過ぎて駄目。ん~っと、こっちは宝石……じゃないな。見た目が自然過ぎる。いつもの事だけど価値がありそうなのはそうそう出てこないか。それっぽい物を拾ってはポイポイ投げ捨てていると、レダさんがランタンを揺らしながら私を呼ぶ。何か見つけたのかな。
「どうかしましたか?」
「ん~何かそれっぽい物を見つけたからさ。ちょっと鑑定してもらおうかなって」
そう言いながら私に手渡したのは刃渡り十センチ位の短剣だった。
「見た目は普通ですね」
「そこなんだよねぇ。もうちょっと見た感じが派手なら嬉しいんだけど、それじゃ値が付くかどうか怪しいもんだ」
異物とはいえ地味な物は数多い、特に武具はその筆頭だろう。鑑定品が華美に飾られた物なら成る程異物だろうと分かるだろうが、そこらの武具屋のセール品みたいなしょぼい見た目だと、果たして異物なのかこの世界の既製品なのか分かりかねる、なんて事が良くあるらしい。値が落ちても異物状態の方が売れる事もあるから、案外鑑定も万能じゃないって事か。
「じゃあ一応鑑定してみましょうか」
フゥと一呼吸置いてから短剣と声にしようとしたその時、突然レダさんの動きが慌ただしくなり「ディド!」と大声を上げた。胸がざわつく嫌な感覚……一気に高まる緊張感、くら私でも分かる。何か来る……!
「こいつら、どっから湧いて来やがった!?」
突如部屋に植人が大挙して押し寄せて来た。最初の五匹位はレダさんが首を跳ね飛ばしたけど、あまりにも数が多すぎる。なにせいつの間にか外の通路が植人で埋まってしまったのだから。いや……レダさんの言う通りあんな数何処に隠れてたの!?
「駄目だレダ俺と代われ! お前がやるには数が多すぎる!」
「任せた!」
私の護衛をしていたディドさんとレダさんは位置を変えると、ディドさんは『土よ来たれ!』と唱える。するとみるみる内に身体は石のように硬質化し、まるで話に聞くゴーレムの姿へと変身した。
「うおぉぉぉ!」
あのぶっとい剛腕から繰り出されるパンチは植人の頭を砕き、吹き飛ばしていく。ディドさんが戦う姿初めて見たけど、すっごい、超強い。しかも取り囲まれて植人が噛みつこうとしても相手は石、文字通り歯が立たない。成る程、確かに変わった方のは大正解だった訳だ。
「……やれやれ、ちょっと肝を冷やしたけど後はあいつに任せきゃ大丈夫だろ」
「でもあんな数一体何処から?」
「見た感じこの部屋の先から来てるねぇ。……チッこんな事になるなら先に見とくべきだった、面倒くさがるとロクなもんじゃない」
後悔先に立たずとは良く言ったもんです。と話している内にいつの間にやら部屋の入り口には植人の死体がうず高く積まれ、何となく迫る植人達の圧が減ったような気がする。
「取り敢えず何とかなりましたかね」
「……いや、まずいね。エルマ壁から離れてあたしの後ろに居な」
何かを感じ取ったらしく私とレダさんは壁から距離を取った。一体何が、そんな事を思いながらランタンを壁に向けて目を凝らしてみると、ドロドロと石壁の隙間に詰まっていた泥やらが地面に滴り落ちている。確かに湿気は多いけどいくら何でもあれは多すぎる……それにさっきから段々大きくなっていくゴリゴリと何かを削るような、押し込むような音……まさか!?
「っとにこいつら! ウジャウジャと湧きやがって!」
轟音と土煙を上げて石壁が崩れた途端、さっきと同じ位の数の植人が続々と侵入して来た。
「ディド、そっちはまだ終わらないのかよ!?」
「こっちはこっちで忙しいんだ! 何とかしろ!」
「チッくそったれ! 上等だ!」
マズいマズいマズい! ディドさんの方はともかくとしてもレダさんはかなりヤバそう、どうにかしなきゃ! ……そうださっきの短剣、いくら普通の物でも多少何とかなる筈。早速──
「──エルマ危ない!」
植人の勢いは留まらず、なんと私の左側の壁さえもぶち壊して来た。何この部屋どんな構造してんの!? そんな疑問を思う間もなく私はレダさんに突き飛ばされた。
「無事かいエルマ!」
「私は何とか……ってレダさん後ろ!」
頭を抱えながら何処か既視感を抱いた事に困惑しつつレダさんの方に視線を向けると、レダさんの背後から植人が今にも噛みつこうと口を大きく開けていた。……あ、これ一つ目熊襲われた時と同じだ。なら、私が助けなきゃ……!この際何でも良いから力を貸して──
「──短剣!」
予想通りそれは異物で、全ての石が剥がれるまで凄まじい焦燥感に駆られながらも最後の一欠けらが地に落ちる。良し、レダさんも何とか踏ん張ってくれたし、私も──
──ドクン
あぇ……あ、は、ぁは……ハ……
「アハ……アハハハハハ!」
「エルマ、一体どうし……えっ!?」
なんかきこえたかな、まぁいいや。それよりもくびがいぃっぱい! みんなみんなおとさなきゃ!
「アハッハハハハハ!」
「何だよ、ねぇエルマどうしちまったんだよ!」
う~ん、くびはおおいけどつまんない。てごたえもないし……あ~ぉ、あんなにいっぱいいたのにもうおわちゃった。どうしよ
「おいレダ、こっちは何とか終わったが……こいつはどうなってんだ?」
「あたしが聞きたいよ! なぁエルマ!」
うるさいなぁ。あぁでもでもこいつらよりはたのしそうかも……!
「ちょ……エルマ!?」
「何だこの速さ!? こいつこんな事出来たのか!?」
「んなわきゃあるか! 大方この異物が悪さしてんだろうさ!」
なにさっきからわけのわかんないこといってんだろ。それよりももっともっとたのしませてよ! もっともっとばちばちとひばなをさかせて!
「レダ! 手加減してる場合じゃないぞ、やらなきゃこっちがやられる!」
「分かってるよ馬鹿! っち、くしょうが! おいエルマ! あんたこんな場所で旅を終わらせる気!? 世界一の鑑定士になるって、そう両親と約束したんじゃないのか!」
うるっさいなぁ、なんかわけわかんないしさっさとくびを……痛っ!?
「動きが、止まった……!? ねぇエルマ!」
「レ……ダさん、早く私を……縛っ……て」
「エルマ!? 何を急に──」
「──早く!」
私は短剣の握られた右手を左手で鷲掴み、無理矢理地面に抑えつけた。こうでもしないと今にも……ころしたい、ころしたいころしたいころしたい……駄目! そんな事考えるな! 耐えろ私!
その後、私は短剣に眠る記憶と意識の奪い合いをしながら、ロープでグルグル巻きにされるのを必死に待った。
「縛ったは良いけど……エルマ、右手は?」
「全然……言う事聞きませ……ん」
「ハァ……しゃあない。ディド、あんたの魔法なら無理矢理引っ張り出せんでしょ」
「ここまでガッチリ握り締められてると手の皮が酷い事になるだろうが、耐えてもらうしかないな」
形振り構っていられない様子の二人は、何やらそんな事を話していたが生憎私はそれどころじゃない。今も意識の奪い合いをやっている最中なので。
「『土よ、来たれ』……良し、一気に行くぞ」
ぅえ……? って……いぃっだぁい! 手が、右手の皮が! んぐぅ……ヒリヒリするぅ!
「あぁもう本当に……ヤバかった……」
「こっちもヤバかったってのよ。……まぁエルマが無事で何よりさね」
……おぉ、珍しくレダさんが優しい。いつもはちょっとアレだけど、ちゃんと心配してくれるのね。
「しかし一体何だこの異物は、エルマに何が起きたんだ?」
ディドさんが私から強引に抜き取った短剣をまじまじと見ているが、ディドさん本人にこれといった変化は見られない。これはつまり──
「いつだったか異物を鑑定した鑑定士の気がふれた、みたいな話をしたろ? その再現がされちまったって事だろうさ」
うん、私もそう思う。私が戻って来れたのは偶然か、それともレダさん達が必死に声を掛けてくれたからなのか。いずれにせよこの異物は私を呑み込み、手中に収めようとした。
「なら……これは捨てていった方が良いな。いくら何でも危険すぎる」
正直な所、危険だとしても戦力になるのは間違い無いので惜しい気もしたんだけど……次があるか分からない代物を使うっていうのは天秤に掛ける気も失せてしまう。一回使う度に自分を賭けのテーブルに乗せるなんて、リスクが高いどころの騒ぎじゃないって。
結局異物の短剣はその場に放棄され、私達も遺跡を後にする事を決めた。それにしても──
「──まさかこんな場所に墓地が眠ってたなんてねぇ。そりゃ増やし放題だったって訳か」
レダさんが崩れた壁の先を見つめながら呆れた様子で呟くと、そのまま背を向ける。これが何処かの世界にあった墓地なのか、それとも元々ここにあった物なのか今更調べる気にもならないけど……死してなお肉体を扱われるのは何とも嫌な気分だろうなぁって、さっきまで意識を乗っ取られていた私も同情しました。




