18 明日の糧に変えて
「はてさて、まだ陽は高いけど今日はもう野営の準備と狩りをするとして……エルマ、話せそうかい?」
遺跡から出てすぐだからか、眩しそうに目を細めるレダさんが後ろを振り向き私の顔を覗いてくる。まぁそうなるよね、さっき言ってたし。……こうなったら正直に言うしかない、か。
「言っても信じてもらえるかどうか分かりませんけど、取り敢えず聞いてもらえますか?」
「当然さ。あんたにしか分からない事が今まさに目の前で起きたんだ、どんな言葉よりも信に値するだろうよ」
性悪なのか素直なのか、本当に分からない人だ。とにもかくにも私はディドさんのバックパックから降りて何度か深呼吸、そして自身に何が起きたか反芻していく。
「私は多分、異物に宿っている記憶を見ました」
「異物に記憶が? そんな事があるのか」
ディドさんは半信半疑なリアクションだけど、レダさんは何か考え込むように顎に手を当てている。何か思い当たる節でもあるのかな。
「どうかしましたか? レダさん」
「ん……いや悪い、ちょっと考え事をね。その話、昔聞いた事ある気がするんだよねぇ」
「え、そうなんですか!?」
「当時あたしも若かったからあんまり信じて無かったんだけど……さっきのエルマを見てたら強ち間違いじゃないように思えて来たんだ」
「ちなみにどんなお話だったんですか?」
「あんまり言うべきじゃないと思うんだけど……なんでも異物を鑑定した直後に突然気がふれた鑑定士が居たらしい。多分そいつもエルマ同様に記憶を見て……戻って来れなくなっちまったんだろうねぇ」
ヒェェ……という事はつまり、私もそうなっていた可能性があったって事!? 歴史に触れられるとっても素晴らしい力だと思ってたけど、とんでもない副作用が隠されているじゃん……まさに綺麗なバラにはって感じ。
「単に金を生み出す便利な能力かと思っていたが、意外と恐ろしいものなんだな」
「あたしもさ。そりゃ当然物によるのかもしれないけど、意外に鑑定士も身体張ってんのねぇ」
「とはいえどうする? エルマに無茶させりゃその内廃人になるかもしれんぞ」
「そんなの分かってるわよ。かと言ってお姫サマ扱いしてられる程こっちの懐も温かく無いし……」
うんうん唸っている二人をよそに、そういえばとある事を思い出して外套のポケットを漁る。おぉあったあった、思い過ごしじゃなくて良かった。じゃあこれを鑑定して、と。
「宝石」
「うん? エルマどうかしたかい?」
二人が何事かとこちらを振り向いた時には、石ころは既に赤い煌めきを発していた。小指の先に乗せてもまだ余裕がある小ぶりな物だけど、旅費の足しにはなるでしょ。
「これ多分宝石だと思うんですけど、どうでしょう?」
「これはまた驚いたね……本物のレッドストーンだ。でもいつの間にこんな物を?」
「さっきあのお人形に手を合わせた時、偶然見つけたんです。で、ただの石ころにしてはやけに綺麗にカットされてるなって思って拾って来たんですけど、本物で良かったです」
「つまり、石ころを鑑定したら出て来たのか」
「でなきゃそんな物持っている筈無いじゃないですか」
あの家族の持ち物なのか、それともまた別の誰かなのかは私にさえ分からない。理由は分からないけど、何故か宝石には殆ど記憶が残っていないからね、少しだけ立ち眩みみたいなノイズが走るだけだし。それならもう今生きている人の為に糧になってもらっても良いよね? ……そういう事にして頂けませんか神様。
そんな後ろめたい感情を意にも介していない様子のレダさんは、宝石が出た喜びとはちょっと違った感じの変な溜め息を漏らしていた。
「ハァ~、しっかし今日だけでも結構新しい発見があったもんだ。あたしも長い事旅したつもりだったけど、まだまだ世の中は広いねぇ」
確かにレダさんって少なくとも私より年上っぽい感じがするけど、実際どれ位なんだろ。見た目だけ色っぽくなって実は年下でしたとかだったら、うん、それはそれで面白いかな。
「そういえばレダさんって何歳なんですか?」
「ん~? えっと……あ、ちょって後でね!」
「あ、えちょ……行っちゃった」
話を途中でほっぽり出したレダさんは、そのままディドさんの弓と矢を持って草原の中へと消えてしまった。多分何かしらの獲物を見つけたんだと思うけど……タイミング悪いなぁ。
その後ディドさんに聞いても「俺から言うとあいつが怒りそうだし止めておく」とだんまりを決め込まれ、戻って来るまで変に悶々としながら待つしかなかったのである。それから少し移動して野営の準備をしながら待つ事暫く、ようやく茂みの方からガサゴソと気配が。やっと戻って来たかな。
「やっほ~戻って来たよ。いやぁラッキーだった」
ホクホクした顔で戻って来たレダさんの手には昨日の野兎が二匹も居た。え、そんなに食べるの? 意外と大食漢なんだ……じゃなかった。
「ちょっとレダさん、話の途中で行かなくても良いじゃ無いですか」
「ん~ふっふ~、だってご飯は重要だよ?」
「それはそうなんですけど……」
手で口を隠しているとはいえ目がニヤニヤしてるからバレバレだっての。この人絶対私で遊んでる……いじめっ子かチクショウ。
「ま、冗談は程々にして。コホン、えぇと今が五十で、年末に五十一になるよ」
こんなに綺麗なのにもう五十歳だったんだ。そんなに歳が離れているとは思っていなかったから結構意外。……ん? いやちょっと待って、うちの両親が四十過ぎたばかりでしょ。にも関わらずどう見てもレダさんの方が若く見えるのっておかしくない?
「五十歳でそんなに若く見えるなんて凄いですね」
「いや別に普通だけど……あぁ、そういう事ね」
うん? 何やら一人で納得しているように頷いているけど、私には何がそういう事なのかさっぱり。分かるように説明して欲しい。
「昨日あたしの祖先は妖精族って言ったでしょ?」
「はい覚えてます」
「その妖精族のさらに祖先ってのが精霊だって言われててね」
「精霊ってあの、魔法を使う時に何かしてくれるっていう?」
「そうそれ。過去何度も存在を確認しようと研究されてたけど、一度も成功した事は無いらしいけどね。で、そんな馬鹿な事をやってるヒトに興味を持ったのか、いつしかヒトの姿を真似るようになったらしい」
「それが妖精族の始まりですか。でもそれと何か関係が?」
「大いにあるよ。そもそも精霊は寿命自体が無いってのが通説でね、その特徴を妖精族も中途半端に受け継いだらしいのさ。だから妖精族を祖先に持つとされるエルフ族も長生きするようになったとか何とかって話なの」
「ちなみにどれ位長生き何ですか?」
「あぁ~大体百五十位って所かねぇ。ヒトの寿命が大体六十位だから、まぁ三倍位長生きする事になる代わりに、成長がヒトと比べれば若干遅いから若く感じるのさ」
成る程、そういう理由があったんだ。全く新しい人種に会うのは当然初めてだから、とても新鮮で面白い。何て言うか歴史とはまた違うロマンを感じる……ウヘヘ。
「ちょっとエルマ、何か気持ち悪い顔してるよ」
「ぅえっ!? これは失礼しました。……ちなみにディドさんの歳はおいくつ位なんでしょう?」
「あ~っと、どれ位だったかな。ディド、お~いディドってば~」
「何だうるさいな。そんな馬鹿みたいにデカい声出さんでも聞こえる」
あっ出て来た。レダさんから野兎を受け取ってどっか行ったかと思ったらお肉作りしてたのね。……それにしても、昨日も敢えて気にしないようにしてたけど、傍から見たら猟奇殺人犯みたいに血が付いちゃってますよ。
「あんたって歳いくつになるんだっけ?」
「あぁ? 今年で四十になるがそれがどうかしたか」
……う~ん、両親と同じ位かぁ。そう思うと何か不思議な気分。だってディドさん見た感じはいかついけど、少なくともお父さんより若く見えるし。
「いやなに、エルマってばあたしらが長命だってのを知らなかったからさ」
「あぁそう言う事か。まぁ俺もまだまだ若い、どっかの歳を重ねただけのババアとは違うぞ」
「あぁん? たかだか十ぽっちしか変わんないだろクソガキ」
「十も変わりゃ十分だクソババア」
……多分、この人達にとっての十歳が私達の三歳位なんだろうなぁ。そりゃこんなに長生きしてたら私なんかそれこそ子供みたいなものか。って、あ~ぁ……ちょっと目を離した隙に口喧嘩していらっしゃる、子供かよ。
「と、ところでゴレム族も長生きの秘密とかってあるんですか?」
「ん、おぉ。俺らの祖先であるゴーレムは魔法生物だからな、劣化にさえ注意すれば基本的に寿命という概念は無い。そんな特徴とヒトが掛け合わさった結果長生きになったんだろう」
はぁ~成る程。やっぱりこの世界に居る人達のルーツって面白いなぁ、これからもちょくちょく聞いてみようっと。
その後、何となく見た目が鳥っぽい野兎のお肉は明日の朝食分を残してあっさり私達のお腹の中に納まりましたとさ。う~んこの食いしん坊共め。