2 最悪の目覚め
う、う~ん……何か痛みを感じる。……何処に? ……そうだ、これは──
「──頭痛い……」
頭が割れるように痛い。でも何で? そういえば確か私って……!
「えっ!?」
寝惚け眼の私は身体を一気に起こすとその衝撃が頭にまで響き、さながら金槌でガンガンと叩かれているような、そんな痛みで一気に眠気を吹き飛ばす。……でも痛いものは痛い。声にならない悲鳴がギリリと固く閉ざした歯の隙間から漏れ、思わずうずくまる。
最悪の目覚めだけど、私……生きてる? にしてはこう、何と言うべきか違和感を感じるのは何故だろう。幾分痛みが引いた頭をゆっくりと動かし、辺りを見渡す。少々埃っぽいベッドと、ログハウスのような雰囲気を醸し出す室内。唯一ある窓からの風景は直前まで見ていた木々のそれと大して変わらなかったけど……はて、あの近くにこんな場所あったかな? というかそもそも普通病院だよね?
何気なく顎に手を当てた私だけど、何か手ぇ小さくない? というか私……縮んでない!?
「え、ちょ、何で!?」
さっきは頭が痛くてそれどころじゃ無かったけど、そもそも声も私の知るそれと違う……何か子供っぽい。というか……! どう観察しても……子供になってるんですけど!?
念には念を入れてベッドから降りて確認したんだけど、どうみても小さくなってる。最初はベッドが小さいだけかと思ったけど、部屋の扉と比べると明らかに私の背が小さいだけだ。ドアノブが目線の少し上にあるし。
このまま留まるべきか、それとも──
「あの扉から出てみる……?」
一しきりウロウロしながら悩んだ後、私は意を決して扉の前に立つ。ドキドキと高鳴る胸は、何処となく遺跡を回っている時の高揚感と似ていたが今はそんな場合じゃない。少し震える手でドアノブに触れようとしたまさにその時、部屋の外から突如聞こえる無駄に大きい足音……まさか!? 誘拐犯だったり!?
変な事を考えた私は後ずさりしようとしたが時既に遅し。「大丈夫か!?」という男の声と同時に勢い良く開かれた扉が私の額を打ち抜き、当然ながらその場でへたり込んで悶絶する。
「……おおぉぉ……頭がぁ……」
「す、スマン! まさか扉の真ん前に居るとは思わなくて……大丈夫か? 『エルマ』」
「エル……マ……?」
エルマという名前を聞いた時、突然頭の中では記憶の濁流が渦巻く。物理的じゃない、芯から揺さぶられるような気持ちの悪さ。まるで自分の中にもう一人居るかのような……エルマ、そうだ私は……
「あんまり大丈夫じゃ無いよ……『お父さん』ちゃんと確認してよね」
そう、私はエルマ……父ギリアムと、母レベッカの一人娘で15歳……じゃない……! 私は新堂茜! 30過ぎた未婚者! ……今、間違い無く私はエルマになっていた……というか危うく記憶の中に呑み込まれそうだった……。恐らくこの身体の持ち主がエルマだと思うんだけど、じゃあ私は何? 乗り移った的な? ジンジンと痛む頭をよそに、下を向きながら考え込む私の目線に不意にゴツゴツとした大きな手がヒラヒラと上下する。
「……お~いエルマ、本当に大丈夫か?」
「……うん、少しぼうっとしただけだからその、大丈夫だよ。お父さん」
知らない人をお父さん呼ばわりするのに意外と違和感を感じないのは、私がエルマだからだろうか。ともかく父はホッとした様子で「そうか……なら良いが」と呟くと、私を軽々と持ち上げ再び少々埃っぽいベッドへと下ろす。
「水はそこに水差しがあるし、もしトイレに行きたくなったら声を掛けてくれ。父さんが付いて行くから。今はゆっくり寝ていろ」
「うん、ありがとう。お休みなさい」
「あぁお休み」
パタンと扉が閉じた後、再び身体を起こしてベッドの脇のテーブルに置いてある水差しとコップを手に取る。どちらも木製のそれは随分と年季が入っているように見えるが、割りと痛みを感じさせないのは大切に扱っているからかな。
小さく喉を鳴らしながら今一度部屋を見渡すと、夜を灯すであろうオイルランプと蝋燭が幾つか。それと木製のキャビネットやら何やらの上には裁縫道具や、かなり傷んだ本らしき物もいくつか見える。どうやら文字の文化はあるらしい。
そして、ある意味一番気になるのが部屋の片隅に置かれている謎の石の塊。ある物はやけに整った長方形、またある物は綺麗な棒状。それも一個や二個では無く、それなりの数が綺麗に積まれている。
何故だろう。あの石の塊を見ていると胸が高鳴る。こう、遺跡を探索している時と遜色無いような満たされる感じ。
「ちょっと……触ってみようかな」
そう思ってベッドから降りようとしたその時。知恵熱のせいだろうか、頭に激痛を感じた直後無理矢理シャットダウンさせられたかのように私は意識を手放したが、幸運な事に身体はベッドの方へと倒れてくれた。
──これは泡沫の夢なんだろうか。分からない。でも何故か素敵な予感がするんだ、不思議な事に。あぁ神様、どうか私に素敵な夢を見させてください。